9月9日日曜日。
午前中のうちに捜査会議を終えた俺は、アバラインとともにハンバリー・ストリートへ戻った。
捜査会議には、一連のホワイトチャペル殺人事件を担当している刑事達の他、ハンバリー・ストリート29番地におけるチャップマン殺害の通報を受けていたコマーシャル・ストリート署の警官達も参加していた。
中でも現場へ最初に到着していたチャンドラー警部補の詳細な報告は、参加者達の関心を集めた。
ロッジング・ハウスの階段で俺と話をした後チャンドラーは、彼を呼びに来たバーンズ巡査と共に馬車でオールド・モンタギュー・ストリートの遺体安置所へ向かっていた。
そこでは衣類を検査しただけで現場に巡査を残し、彼はまっすぐコマーシャル・ストリート署へ戻ったという。
徹夜明けだったチャンドラーは少しの仮眠をとったあと、今度は目撃者達の自宅や職場を訪ねて、聞き込みを再開したのだそうだ。
まるで刑事である。
「まず、第一発見者のジョン・デイヴィスですが、9月7日金曜日の午後8時頃に就寝。8日土曜日の午前3時から5時の間にかけて何度か目が覚め、最終的に起きたのは5時45分。これは教会の鐘が鳴っていたので、時間は間違いないと言っております。家屋の最上階から1階に下りた彼は庭へ通じる扉が開いていることに気付き、そこで被害者の遺体を発見。庭には入らず、通りに出て、ジェイムズ・グリーンとジェイムズ・ケントを見つけ、庭に死体があることを伝えた後、自分も一旦家族に見た事を話した上で、自ら警察へ向かったそうです」
チャンドラーが言っている、デイヴィスが出向いて、そのまま午後まで帰宅しなかったという警察とは、実はコマーシャル・ストリート署だったらしいが、それについてはこのとき報告がなかった。
実際に俺がチャンドラーと話していたときの様子から察しても、チャンドラーとは完全に入れ違っており、恐らく本人も気づいていなかったのだろうと思われる。
結局、デイヴィスは犯人らしき人物も、疑わしい音も聞かなかったという。
引き続きチャンドラーは、ジェイムズ・グリーンについて報告した。
「彼は一緒にいたジェイムズ・ケントとともに、ハンバリー・ストリート23Aにある、ベイリーズ・パッキングという、梱包材会社に勤務している男です。9月8日午前6時10分頃に会社へ到着し、仲間のケントと玄関前で立っていたところを、ジョン・デイヴィスによって、ハンバリー・ストリート29番地に呼び出されました。現場へ着く頃には、いつのまにか合流していたヘンリー・ホランドも一緒で、このホランドを除いて裏庭へは誰も入らず、遺体には近づいてもいなければ触れてもいないと、グリーンは言っていました」
これは昨日、俺がチャンドラー本人から聞いていた話とまったく同じで、その後グリーンはホランドが連れて来たチャンドラーの到着を待って、最初に事情聴取を受けたあと、会社へ急いで戻った筈だ。
次にチャンドラーは、ジェイムズ・ケントと、ホランドについて説明をした。
グリーンとともにハンバリー・ストリート29番地へ向かったケントは、23番地の『ブラック・スワン』というパブでブランデーを1杯呑んだ後、グリーンに続いて一旦会社へ戻ったが、間もなく麻袋を持って再登場。
チャンドラーはその麻袋で、哀れなチャップマンの遺体を覆うと、他の警官や医者が到着するまで現場を保全したそうだ。
ちなみに、再登場するまでにパブでブランデーを呑んだ理由について、ケントは「現場の光景に動揺したから」と答えたという。
麻袋を取りに行っている間に29番地の前には、俺達が見たあの群衆が出来ており、中に入るのに苦労したらしい。
続いてヘンリー・ジョン・ホランドについてだが、彼は19歳の少年で、チャンドラーの報告によると、「麦藁色の少し長い髪と、色白で少々不健康そうな、可愛らしい若者」ということだった。
ホランドはマイル・エンド・ロードのアデン・ヤード4番地に在住。
チズウェル・ストリートで清掃の仕事をしており、6時8分にハンバリー・ストリートを通過したときは、仕事に向かう途中だった。
デイヴィスが家から飛び出してくるのを見て、グリーンやケントとともに、裏庭へ入ったという。
29番地を出たあとホランドはスピッタルフィールズ・マーケットへ向かい、次にコマーシャル・ストリート署を見つけて、チャンドラーへ事件を報告し、誘導の為に再び現場へ戻った。
この時、報告を聞いていたアバラインが、ホランドはなぜまっすぐコマーシャル・ストリート署へ向かわず、青果市場などへ入ったのかと聞いたが、チャンドラーは「わかりません」と答えた。
いずれにしろ、チャンドラーの聞きこみ成果によって、遺体発見時の具体的な事象の経過が俺達にもよく掴むことが出来た。
その点において、チャンドラーの仕事は目覚ましいものだった。
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