「たとえばこんな花のガーランドがあると華やかになるけど、1300円もするこれを買うかって言えば僕はノーだ。その代わりに手芸コーナーでフエルト生地を揃えて、ギザギザ鋏でカットしてラフに糊付けをしてパイ生地に見立てる。そこへ同じくバナナやイチゴ、オレンジに見立てたフエルト生地を糊でトッピングしてデザートを作り、荷作り紐にクリップで留めていくのさ。それだけで、ずっとキュート感あふれる手作りのスイーツガーランドが出来あがる。その方がどこにでもある花のガーランドよりも女性客のウケがいい上に、ほんの数百円の支出と店にある備品や梱包の再利用も出来るからね。そしてどうせ花のガーランドを買うなら、ああいうワイヤーや折り紙で鳥や蝶を飛ばしたり留まらせたりすると、もっと目を引いたりするんだ」
「なるほど。ところで俺達がこうしてカミジマにいる理由はなんなんだ?」
「だから言ったじゃない。カミジマを出たところで秋彦と遭遇したって」
「ああ。そしてお前らが喋ってるところへ、変なオヤジがやってきて秋彦を付け狙ってたんだろう? でもお前は仕事があるから、先にその場を離れた。それから二人はどこへ行ったんだ?」
内心の苛立ちを微塵も感じさせはしない見事に落ち着いた声と、デフォルトの無表情で、祥一は先を促した。話の道筋をつけられた慧生は軽く首を捻ると、くるっと視線を通りへ向けて。
「僕が一度振り返ったときは、まだここの前にいたんだけど、そういえばアイツ、『Marine Hall』に行くようなこと言ってたっけ」
「よく秋彦が話している近辺のクラブだな。よし、そこへ行ってみよう」
祥一が提案すると、愛らしいチューリップのガーランドを商品棚に戻して、慧生が先に出口へ向かった。意外なほどの素直さに、若干キュンとさせられながら、内心やれやれと盛大な溜息を吐きつつ、祥一は小柄なその背中を追う。
断りきれない状況での南方オーナーによる推薦があったとはいえ、話ばかりか、行動までもがとっちらかる慧生を案内係に指定したことは、これ以上はない人選ミスだったのだろう。保護される修学中は良いとして、衝動的な傾向にある彼の言行は、この先の長い人生、シビアな日本社会で通用するとも思えず、早晩大きな壁に連続してぶつかる筈だと分析する祥一だったが、実際には『Cappuccino』におけるウェイターという生業を得て、社会人としては自分よりも先輩にあたる現実があり、それは雇い主の恩寵によるところが大きいと考えられる。そして無計画かつ理解不能で破滅的傾向さえ持つ香坂慧生の人柄を「個性」の一言で括り、あまつさえ一目を置いている南方譲の、大洋のような器の大きさに、ひたすら頭が下がる思いだった。
慧生ディスりという内心の自由を謳歌しつつ、当人の背中を追い始めて五分もかからず、見覚えのあるビルに到着した。地上三階地下一階からなるこの建物には、祥一も来たことがある。そのとき一階には、オープンしたての『彩(あや)』というラーメン屋が営業していたが、今はシャッターが下りている。休業日かと思えば、テナント募集のポスターが貼っており、店は閉店したものと判断出来た……自分がこの店へ、秋彦を追い掛けてやってきたのが去年の秋だから、たった半年で店仕舞いしたということだ。随分早い寿命である。
煉瓦塀に貼り付けられた、『臨海公園駅前東ビル』というシンプルな表示を見つつ、前を行く慧生の背中を追って、地下へ誘導する階段を降りる。階段の入り口には、『Marine Hall』のネオンサインが、カラフルに光って目を引いていた。
「ここって六時スタートだろ? でも、秋彦は今日六時から店に入る予定だったんだよな」
六時から仕事の予定を持つ者が、六時営業開始の別の店になぜ立ち寄るのだろうか。予め遅刻の予定でもなければ、時間的に話が噛みあわない気がした。この疑問には、意外な反応が返ってきた。
「え、ここって六時スタートだったの?」
いきなり目の前の人間が足を止めて振り返る。お蔭で後ろからぶつかり、自分より小さい者を突き飛ばしそうになって、祥一は慌てた。
「……いきなりっ、立ち止まるんじゃない。俺は記憶と視力にそこそこ自信があるが、見間違いでもなければ、さっき階段の入り口にそう書いていた……というより、お前の目の前にも現に同じことが書いてあるじゃないか」
店のエントランスまであと三段というところに来て、ごく近しくもない人物との会話に適切な距離を保つべく、二段ほど後退しながら、慧生の注意を進行方向へ向けてやる。
結構な音量が響いて来るガラス扉の表面に、英数字と記号のみで、シンプルに営業時間が表示されていた……秋彦の情報によると、この慧生は、彼よりも古いこの店の常連客ということだったが、一体何がどうなっているのか。
「ああ、本当だ」
「……そうだな。とりあえず、さっさと入ってしまわないか? 混んでくると、色々障りがありそうだ」
自分で話を振りながら、なるべくさり気無さを装って会話を絶ち切り、小柄な同伴者を先へ促した。
この商店街は『カミジマ』や『城東電機(じょうとうでんき)』を除いて、全国展開していない個人商店が圧倒的だ。『Cappuccino』と同じで店長の裁量が利く店なら、営業時間など客足や気分次第でどうにでもなるというものだから、大した問題ではない……祥一は己の疑問をそのように自己解決した。それよりも、一般と常識が大きく異なる慧生の注意を無駄に引いて、潤滑な捜索活動を自分が停滞させてどうするのだと、己を戒める祥一だった。
天井の高い店内には、テンションを上げるクラブミュージックが大きめの音量で流れており、七時を回ったフロアには自分達と同年代の若者グループがテーブルを埋めていた。カウンターには空席が数カ所見付けられたが、既に客足がピークを迎え始めているようだった。
店内中央に据えられた噴水が数回切り替わり、その度にカクテルライトが鮮やかに点滅する。賑やかな大学生グループの一人が、奇声を上げながらその噴水へ飛び込み、仲間達が囃したてたが、直後に背の高い店員から摘まみ上げられ注意をされた……飛び込んだ男の表情がぼんやりしているところを見ると、相当酒が入っているようだ。マナーの問題以前に下手をすると事故に繋がりかねない。店員に怒られるのも当然だろう。
「けしからん店だな」
未成年の高校時代から秋彦がここへ通っていることは知っていたが、改めて若者の健全な育成に有害な影響を与えかねない環境だと祥一は感じた。
「あ、いたいた……トモさーん」
よく通る声で慧生が呼びかけると、バカ大学生に注意をしていた背の高い男が振り返り、近付いてくる。どうやら彼が「トモさん」らしい。
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