元旦の街は和服の学生で溢れかえっていた。
駅から参道、西陽(さいよう)稲荷神社、その隣にある西峰寺(さいほうじ)に至るまで、振袖に羽織袴・・・どこを見ても本当に和服ばかりだ。
というのも、現政権の公約である「子育て手当」実施やら、「高等教育無償化」導入に先駆けて、臨海公園駅前にある呉服店が、高校生以下を対象とした全品大特価セールを行ったのが原因だった。
お陰で、公約が実現可能かどうかは別として、とりあえず今年の正月は着物着用の十代の子供達で、街をいっぱいにするという呉服屋の目論見だけが見事に成功したわけである
「萌えねえ・・・」
したがって、パンチラ派の俺にとって、今年の元旦は実につまらない初詣となっていた。
本来、女子という生き物は何だかんだと言いつつも、結局脚を見せるのが大好きな筈だと記憶する。
さらに真冬にミニスカ、ロングブーツ着用で、生の太腿をひけらかしながら、時に電車の前のシートで足を組み換え、あるいは階段の上から下りながら、こちらをドギマギさせつつも、見えそうで見えないその奥を想像して悶々とさせるのが、これまた本当に好きな筈なのだ。
もちろん俺、原田秋彦も大好きである。
初詣の境内や参道なんて、ほとんどそれを拝みに行くのが、メインイベントみたいなもんだろう。
べつに着物が悪いとは言わない。
たまにはハッとするような美人が項におくれ毛を垂らしながら目の前を歩いていると、思わず付いて行きそうになる。
だが、そんなイベントはたまにで十分だし、大体、十代やそこらの女で、そうそうおくれ毛にときめくほどの項しっとり美人はいない。
真冬じゃどうしても上半身は厚着になるから、見るとしたら脚しかあるまい。
ならば、その脚を隠してどうするというのだ。
「中学生や高校生の女は、脚やパンツを見せながら歩いてくれるから良いのだろうに、それをまったくあの呉服屋は、なんという余計なことを・・・」
「さっきからから聞くに堪えない有害妄想が、脳から検閲なしに垂れ流されているようなんだけど、そろそろ通報したほうがいいのかしら・・・」
いつの間に現れたのか、後ろからテンション低めの辛口コメントが聞こえて振り向くと、城西(じょうさい)駅の改札前に振袖の女が、携帯片手で立っていた。
俺はこれと言った収穫のないファッションチェックをさっさと中断すると、江藤里子を叱責した。
「委員長の君が30分の遅刻とはけしからんな」
「冬休みまで委員長の肩書を押しつけられる謂われはないわよ。・・・っていうか、着物って歩きにくいから1本乗り過ごしちゃったのよ。とりあえず遅れてごめん」
着て来ると言っていたから覚悟はしていたが、ミニスカ戦士の江藤も、今日はやはり振袖だった。
肩から袖、裾にかけて大小の桜が鮮やかに咲いた、白っぽい振袖に、帯は黒地でやはり桜の花びらが散っている。
帯締めは緑と赤で二重になっていて、先端に房が付いており、真ん中より少し右側で花の模様に結んでいた。
帯自体の結び方は、さらに複雑になっている。
いつもは下ろして、ヘアピンでとめる程度が関の山のおかっぱの髪も、上げてふわふわとさせてあり、やはり桜の髪飾りが付いていた。
大方、早朝から美容院へ行ってきたのだろう・・・いつになく化粧で大人びた顔になっている江藤の気合の入り方を見て、なんとなくそう思う。
「元旦早々お疲れさん」
「もうちょっと言うことないの?」
「帯、苦しくない?」
「そう思うなら少しは気を遣ってよ」
「はいはい」
俺は少し歩調を緩める・・・というか、参道に入ると、嫌でも緩めざるを得なくなった。
「さすがに凄いわね」
西陽稲荷神社は、街の西はずれにある。
待ち合わせ場所にしていた城西駅からは徒歩30分ほどかかるが、少し手前の城西高校が見えるあたりから露店がちらほら出ていて、参道に入ると両端にズラリと屋台が並んでいる。
日ごろは小さな稲荷神社が、この時ばかりは大変な活気に包まれるのだ。
参拝客は5メートルほど残された道幅を、まさにすし詰め状態になりながら、鳥居に向かって砂利道をぞろぞろと歩くのである。
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