「だ、だから待てって……僕は何人もの浮浪者や、犬にヤられたんだぞ!」
「さっき聞いた……凄い興奮した」
 また同じことを狼森が言う。嘘じゃない証拠に、肛門に入り込んだ先端が、ビクビクと反応していた。
「これも見て知ってるだろうし、風呂場であんなところも見られたんだから、今更だし、ばかばかしいけど、当然生で受け入れていた……それが何を意味するかわかるだろう?」
「リョウちゃんなら妊娠しそうだね……俺もリョウちゃんを孕ませたい」
 僕は目の前の男が本当にK大卒なのかと疑いそうになるほど、頭の悪い発言だと思った……いや、馬鹿とナントカは紙一重だというから、そっちかもしれない。
「だから……どんな病気貰ってるか、わからないからっ……!」
 強く狼森の身体を手で押し返しながらそう言った。狼森は目を瞠り、まじまじと僕を見下ろしてくる……接合部分は今度こそ抜けていた。さすがに引いたのだろうか……どこか幼さを感じさせていたようなあの口調は、もう出て来そうにない。
「それで……」
「え……だから……」
「そんな言葉で俺を牽制したつもりですか?」
「何言って、だから僕の言ったことちゃんと聞いて……」
 これは狼森の身にかかわることなのだ。実際あれだけ複数の浮浪者と何度も交わり、野良犬まで受け入れたのだから、これで何もなかったと考える方が都合がいいだろう。性病で済めばまだ運がいい。最悪エイズを感染した可能性だってないと言い切れないのだ。そんな僕を、予防もしないで抱こうとしている狼森は、本当にどうかしている……。
「ええ、聞いてますよ……あなたの運命ごと俺のものにしたい……それがどうしてわからないんだ!」
「あぁああああああああああっ……」
 言葉を切るなり、狼森は一気にペニスを押し入れてきた。そのまま激しく腰を打ち付けられる。
「何年待ったと……思ってるんですっ……あなたに会った瞬間から、この人しかないって決めてた……なのにっ……母の都合で渡米して、その最中に両親が離婚……京都にある母の実家に引き取られてそこで7年ですよ? 初めてあなたに会った時からプロポーズするって決めてたのに、それから俺は14年もあなたから離されていたんだ……あぁ……くうっ……!」
「お前……まさか……」
 べたりと僕に覆いかぶさりながら、背中を震わせ、狼森は中でドクンドクンとペニスを脈打たせながら、己のものを奥深くに解放していた。腹の内に広がる熱を感じながら、僕は漸くこの男が何者であるかを知る。
 あのとき……僕の人生を変えるきっかけとなった、幼い頃のあの事件。近所にユウタという病弱な少年が住んでいた。彼は金持ちの子供で塾の行き帰り、よく少年たちからからかわれていた。だが、あるときいつになくしつこい苛めに遭っており、それが中学生の不良どもであることに気づいた僕は、咄嗟に駆け出していた。

 ユウタを苛めるな!

 だが、当時の僕はまだ小学生で、ユウタに比べれば年の分体は大きいが、それでも同級生の中では小さなほうだった。中学生相手では勝てるはずもなく、あっという間に返り討ちにされていた。

 リョウちゃん、大丈夫……リョウちゃん……?

