アオガキ川沿いを北東に進み、Sクラスが向かった先は、方角的にはS&Kプランニングに近い。だが、ヨミザカの手前で交差点を北へ向けて右折すると、見覚えのある景色へ近付いた。
「ここって……」
助手席で破れたTシャツの襟を掻き合わせるように握り締めて瑞穂は呟く。
目の前に現れる背の高いフェンス。その一部は瑞穂が車で突っ込み破れたままになっていた。代わりの監視も立っておらず、不思議に思っていると、どうやらこの空き地から武器を撤去させているようだった。
志貴は途中で路地に入り、まっすぐ突き当たりまで進むと、角の五メートルほど手前でエンジンを切る。
「敵はこっちへお引っ越しだ」
車二台がギリギリ対抗出来そうな狭い抜け道。両側をコンクリートの壁で挟まれ、見通しが良いとはけっして言えないが、それでも目の前に何があるのかは充分確認出来た。路地を抜けた正面には、高さ二メートルほどの黒い鉄策と、その前を行き交うアグリア人達。何人かの顔に見覚えがあった。チーセダだ。
視点を上げると、三階建ての大きな建築物に被さっている赤い屋根。それは、いつかマルネイストアの屋上から、真の双眼鏡で確認した、木船スタジアムである。このスタジアムとチーセダに何かの接点があるのか、あるいは自分達が西湖ニットの廃工場を拠点としているように、チーセダもまた、この球場をアジトにしているだけなのか。いずれにしろチーセダはここにいる。
シートベルトを外した志貴が後ろへ身を乗り出したと思うと、嵩張る物を取り上げ押し付けられた。
「えっ……」
AM16だ。
「てめえの手でカタ付けて来い」
長尺の火器を受け取り、フロントガラスへ視線を移す。鉄柵越しに背を向け、煙草を吹かしている長身を瑞穂は思い出した。ツユクサの地面へ押さえ付けられ、パジュに犯されていた自分を、睥睨するように見ていた男……パジュの次に、煙草を咥えたまま、冷たい視線を向けて男は押し入って来たのだ。その後、意識を失ってもなお、延々輪姦は続いた。
「瑞穂?」
志貴が怪訝な目をして覗き込む。
「あ……」
手首をとられ、持たされた物をまた取り上げられた。
「そんな震えた手で、銃が扱えると思うのか」
「ご、ごめん……」
つい謝ると、志貴が溜息を吐く。
「怖いか?」
「俺は……その……えっ…?」
口籠っていると、後頭部の髪を掴まれ、ぐいっとフロントガラスに向けられる。瑞穂は慌てた。
「や、やめて………嫌だっ……そんなことしたら、見付かる……」
ダッシュボードに乗り出した目の前には、ガラス越しに広がる木船スタジアムのゲート。鉄柵に凭れた男は吸っていた煙草を地面へ落とし、靴底で踏みしめると、身体をこちらへ向けて顔を上げた。目が合った……ように見えたが、男はそのまま視線を横へ逸らす……誰かと話しているようだった。
不意に身体を引き寄せられ、抱きしめられた。
「怖いならちゃんとそう言え……意地を張るな」
「お……俺は……俺は……」
肌に張りついて消えない感覚。重い体重が圧し掛かり、両脚を広げられ、押さえ付けられて、身体の内側を何度も擦りつけられた。痛くて痛くて仕方がないのに……熱くなった内部は、瑞穂の知らない感覚も確かに生み出していた。身体の奥がジンと存在を主張し始めるような……あれは、一体何だったのか。
スーツの袖が蠢いたと思うと、掌が胸に当てられる。そのまま乳房を掴まれ、身を捩ろうとしたが、力が敵わない。髪を掴んでいたもう片方の手が、瑞穂の顔をクイッと上に持ちあげ、次の瞬間口唇を塞がれた。
「んっ………なっ……んっ……ふ……」
啄ばむように何度もキスを繰り返される。その間にも、胸をまさぐる手は柔らかい場所を優しく揉んでいた。
「自分が女だと自覚しろ……出来ない事は出来ないと、ちゃんと認めるんだ。そうしたら、俺が守ってやる」
「やっ……はあ……むんっ……」
浅く、深く繰り返される、実兄からの口付け。上下の口唇を交互に挟み、擽るように舐められ、舌先が歯列を辿り、どんどんと開いていく瑞穂の口腔へも侵入して、付け根が抜けそうになるほど舌を強く吸われる。そのようなキスを、瑞穂は初めて知った。
頭の中に靄がかかる。目尻を涙が何度も伝った。
乳房への愛撫はどんどんと激しくなり、繊維が破れる断続的な音を瑞穂は聞いた。キスの合間に見下ろすと、さらに広くなった裂け目から、左の胸が剥き出しになっている。誰かに見られたら大変だと、ぼんやり考えている間に、その部分を志貴が口に含んだ。
