ミラーズ・コートを後にして、『ホーン・オブ・プレンティ』と『スピッタルフィールズ・マーケット』に寄るが、バーネットの行き先に関する手掛かりはなし。
いよいよバーネットは行方不明だ。
続いてコマーシャル・ストリートを北上し、ハンバリー・ストリートへ入る。
「ええと・・・あれは一体・・・」
向こうから歩いてきたのは、女装をしたディレクとそれをエスコートしているメイスンだった。
花売りに声をかけられて二人は立ち止る。
そしてリンドウの花束を買ったメイスンが、1本をディレクの耳元に挿してやった。
頬を染めてメイスンを見つめる、ミス・ディレク。
どこからみても、初々しいカップルのデートだ。
呆れて俺は二人の傍を通り過ぎると、見世物小屋へ向かう。
店の前には両性具有の少年、サキがいた。
今日もリリーが来る様子はないことを確かめ、彼に心当たりはないかと尋ねると。
「あの・・・たぶん弟さんの家にいるんだと思います」
ヘンリー・ホランドの家・・・慌てて手帳を開き、住所を確認する。
「ありがとう」
そしてサキに礼を言って、マイル・エンドを目指した。
考えてみれば、それぐらいしかリリーに行き先などなかったのだ。
どうして言われるまで、思いつかなかったものやら。
随分と入りくんだ路地で、少し迷う。
周辺は同じような長屋が続いており、どこがどの住所にあたるものやら、さっぱりわからない。
これは一軒一軒訪ねて行くしかないのだろうか・・・そう考えていると。
「何してんだよ・・・こんなところで」
手に野菜と果物を抱えたホランドが、路地の入口でこちらを見ている。
「やあ、・・・ええと買い出し?」
「見りゃわかんだろ・・・入れって言いたいんだけど、姉貴がいるから。話があんだろ、こっちで聞くよ・・・付いて来な」
そう言って顎をしゃくるようにすると、入って来た路地をホランドは引き返そうとする。
俺も彼を追いかけた。
路地の入口まで戻ると、ホランドは壁に背中を凭れさせ、視線だけで俺を見る。
話を始めろということだろう。
俺はまず、リリーの様子を聞くことにした。
「姉さんはずっと部屋にいるのか?」
「ああ」
「伝えたいことがあるんだが、会うわけにいかないか」
「まだ無理だろうな・・・俺もあんな姉貴は見たことない。目を放すと何をするかわかんないからさ、あんまり部屋を空けられないんだ。仕事にも行けない・・・参ってるよ」
「そうか・・・」
だとすると、ここであまりホランドを引き留めているわけにもいかないだろう。
迷ったが、思い切って俺はホランドに、アリス・レヴィの捜査打ち切りについて打ち明けることにした。
「約束したのに・・・すまない」
「へえ・・・・」
ホランドはそれだけ返事をしたが、とくに言葉を続ける様子はない。
「もちろん、上にはこれからも働きかけていくつもりだ。悔しいのは俺だけじゃなく、アバライン警部補も、キャラハン警視も同じ気持ちだし、それはたぶん、警察官全員がこのような打ちきりに納得しているわけではないと思う。難しいことではあるが、それでも犯人逮捕が警察官の使命である以上・・・」
「あんたさ・・・そんなこと姉貴に言いに来たわけ?」
俺の言葉を聞いていたのかどうか・・・それは微妙なところだったが、どうでもいいだろう。
とにかく、途中で遮るように・・・しかし、力のない声でホランドは俺にそう聞いた。
「そうだ。彼女には知る権利がある」
俺とて、このような話をリリーにしたいわけではない。
これを伝えて、リリーが却って苦しむ可能性もあると思った。
警察に対する信用を失うだろうし、伝えに来た俺のことも軽蔑するだろう。
それでも、リリーがアリス・レヴィの恋人であったことに変わりはない。
たとえ、アリスがそう思っていなかったとしてもだ。
だからこそ、彼女はアリス・レヴィが殺害された事件に対し、警察がいかなる方針を立て、どのように対処したか、知らねばならないだろう。
そして警察が何に負けて、事件がなにゆえ放置されたのかも。
「わかったよ・・・俺から伝えておく。話はそれだけかい」
「ああ」
そう伝えると、ホランドは壁から背中を放し、再び路地へ向かって歩きかけた。
その入り口で立ち止まり。
「結局警察っていうのはさ、やっぱり俺達庶民の味方ってわけじゃないんだよな・・・」
「そうあろうと、務めている・・・」
「あんたらが追ってる娼婦殺しの事件もだけど・・・・悪いが俺には、結局犯人なんて捕まるとは思えないよ」
呟くようにそう言うと、ホランドは重い足取りで長屋へと戻っていく。
彼が残したその言葉が、俺にはどこか呪いのように感じられて仕方がなかった。

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