「ま、待てって……靴っ……」
「すまん、限界だ……」
 苛々とベルトの金具を外して、デニムのボタンを外す。同時に首筋へ口唇を這わせると、掠れたような声が耳を擽った。
「はっ……あぁっ……」
 浮き出た鎖骨の形を確かめるように、吸いつきながら口唇で辿り、ボタンを外し、顕わになったその胸へ指を這わせ、尖りを摘まみあげると、相手の反応は如実になった……こうした敏感なリアクションが、全て過去の経験から来るものであり、その背景に存在する人物の顔を思い浮かべ忌々しくなる。
「クソッ……」
 堪らずウエストへ手を掛けて、一気に膝まで引き摺り落とした。続いて身体を裏返す。
「しょ、祥一……どうし……あっ……」
 薄暗がりの中で空気に晒された白い膨らみは、まだまだ少年らしい青さを残し、男にしては細いきゅっとくびれたウエストと、臀部の引き締まった肉付きの対比が、得も言われぬ色香を漂わせていた。
「……お前を……俺にくれ……」
 兆している自覚がある前を、デニム越しに目の前の膨らみへ押しつけると、しなやかな身体がビクリと反応した。
「祥一……落ちつけよ……そのつもりで、こうしてるんじゃないか」
 前に回した手の甲へ、しっかりと掌が重ねられ、ふたたび指がからめられた。
「秋彦……」
「やろう。……俺も祥一としたい……けどさ、本当に久しぶりだから……出来れば、ちょっとだけ準備がしたいんだ」
 上がり框でうつ伏せになった秋彦が、下から首の動きだけで自分を見上げて来る……そんな仕草すらも、色っぽい煽りにしか祥一には見えなかった。しかし、せっかく双方の意思が念願かなって合致したのだから、相手の気持ちを無視したくはない。
「準備って……?」
 訊き返すと、少し困ったように秋彦が眉根を寄せる……苦笑だ。
「本音を言えばシャワーを借りたいんだが……」
「あとでいいか?」
 今からそれは、ちょっと無理な相談だった。秋彦になら、シャワーぐらいいつでも貸してやりたいが、滾ってから何分も放置されるのは我慢ならない。終わってからにしてほしい。
「そう言うと思った……じゃあ、せめてちょっとだけ腰を放してくれないか? その……広げたい」
 そう言うと、おもむろに秋彦は自分の指を加えて濡らし、祥一との間へその腕を挟みこんで、自分の臀部を弄った。そして器用に穴へ指先を差し込んで、間もなく濡れた場所を掻き回す淫靡な音とともに、悩ましげに眉根を寄せる美麗な横顔が、肉の薄い頬を微妙に震わせ、そして半開きの口唇から吐息混じりの微かな喘ぎ声が漏れ始める。この目で初めて見る、秋彦のエロティックな媚態だった……既に欲情していた祥一は、もはや生殺しにされている気分である。
 堪らずその身体を表に返し、相手を仰向けにさせると、再びキスで口唇を塞いだ。そして秋彦の作業を邪魔しないように、反対側の手で彼の尖った乳首を弄ってやり、空いた手で前を寛げ、自分の物を取り出す……しっかりと勃っていたそれは、もうそれほど持たない気がした。
「なあ、秋彦……」
 じれったい気持ちで相手の意思を伺うと、思いもかけない光景を目の当たりにした。
「んっは……あっ……ふ……あ……」
 大して時間もかけず、三本の指を自身の身体に含ませていた秋彦も、空いた手で自分の前を慰めており、何よりその視線は、反りかえりつつある祥一の逸物へ向けられ、物欲しそうに凝視していたのだ。もはや限界だ。
「秋彦っ……」
 仰向けの男の両脚を抱えて、股を大きく広げると、間に己の腰を押し込む……先端が相手の陰囊とぶつかって、淫靡な音がそこから漏れた。一刻も早く繋がりたかった。
「んあっ……ち……違う」
 秋彦も切羽詰まっているようだったが、その口からは喘ぎ混じりの否定が小さく漏れ聞こえ、握られた拳が胸を押し返す。弱々しいが抵抗だった。
「もう、いいだろう……お前に入れたい」
 すると、再び身体を押し返される。苛々とした。
「だから……そこじゃ、なくて」
 秋彦が身を捩って身体を返した……再び尻が向けられる。二つの膨らみの狭間を自分の指で割り開き、穴の所在を祥一に示すという、なんともあられのない姿だった。
「秋……」
「男はここだから……入れて」
 ゴクリと生唾を飲み込む音が、狭い玄関に響くのが自分でわかった。先端がしっかりと上を向いている己の勃起に手を添えて、秋彦の指先が示してくれる場所へそっと這わせる。
「行くぞ?」
「うん……んんあぁっ」
 劣情に任せて一気に腰を進めると、目の前の背中が大きくしなり、結合した場所が強く締めつけられた……それだけで達しそうになった。
「……凄いな」
 射精感をぐっと堪え、自分を埋めたまま祥一は暫く息を整える。秋彦が落ち着く頃を見計らって、少しずつ腰を動かした。
「あっ……ああっ……しょ……いち……」
「秋彦……悪い……ちそうに……ない」
 初めて味わう男の身体は、想像とまるで違った。女のように柔らかさも丸みもなく、痩せているとはいえ、自分とさほど変わらない体格だ。胸を掌でまさぐっても、心地よい乳房があるわけでもなく、股間へ手を移せば、そこには雫を滴らせ、今にも弾けそうな勃起がビクリと反応を返してくる。ショックがなかったと言えば嘘になる。それでも幻滅して手放したいかといえば、正反対だ。
「祥一……祥一……」
 何度夢見たかわからない、甘い声が、うわごとのように自分の名前を繰り返し呼ぶ。その度に愛しさばかりが心に広がる。性的に触れた最初から快感に身体を震えさせたこの身体が、男に抱かれ慣れている事実を思い知り、わかっていたはずなのに一層強まる嫉妬と、その身体へあの男以上に自分を刻みつけたいという欲望が胸に渦巻くのだ。
 打ちつけるたびに、締めつけ、からみついてくる粘膜に、煽りたてられ、限界まで昇り詰める己の分身が出口を求めて暴れ回る。
「秋彦……出すぞっ……」
「……しっ……ああっ、あああっ……」
 硬い身体をぎりぎりまで引き寄せ、深く埋め込んだ先端から思いの丈を吐き出した。滑らかな背中が小刻みに震え、握り締めた相手の物が、自分の手を断続的に濡らしていくのを感じ、誰よりも愛しいと思う。
 一度の射精ではまるで収まらず、その腰を抱え直し、祥一はつい先ほど、友達の一線を超えた相手の身体を再び穿った。数度にわたって貪り、漸く劣情が収まって、生来の冷静さを取り戻した頃、未だ片方の足首にデニムと下着を絡めている秋彦が、硬い廊下を下にしてうつろな目で横たわっていることに気付き、大いに慌てた。そしてやっと柔らかくなった性器を抜き出してその身体を抱きかかえ、畳の上に寝かせ直したのは、夜も更けた頃……二人がこの家に戻って優に二時間は経過していた。