 くりかえし自分を心配する子供の高い声を遠のく意識の中で聞いた気がする。気が付けば僕は自室のベッドに寝ており、怪我はちゃんと手当てされていた。母に聞くと、僕を連れてきてくれたのは、学校の担任や同学年の教師だったという。あれ以来ユウタを見ることは一度もなかった。
「お前……アメリカ行ってたのか?」
「ええ、あの日は最後の塾で、みんなに送別会を開いてもらったんです。そこにはなぜか上級生もいっぱい来ていて、名前も知らない女子から好きだと告白され、僕には好きな人がいるからと、断った直後だったんですよ……まさか、あんな返り討ちが待っているとは思いませんでしたけどね」
「ちょっと待て……お前に告白した子ってまさか年上か?」
「ええ、3歳年上で……確かリョウちゃんと同じ学校だったと思いますが」
 ユウタ……この狼森は小学校時代、私立の白鳳学園に通っていた。僕は普通の公立小学校であり、あのとき彼を襲撃した中学生の一人は、僕のクラスの女子の兄で……。
「小学校が同じどころかクラスメイトだよ……」
 翌日から僕はクラスで苛めに遭った……まさかそんな背景が隠されていたとは思いもよらなかった。
「ますます嫉妬しますね」
「何言って……ちょっと……待て、まだイッたばか……」
 再び固く熱いものを押し付けられ、グイッと押し込まれる。彼とて、ほんの少し前に中で果てたばかりだというのに、あっという間に息を吹き返していたことにあきれ返る……同時に焦った。射精の開放感で力の抜けきった身体に、こうも短時間で挑まれ、感じさせられるのは辛い……何より、今日はもう何度イッたかわからないほど、イかされているのだ。
「もう十分休憩したでしょ? それにたった一回イッただけで、満足できるはずないじゃないですか。俺はずっとあなたを思ってこのときを待ち続けていたんですから」
「いやいや、僕はもう無理だって……ほんの数時間前に初体験して、そのままさんざんヤリまくられたんだからっ……!」
 少しは容赦してほしいと願いそんなことを口走ったが。
「悔しい……俺がリョウちゃんの処女を奪うつもりだったのに!」
 墓穴を掘ったと悟った。
「ちょっちょっと……ああっ、やめっ……」
 再び激しい勢いで腰をパンパンと打ちつけられる。
「ああっ、リョウちゃんっ……俺のリョウちゃんっ……」
 うわごとのように繰り返す狼森の声を聞きながら、僕は性懲りもなく熱くなっていく己の身体に呆れ半分……それでも自分に執着するこの男が恐ろしく、少しだけ可愛らしく思えていた。
「ああっ、んあっ……そ、そこっ……ヒッ……イッ、イクッ……」
 ゴリゴリと内側を抉られ、どうしようもない性感に身を震わせる。同時にまたもや奥深くで果ててくれる年下の男が愛しくたまらなかった。
「リョウちゃん……俺の嫁さんになって……」
 すっかりお気に召したらしい、乳……ただのたるんだ脂肪を弄びながら勇太が言う。もう片方の腕は、それ以上にたるんでいる腹の脂肪に減り込ませてある。姿見に映りこむ己の姿……相変わらず淋しい毛髪は、今のところ豊かになる気配もない。そして、首筋に顔を埋めている背後の男は、顔半分しか見えていなくとも、実に美しいとわかる。僕は首を捻る。
「お前さあ……それだけ最高級のスペック持ってるくせに、なんで僕なんかにそこまで執着してるの?」
 すると軽い笑いが頭の上にかかり、鏡の中の己の薄い毛がふわふわと揺れ動いた。どうしようもなくみっともないと、自分で思い、顔をしかめる。
「初めて会ったときさ、可愛い女の子だなあって思って一目ぼれした」
「可愛いねえ……」
 確かに子供のころは、色白の肌や赤い唇のせいで、女の子に間違えられることは多かったし、今見ても小学校の頃の自分は可愛いと評せなくもない……だが、年下の男に言われるのはちょっと癪に障った。
「で、あのとき……俺を守ってくれようとして、中学生にボコボコにされたでしょ。けど、リョウちゃんは殴られて、蹴飛ばされて、それでもボロボロになりながら、大きな目だけをキラキラ輝かせて、何度もあいつらに挑んでた」
「そうだったっけ……」
 つまり、強い者に挑戦する姿が勇太の心を打った……そういうことかと思って、少々こそばゆい心地になっていると。
「凄く美しかった……なんていうか、子犬が適いっこない大型犬に、身の程知らずにも食って掛かってるみたいで……もうめちゃくちゃ可愛くって……」
「は……?」
 話の雲行きが怪しいとこの辺りで感じた僕の勘は正しかった。
「痣だらけになってあちこち擦りむきながら、膝から血を流し、細くて白い脚を投げ出したリョちゃんが大きな男に圧し掛かられてるんだよ。別の奴から顔を蹴られて、グラングランと揺れている細い首も妙にエロくって……きわめつけが半開きの口、やたら赤い唇から涎を垂らし、涙を浮かべた目がキラキラしてて……あのあと正しい性知識を覚えるまで、自覚はなかったんだけど、あれが俺の精通のきっかけになって、数え切れないぐらいあのときのリョウちゃんでヌキまくった」
「変態だ! お前は絶対に変態だ!」
「犬に犯されてよがってたリョウちゃんも充分変態だろ」
「そうかもしれないが、お前に言われると腹が立つ!」
「俺はそんなリョウちゃんの何もかもが好きだよ」
「だったら、なんで……いや、なんでもない」
 なぜ、昼間あんな風に部署で皆の前で自分を罵倒したのかと……いいかけて、それとこれは話が別だと思い直す。ばかばかしくも、漸くいい雰囲気になれた彼との時間を壊したくないと……このときすでに僕は思い始めていた。
「何ですか? ちゃんと聞かせてください。俺は隠し事が嫌いだって、もうわかってる筈でしょう?」
「けど、あれは僕が悪かったから……」
「どれのことです? ほら、ちゃんと言って。言わないと、コレ抜いちゃいますよ」
「ちょっ…お、お前っ……」
 抜くと言いつつ、なぜかグイグイと押し付けられ、まだ中に入っていたものがグルリと内壁を刺激して、僕の身体はまた甘美な刺激でたまらなくなった……それが、彼の手管だと、もう理解していたが。
「わかった……だからさ、昼間、お前が僕に怒鳴り散らしただろう? まあ、あれは全面的に僕が悪いから、怒らせたのは当然なんだけど、それにしたって、あんな風に皆の前で声荒げて……そこんとこにちょっとびっくりして……」
 気不味くなるかもしれない、……そんな不安に駆られていた僕は、狼森の予想を超える返答に呆然となった。
「びっくりして……それでリョウちゃんは涙をいっぱい目に溜めながら俺を見上げてましたよね。その可愛さにゾクゾクさせられましたよ……。それから俺に怒鳴られたショックで自棄酒飲むほど荒れて……ただ、そのあとで変な男に捕まっていたのはいただけない。あなたは隙がありすぎです。しかも素直に俺とホテルで休憩していればいいのに、一人で逃げ出して……そりゃあまあ、めちゃくちゃに犯されるリョウちゃんを見られたのは儲けものでしたけど、まさかバージンを別の男にとられるとは……」
「もういいよ」
 狼森はどこまで行っても変態だった。

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