「夏子ちゃんは……君のお母さんは、君と僕の仲を引き裂こうとした」
「何言ってんだ……母親だったら当然だろうっ!」
触られて、欲望を向けられ、そして俺は……。
「彼女は無遠慮に土足で乗り込み、踏みにじり、蹴散らそうとしたのさ……僕と君との、大切な時間を」
「ふざけるな、そんなものあるわけない! あんたはただのペド野郎だ!」
「ああ、人を口汚く侮辱するところまで、君達は親子だね……同じようなこと言っちゃって」
「当たり前だろ! あんたは俺と母さんの信頼を裏切り、自分のしたことを棚に上げて、母さんを殺した最低の変態だ!」
「そっくりそのまま、君に返すよ」
「なんだと!?」
「君は酷い子だ。自分がどんなふうに僕を求めたか、まるで覚えてないの?」
「んなわけ……あるか」
「僕の手の中で柔らかく身体を開いて、甘えた切ない声で、おにいちゃんって……」
「やめろ……」
「あの日」
霜月は言葉を切った。
「よせ……」
「……夏子ちゃんが出掛けたふりをして、アパートへ帰って来た。そして5歳の息子が、近所の大学生の前で、裸になっているところを見てしまった。もちろん僕は慌てたよ。急いでそれっぽい言い訳もした」
違うんだ夏子ちゃん……秋彦のパンツの中に虫が入ったから……。
目を閉じると、瞼の裏に蘇る、古臭いアパートの部屋。幼かった俺には高く感じた天井と、二人の大人が言い争う光景が見えていた。
「嫌……だっ……・!」
そして母さんは、霜月を……。
「けれど夏子ちゃんには通じなかった。……そりゃあそうだよね。だって君は、母親の前で自分から手淫を始めたんだから」
「嘘だ……」
僕と君との秘密だよ。
おにいちゃん……。
好きだよ、秋彦。
大きな身体に包みこまれ、頬に、額に……そこらじゅうに柔らかい愛撫を受ける。俺は見知らぬ感覚へ身体を痺れさせ、戸惑い、怖いと感じたが、余韻はただ甘く、心に残るせつなさが気持ちよかった。それを何と呼ぶのかと、正しく理解をしたのは、ずっとあとのことだ。
これは現実なのか? 霜月が言ったことは正しいのか……?
ああ……正しいのだろう。
あのとき、俺は霜月に淫行を受けて、幼いながらも性的快感を覚えていた。無知だった俺は、それがどういうことかも知らず、破廉恥にも母の前でこの男の局部に触れて、悦楽を得ていたのだろう。
悪夢だ。
思いもよらない光景を見せつけられた母は、ショックだったことだろう。だが、5歳の子供が自分から他人の性器を愛撫する筈がない。俺が霜月から何を覚えたか、俺と霜月が何をしてきたか、それを母は正しく理解してしまった。そしてショックを受けて、霜月に怒りをぶつけ、俺を守ろうとし……。
俺のせいだ。
「運が悪かったのさ」
霜月が言う。
「俺が死ねばよかったんだ……」
「おやおや、極端だね。……だったら、僕が手伝ってあげようか?」
そう言って、霜月が覆い被さってくる。俺は静かに目を閉じた。
fin.