「あぁっ……兄さんっ……」
思わず瑞穂は志貴の髪を掴んだ。
柔らかめのスタイリング剤で束になっている、少し癖のある黒髪が、瑞穂の指の間から零れ落ちる。
「いい反応だ」
片頬に笑みを浮かべた志貴の口から、唾液塗れになった乳首へ軽く息がかかる。志貴はその部分へ再び食らいつくと、舌先で乳首を転がされ、音を立てながら、何度も吸い上げられた。
「んあっ……ああっ……い……や……」
頭を仰け反らせながら、快感に耐える。身体がどんどんと作り変えられていた。
最後まで出来なかった大和との初体験は、瑞穂に苦痛しか与えなかった。それよりも瑞穂は、直後に大和がとった優しさに欠ける行動に傷付いた。そしてアグリア人から受けた暴行。痛みと恐怖と……確かに感じた、性的快感。未だに訪れない月経に、瑞穂は不安を感じ、怯えている。
これまでセックスは、瑞穂を怖がらせる行為でしかなかった。瑞穂の身体は今、間違いなく悦びしか感じていない。身体の中も感覚も、女になっていくことへの躊躇と抵抗は今でも消えない。それでも、こうして触られ、熱くなっていく。神経が痺れ、思考がぼやけていく自分に、瑞穂は驚きと紛れもない快感を覚えていた。もっと触ってほしい、もっと感じさせてほしい……切実にそう願っている。
自然と両脚の間隔が広がり、腰を揺らす。志貴が笑った。
「いやらしいな」
ベルトのバックルを外され、ファスナーをおろされる。濡れて滲みになり、色を変えているボクサーショーツが、膨らみによって前を主張させていた。それ以上に奥が濡れている自覚が瑞穂はあった。
下着のゴム部分を押し下げ、頭を擡げ始めているペニスが掌に包まれる。やんわりと圧力を与えられ、裏筋を何度か刺激された。包皮から顔を出している敏感な先端を、親指の爪が抉るように擦る。
「や、ああッ……!」
火花が散ったように強烈な快感が瑞穂を襲い、それだけで軽くイッた。拳を握り締め、本革の座面に押し付けながら、胸を上下させて身体を落ちつかせる。
息を整える間もなく、スーツの手首が股間へ押し込まれた。陰囊を掠め、指先はさらにその奥を目指す。
「や、やだっ……何してっ……」
「びしょ濡れじゃないか」
襞を掻き分けられるたびに、はしたないほどの水音が瑞穂にも聞こえた。
「やめて……こんなこと……兄弟だろ……」
自分の陰部へ指を収めようとしている兄の肩を、瑞穂は押し戻そうとする。それでも、握り締めた拳にはまるで力が入らない。一度弾けたペニスは、先端から透明な雫を滴らせながら、まだ余力を保って震えていた。
デニムの前を寛げ、引き摺り下ろし、皺になった下着のコットンの上には、部分的に濡れて束になった陰毛が溢れ出ている。そこへ男の太い腕が、上質なスーツの袖を汚すのも構わず挟み込まれているのだ。なんとも破廉恥な光景だった。
もう片方の手が再びペニスを握りしめ、包皮を動かすように刺激を与えた。股間に挟みこんだ手が何度か陰部を擦りあげ、すぐに指の数が増やされる。
「すっかり解れてるな……気持ちいいのはどっちだ……男の方か? 女の方か?」
「りょ……両方……んっあ、あ……」
瑞穂は頭をガラスに押し付け、拳を口元に当てた。押し寄せてくる快感の塊が、再び火花を散らしそうになる。腰へ神経が集中し、無意識に内腿へ力が入った。志貴が苦笑を漏らす。
「そんなにいいか……だったら、これはどうだ?」
「えっ……」
左手がすっとペニスから離れ、剥き出しになった胸を握り締めた。再び乳房への愛撫が再開される。同時に陰部を二本の指がかき混ぜた。
「女の部分だけで感じてみろ……そして自覚するんだ、本能が求めるものを」
「あ、あ、ああっ……」
丸みを掬い、押し上げるたび、ふたたび薄い褐色の先端が芯を持ち主張を始める。曖昧な部分への刺激は、静かに瑞穂を快感の向こう岸へと押し上げるようだった。それよりも、ダイレクトな変化は内部で起きている。二本の指が激しく行き来し始めた。志貴の指先が膣の一点を掠めるたびに、到底自分のものとは思えないほど、高く頼りのない声が口から洩れる。
「あんっ、あんっ、あんっ……やっ、も、もうっ……」
「もう、……なんだ?」
志貴の声にも、常ならない野生味が漂っていた。
「なんっ……でも、ない……んあッ……」
顔を間近に覗き込まれ、瑞穂は堪らず目を閉じる。そうすると、神経が快感に集中していくことがわかった。首筋にかかる吐息が熱い。身体に力が入る。
