「僕さあ、伊織には言えないけど、これでも結構男はよく見てきてると思うから、目つきとかでなんとなく本性がわかるんだよね。あのオヤジ、結構ヤバイと思うよ」
「アブナいおじさんだったのか?」
頭の可笑しい変質者ならさすがに通報した方がいいかもしれないが、それなら秋彦も警戒するだろうし、そもそも深入りを避けるだろう。仮に相手がしつこくても、秋彦とて平均身長より高い上に、運動神経も悪くない奴だ。自分でどうにか出来そうだし、それでも絡まれてしまったなら、騒ぎになって誰かが警察を呼びそうな気もする。慧生は商店街だと言った筈だ。
「そういうんじゃなくて、……なんていうの? こんな美少年が一緒にいるっていうのに、あのオヤジときたら、最初っから最後まで秋彦のことばっかり見てたんだよね。変じゃん?」
「お前の言う通りだな。忠告を感謝する。それでは忙しそうなので、俺はこれで……なぜ帰してくれない?」
「真面目に聞けよ」
「承知した。そっちも出来る限り真面目に話してくれ」
「最初から真面目だっつうの」
その後も意味不明な慧生の美少年自慢と過大な貞操防衛を排除した結果、慧生の豊富かつ意義ある男性経験に裏付けされた美少年の勘によると、チョイワルオジサンはあからさまな下心を持って秋彦に近付いており、秋彦は冷たい反応を見せつつも、どういうわけか避ける素振りを見せていなかったのだという。
「最初はこんなオヤジ相手に気を持たせるなんて、秋彦も悪いよなあって思ったんだけど、アイツ、口ではチャラいこと言うくせに、実はオトコ関係全然じゃん? 相手いんのに、浮気なんかするヤツじゃないってことは僕も経験でよく知ってるから、オヤジがそういうオトコじゃないことはすぐにわかったんだよね。なのに、帰り際に振り返って見たら、なんかまだ話しこんでるし、そのうち、二人してどっか移動し始めるしさ……相手は秋彦狙ってんの見え見えなのに、どういうつもりなんだろうって。そしたら、一時間経ってもあいつ来ないじゃん……相手、結構ガッシリしてたし、まさかヤバいことになってんじゃないのかって思うと……」
そういうと慧生は、似合わず神妙な顔になった。
「慧生、窓際とカウンター、急いで下げてくれ。次のお客様がお待ちだぞ」
「あ、すいません……」
オーナーに注意され、慧生が焦った顔をして仕事へ戻る。振り返ると、自分の後ろに女性グループが二組並んでいたことに今頃気がついて、祥一も慌てて前を譲った。あのような話を聞かされて、今更ケーキセットを食べる気分でもなかった。今日はもう退散したほうがよさそうだし、何よりも秋彦のことが気になっていた。
駈け足でテーブルを片付けたらしい慧生が戻ってくると、澄ました顔をして二組の女性グループをホールへ通す。待たされたどころか、下手をすれば自分と交わしていた無駄話の幾らかを聞いていただろうに、女性達は怒りもせず慧生に先導されてテーブルとカウンターの各席へ収まった。その間、どこか華やいだような雰囲気とともに、熱っぽい視線を慧生に送り続けてさえいるように見えた……世間ではああいうのを、可愛いとか美少年とか評したりするのだろう。外貌もまた、職務能力ということだ。カフェとファミレスという違いはあれど、同じ接客業従事者としては、お客様の前で立ち話などとても許されない気がするのだが、そこが親会社を持つ企業と個人店の違いなのかもしれない。ここでは慧生の口の悪さや我儘が、美貌と共に個性として認められているような気がする。自分もまた対人交渉が得意な方ではない祥一としては、この環境が羨ましくもあり憎たらしくもあった。それはさておき。
「何をしているんだ、まったく……」
出口へ引き返しつつ、ポケットからガラケーを出す。そして妹で埋め尽くされ気味の通話履歴を何ページか遡っていると。
「こんなことは初めてだから、あれであいつも心配しているんだ」
接客がひと段落着いたらしいオーナーがまたレジへ戻ってきて、長いレシートを出しながらお金の計算を始めていた……中途半端な時間だが、遅れた定時点検でもしているのだろう。誰に、という呼びかけはないものの、明らかに帰りかけている自分へ話している気がして、祥一は出口へ向かっていた足を再び止めた。
「お忙しそうなのに、ご迷惑をおかけしてすみません」
「ほう、君が謝るのか……」
オーナーが目を見開いて祥一は少し焦る。家族でも保護者でもない現状で、まるで身内のような返答は奇妙だろう。
「いえ……その、こんなときに香坂の仕事を止めてしまいましたし……秋彦にも、よく言って聞かせておきますから」
混雑した状況で仕事の邪魔をしたことと、秋彦の友人という立場から不自然のない説明を追加すると、オーナーの表情が少し和らいだ。
「なるほどね。まあ、慧生はあんなのしょっちゅうだから、気にしなくていいよ。君はお客様だし、ウチみたいな店は常連客とのコミュニケーションも重要な仕事だからね。それから、……俺が架けたときは、ずっと圏外ばかりだった」
そう言われて、祥一は手にしている古い携帯に視線を下ろした。
「……秋彦ですか?」
考えてみれば、バイトが連絡もなく遅刻しているのだから、雇用主が携帯に電話を架けるのは当然だろう。
オーナーは無言で首を縦に振って続けた。
「ここ三十分の間、ほんの四回ほど架けてみたがね。……まあ、今なら繋がるかも知れないから、どんどん架けてみればいいさ。君の方がずっと心配だろうから……ああ、少しだけ待っててやってくれないか。慧生、もういいぞ」
祥一を呼び止めたオーナーは、会話をしつつも速やかにレジ点検を終えてカウンターに声をかけた。どうやら予定時刻を大幅に過ぎている慧生にお役御免を言い渡して解放するつもりらしかった。
なぜ呼び止められたのかについて深く考える前に、祥一は自分からも秋彦に電話をしてみたが、案の定圏外アナウンスが流れてすぐに切った。そして三十分の間に四回という言葉を改めて考える。いくらバイトが遅刻しているからといって、その過剰すぎる頻繁な連絡は、あきらかに慧生のもたらした事前情報によって、オーナーも事の異常さを察知したからなのだろう。このままというわけには、やはりいかない。
携帯を仕舞う頃には手早く着替えを済ませた慧生が、カウンターから私服で出てきた。
「待たせたな」
私物を積め込んだリュックのファスナーを閉めながら、当然のような顔で慧生が言った。
「成り行きでな。とにかく行こう」
どういうわけか慧生とともに『Cappuccino』を出ることになった祥一は、ともに秋彦の捜索に乗り出すことになった。現状、最後に秋彦の足取りを見ているのが彼である以上、もっとも頼りになる存在が慧生であることに違いはないのだ。
03
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