下着もおろされ、剥き出しの後孔に指先を埋められて息を呑む。
「思ったよりも、柔らかい……自分でしてたか?」
「っか野郎、するか……や、やめっ……ふ……ああっ」
入ってきた指が中を擦り始め、感じる場所を容赦なく刺激された。
「だったら、まさかと思うが、誰かにさせたか?」
「そんなわけな……、ば、ばかっ……よせ……それ、だめっ、……かしくなる……やだっ、ひあああああああああ……」
どこか棘のある口調でアドルフが俺を問い詰めたかと思うと、次の瞬間、しこった場所を二本に増やした指の腹で強く責めたてられ、俺はあっけなく達してしまう。本来同性愛者ではない俺がこんなことを許す相手は、アドルフ以外にいない。きちんと否定をしたいが、しかし刺激が強すぎて、まともな反論すら口にできなかった。
肛門性交での快感など、一生知る筈もないと思っていた。そのつもりだったのに、シャントルーヴでアドルフを受け入れて以来、俺の性生活はまさに一変した。正確に言えば、ジュスティーヌという伴侶を失って以降の俺は、誰かとろくに肌を重ねることもなく、十年近い年月を過ごしていた。今思えば、セックスに対して元々淡泊だったのだろう。ジュスティーヌもけっして情熱的な女ではなかったから、そんな自分に違和感を感じることもなく、この年まで生きてきた。その間も、アドルフからときおり性的なアプローチをされてはいた。だが、あのガラスモザイク小屋で、実際に彼をこの身のうちへ受け入れるまでは、実はそれなりに遠慮をしてもらっていたのだろう。そして一線を越えてからのアドルフは、まったく変わって積極的になった。
初めての夜が、記憶もおぼろげになるほど、痛さと精神的なダメージで散々な経験だった筈が、何度も行為を重ねるうちに、徐々に快感を覚え、俺の身体はいつしか変えられていた。中から前立腺を刺激されて甘い喘ぎを漏らし、逞しい性器に抉られて、目の前の男に縋りつき、力強く揺さぶられながら、自ら腰を振って、一層の快感を求めるようになった。そこにこれまで男として生きてきた矜持など、欠片もない。女のように扱われる被虐的な悦びに、俺はだんだんと酔いしれるようになっていたのだ。
仰向けにされ、腰だけ横に捻った状態で、背後から受け入れる。
「ピエール……いいか……? これ……気持ちいいか……」
ベッドに片ひじを突き、こちらを覗きこむような姿勢で覆い被さった男が、繰り返し滾ったものを擦りつけながら、熱っぽい声で確認してくる。
「い……いいっ……凄くいい……」
俺は後ろから片方の腿を抱えあげられ、大きく開いた股間に再び己の物が息を吹き返していくのを視界へ認めながら、素直に快感を肯定した。しかし、あまりに露骨な自らの嬌態に羞恥し、湿っぽくなったシーツを手繰りよせて、強く顔を押しつける。
こんな悦楽がこの世にあると、人生の折り返し地点さえもとうに過ぎた年になるまで、俺は知らなかった。いや、知らずに死んでも、不思議はないだろう。大半の男が、おそらくそうであるように。
だが、アドルフにこの快感を教えられた俺は、すぐに夢中になった。そしてまさに、彼が指摘したように、アドルフと会えない夜、自分の肛門をさんざん刺激して果てた俺は、熱が去った頭で自らの痴態を客観的に思い返し、そして慄然とした。あまりに醜悪だった。その後アドルフの誘いをしばしば断るようになり、いつしか彼も、以前ほどセックスに積極的ではなくなった。この交わりは、ほぼ二週間ぶりとなる。シャントルーヴから戻った直後には、二日と日を置かずに身体を繋いでいたことを思えば、よくぞこれだけ我慢したものだが、それはけっして驚くべき変化ではない。年齢的に考えても、以前の狂気染みたセックス三昧こそが、どうかしている。
「はっ……んっ……ピエール……出すぞっ……」
切羽詰まった男の声が、彼の極まりを伝えてくる。後ろから両手でがっしりと腰を捕えられ、尻が痛くなるほど強く何度もぶつけられる。その激しさに腕で体重を支えられなくなった俺は、カバーが半分外れた枕に顔を埋め、引きあげられた尻だけを後ろに突き出すようにして、頂点がやって来るのを待ち受けた。互いの乱れた息遣いと、湿った肌のぶつかりあう音が、灯りを落とした寝室に響き渡る。そして一際深く奥を抉られたと感じた直後、掠れた声の呻きを聞きながら、自分の中で彼が果てるのを感じた。
「あっ……ああっ……アド……ルフ……」
ほぼ同時に自らも、二度目の極まりを迎えていたことに、あとから気付く。
その夜、アドルフは何度か俺を誘ってきた。二回目は俺も受け入れたが、あとは応じなかった。そのせいでアドルフは不貞腐れたが、彼がけっして無理強いをしないと知っているから、俺はずっと彼の求めを無視し続けた。そのうちに諦めたらしい男が、リビングのソファへ移動して寝ていることに気付いたのは、深夜の一時過ぎ。彼と肌を重ねるようになり、そういったあからさまな態度は初めてだったために戸惑ったが、考えてみれば、近しい誰かに拒絶されて面白い者はいないだろう。さすがに少々反省したが、それでも、なし崩しに行為を続けるよりはましだと思っていた。
そもそも、四十を過ぎた中年が、それも男の俺が女のように振る舞って、嬌態をさらしてよがるなど、醜いものでしかない。ましてやそれを、よりにもよってもっとも付き合いが古く、誰よりも親愛を感じている相手へ見せつけることになるのだ。耐え難い恥辱である。それに、勢いと欲望の赴くまま、性の刺激を追い続けるほど、俺もアドルフも若くはない筈だ。
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