掌が陰唇を包み込みながら、二本の指が猛スピードでその部分を擦りあげる。粘膜が志貴の指を締めあげていることがわかったが、それ以上の力で強引に動かされた。
「ああっ、ああっ、はああああああああああああああっ……」
そして、遂に瑞穂の性感は頂点を極める。身体の芯から電流を流し込まれたような、これまでに味わったこともない感覚。頭の中が真っ白になり、鼓動が跳ね上がる。子宮が大きく波打ち、その余韻がビクビクといつまでも止まらない。
「ふ………あ……あ……何……これ……」
「オーガズムだな」
恥ずかしいことをストレートに言われ、瑞穂は顔を背けた。目の前が潤みきっていた。半開きの口から涎が零れ落ちそうになり、慌てて口を閉じる。しかし、顎先に濡れた感覚があるということは、取り繕うのが遅かったのかもしれない。
股間に収められたスーツの手首はまだそのままだ。再び緩く掻き回され、志貴の指がまだ膣の中にあることを自覚する。
兄弟で、このような行為へ及ぶことが、どれほど狂っているかは考えるまでもない。それでも、自身の裡にある、未知の部分を開拓された事実は強烈だった。自分が未熟だったせいもあるだろうが、それは思いを寄せる大和とでは得られなかった快感だ。このまま、指ではない部分で繋がったとしたら、一体どうなってしまうのだろうか。ぼんやりとそんな期待とも言える予感が頭を掠め、瑞穂は慌てる。今、一体何を考えた?
「俺の女になってみるか? そうしたら、一生俺がお前を守ってやる」
誘うように淫靡な声で囁かれ、その指が再び性感を呼び覚まそうとしていた。
女……自分は、このまま、女にされるのか……?
乳房を揉まれ、膣を刺激されて、女としてオーガズムを覚えさせられ、さらにこうして再び行為に及ぼうとしている。チーセダに輪姦され、妊娠の恐怖に怯えている自分は、すでに充分女なのだろう。男なら縁のない話だ。だが、このようなやり方で、組み伏せられ、身体の変化を目の前に突き付けられて、服従を誓わされるなど……冗談ではない。
「……れが……」
「ぐあッ……!」
強く握りしめた拳を振り切った瞬間、志貴はダッシュボードへ脇腹を押し付けて倒れていた。身を捩り、後部シートから適当に武器を奪うと車を出る。
「おい、瑞穂……待て……」
「誰がアンタの女になんかなるか、ふざけないでッ……!」
そして赤くなった顎を抑えながらも、出て行く弟を引き止めようとしている志貴へ言い捨てると、乱暴にドアを閉め、瑞穂はアスファルトを駈けだした。
木船スタジアムの正面ゲートで、出迎えた二人の監視は、すぐに左右から瑞穂を挟んだ。先に近づいた男は口髭を生やしており、もう一人はサングラスを掛けていた。例の喫煙男はいなくなっていたようだ。
「お嬢ちゃん、何ぶっそうなモン持ってんだ……?」
「そんなもん構えてないで、俺達といいことしようぜ」
チャージングハンドルを引き、顔をニヤつかせながら近づく男達にSAK-47の銃口を突き付ける。監視の足がとまった。ニヤついた顔が強張る。
「お、おいどうせ……モデルガンなんだろ?」
髭の男が言いながら、間合いをとった。瑞穂が放つ気迫から、そうではないことをわかっているのだろう。
「モデルガンかどうか、一発食らって確かめてみる?」
言った男をサイトに捕える。途端にサングラスの男が、右手を腰に当てたのがわかった。瑞穂はそちらへ銃口を向けると、迷わずトリガーを引く。
「うわあああッ……」
男が手首を押さえて転がり回った。想像以上の反動の強さは、瑞穂の足もふらつかせた。アスファルトの路面には、三十八口径のシュタームルガーが転がっている。咄嗟にそれを蹴り飛ばした瞬間、後ろから襲われた。
「てめぇッ……」
身を捩り、ストックで後ろへ殴りつけると、軽い亀裂音が響いた。
「ひあぁあああっ……!」
足元に割れた黒いサングラスが転がり落ち、男は顔を抑えて腰を屈める。体毛に覆われた指の間から、幾筋もの血が流れていた。どうやらストックがまともにサングラスを破壊し、破片が目元か、あるいは眼球を突き刺したようだ。間髪入れずに男へ蹴りを入れると、路面からシュタームルガーを拝借してベルトの後ろへ突き差し、球場内を目指す。
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