ガーラントが目をうろうろとさせて俺と彼を交互に見ている。
どうやらガーラントは、どう見ても俺に馴れ馴れしいスティーヴンの行動に、戸惑っているようだった。
「スティーヴン、なんでここへ・・・」
いつもいつも、タイミングが良すぎるというか、悪すぎると言うべきか。
「なに、前を通りかかったら偶然君を見かけたものでね」
絶対に嘘である。
「失礼だが、スティーヴン氏・・・そちらの刑事は、あなたのお知り合いで?」
「まあ、そんなところでしょうか。とにかく、ミスター・ガーラント・・・何があったか存じませんが、僕の元気な恋人が、どうやらあなたを随分と傷つけたようで、大変失礼いたしました」
「は・・・?」
「恋人とは一体・・・」
誰の話だと突っ込もうとした瞬間、目が合ったスティーヴンが、またもやあっさりと俺の口唇を奪ってしまったのだ。
話が飲み込めないらしいガーラントも、ぽかんと口を開けている。
「どういうつもっ・・・」
言いかけた俺の口唇に人差し指を立てたスティーヴンは、間近に俺の目を覗き込んだまま。
「フレッドの為を思うなら、静かになさい」
俺にだけ聞こえるほど、ごく低い静かな声で、そんなことを呟いたのだ。
フレッドの為・・・そう言われたら、俺に抵抗など出来る筈はない。
「ほう、・・・驚きましたな。そちらの刑事が、あなたとそういう御関係だったとは」
ガーラントが、どこか得意そうに言った。
当然だろう。
目の前で男同士のキスを見せられ、揚句にスティーヴンは俺との仲を、誤解させるような言い方をしたのだ。
だが、スティーヴンはまったく動じた様子もなく。
「こんなものは、ちょっとした挨拶ですよ。それよりもミスター・ガーラント。我らのグランド・マスターは、この度の殺人事件について、深く心を痛めておいでです。ロッジのメンバーが、たかが保身の為だけに、不幸な女性や男装麗人を手にかけるなど、あってはならないことであり、警察の捜査対象となって、ロッジから逮捕者が出ることは、皇太子殿下の名誉を深く傷つけ、その名を穢すも同然。もちろん気の毒な被害者達のためにも、卑劣な殺人犯へは一刻も早く神の審判が下されるべきであろうし、ウィリアム卿もこの度の件に関しては見逃すべきではないというお考えです」
深いバリトンが淀みのない調子で、一気にそう言った。
ガーラントの顔が見る見る強張っていく。
「なんの・・・ことですかな」
それでもシラを切り通そうとするガーラントへ、容赦なくスティーヴンは畳みかけた。
「さきほど、クレメンス・フィッシャーがロンドン病院へ搬送されましたよ。二度と歩行ができなくなった彼は、あなたが見舞いに来られるのを、心細い面持ちで待っておられるようだ。今もなお、病室で僕達の猟犬に睨まれながらね。さらにしつこい犬達が、コマーシャル・ストリートにある、レプケ・ツビルマンの自宅に押しかけましたが、奥さんと子供を残して、卑劣な亭主は雲隠れしたそうですよ。・・・といっても、見つかって、フィッシャーとベッドを並べるのは時間の問題だと思いますけど」
そう言うとスティーヴンは大股で一歩前へ歩み出し、相手の鼻先が胸へ付くほどガーラントとの距離を縮めた。
「ひぃっ・・・」
190センチの高い視点からスティーヴンに見下ろされたガーラントは、すっかり青ざめたその肉づきの良い顔へ、色っぽい手付きで男に手をかけられた瞬間、妙な悲鳴をあげる。
「外に馬車を待たせてあります。グランド・マスターはあなたの話を聞くために、何日も前からケンジントン宮殿で、痺れを切らしておられますよ」
「あなたもほどほどにされた方がよろしいのではないですか? ミスター・ジャスティスの御令息であるあなたが、現職の刑事と男色関係にあるとなると、嗅ぎつけた新聞記者達もさぞかし面白おかしく書き立てることでしょう。エドワード王子のときのような圧力も、相手が一介の刑事では効きますまい」
それまで黙って見ていたバーカーが、議員のピンチを救うために、横から口を挟んできた。
「ご心配ありがとう、可愛い秘書さん」
そう言うと。
「スティーヴン・・・!?」
長身の暗殺者は、ぶよぶよとしたガーラントの顔を両手で押さえて、口唇を押し付けたのだ。
「・・・やはりあなたが相手では、どうもそそられない」
そう言って、ガーラントから手を放す。
スティーヴンの支えがなくなった議員は、そのままズルズルとタイルの上に座り込んでしまった。
「ジョージ、さあ行こうか」
勝手に乗り込んできて、勝手に引っ掻きまわした揚句に、意味不明な行動をとったスティーヴンが、またもや馴れ馴れしく俺の肩を引き寄せると、通りへ出て行こうとする。
「あんたはそうやって、いつもいつも・・・一体何を考えてっ・・・・」
俺はスティーヴンを非難したが、不意にスティーヴンは俺の耳元へくすぐったいほどに口唇を寄せる。
「君こそ大概にしたまえ。これ以上勝手な行動をとって、迷惑をするのは周りの人間だ。君が愛するフレッドも例外じゃないぞ」
そして聞いたことがないほど冷たい声で、そう言ったのだ。

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