(エピローグ)


「秋彦」
 ぐったりと横たわるその身体が心配になって、そっと覗きこみ様子を窺う。想像以上に高く、壁の薄い安アパートでは少々ハラハラとさせられた嬌声を、艶めかしい響きで楽しませてくれた可愛い人は、細面な顔を横向きに寝かせ、反応を返すこともない。長い睫毛は、隈が目に付きがちな下瞼にぴたりと重ねて閉じられている。
 痩せぎすで目立つ鎖骨、筋肉の薄い胸、やや色が濃くて敏感な乳首、ダイエットに悩む女が見たら妬ましくなるであろうくびれたウエスト、そして対象的に意外と肉付きのよかった臀部……その奥には、今も祥一を受け止めた証が残されている。
 この彼を抱いたのだ。恋人という立場をいいことに、ずっと彼を振り回し続けていた男の亡霊を、漸く追い払い、その身も心も自分のものにしたのだ。
「俺は、お前を傷つけたりはしない……ずっと守ってやるからな」
 疲れ切った愛しい人を起こさぬよう、ほんのささやかに誓いを呟くと、薄い瞼が僅かに動いた。
「……し……」
 掠れ切った声が不明瞭に音を立てる。
 祥一……。峰ではなく、祥一と……愛の交歓中、この口唇は何度もそう呼んでくれた。身体を繋いだだけでも天にも昇る喜びだというのに、最中に念願だった名前を呼ばれることが、あれほど自分を舞いあがらせるとは想像もしなかった。
 しかるに、祥一は箍が外れたように相手を求めてしまった。ただでさえ、拉致監禁という恐怖と苦痛に見舞われ、疲れきっていたであろう愛しい人を、合意があったとはいえ、繰り返し付き合わせてしまったことは、すぐに猛省した。
 冷静さが身上の祥一としては、肉欲などに負けて常軌を逸した愚行を自分が為すとは、ほんの数時間前まで想像もせず、愚かな己をひたすら恥じるしかなかった。それでも、秋彦にはこの上ない恋情があり、しなやかな肢体には想像を絶した色気があって、祥一は自らの愚行を悔いるとともに、必ず繰り返すであろう己の行く末しか見えはしなかった。
「悪いな……起きたら多分、またお前を抱く……」
 さすがに、意識のない相手を手籠めにするほど人の道から堕ちてはいないが、繊細な横顔が再び目を開け、その瞳にまた自分を映し、もう一度この名を呼んでくれたら……祥一に自分を抑える自信はない。
 未だにお互い裸で絡み合っているのだ。
「……つ……し……」
 再び掠れた声が、中途半端に音を立てる。
 し……。祥一。
 最中に、声を震わせながら、己の名前を呼ぶ姿の凄まじい色香に、祥一は何度も情欲を深く掻き立てられた。
「そろそろちゃんと呼んでくれよ」
 しかし、中々再び祥一と呼んでくれない口唇がじれったくて、肘を突いて背後から乗り出し、男なのに少し赤みが強いその柔らかな口唇を、伸ばした人差し指で突ついて起こそうとした……しかし、不意に気になって悪戯の手を止める。
 自分と同じで、甘い気分に浸りつつ、きっと自分の夢でも見てくれているのだろうかと期待していた愛しい人のその顔は、予想に反して眉間に深い皺を刻みながら歪んでいた……表情はとても辛そうに見えた。
 そして気が付く。
「し」。
 寝言で再三声に出しているその音は、己の名前の頭文字などではない。
 篤の「し」。一条篤の名前だ。
 高校時代、人目も憚らす秋彦に迫り続け、恋人のポジションを勝ち取ったにも拘わらず、さんざん彼を振り回し、結局捨てて日本から出て行った男……。
「……」
 恐らくはかつての恋人の夢を……きっと辛い夢を見ているのであろう、目の前の横顔に触れる直前で、祥一は強く拳を作った。今その口唇に触れる勇気など、どこにもありはしなかった。


fin.


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