「うわっ・・・っとおい!」
俺はバランスを崩して見事に落下。
幸い深さはないため溺れることはなかったが、腰から下、ダウンの裾、そして右肩から腕にかけては、完全に水浸しだ。
「大丈夫ですか?」
小森がしゃあしゃあと聞いて来る。
「おいこらてめぇ、一体何の真似だ!?」
俺は池に仁王立ちになって小森をにらみ返したが、小森はニコニコと笑って助けるでもなく、平然と俺を見下ろしていた。
通りすがりの男性が手を貸してくれて、俺はすぐに救出されたが、寒くてかなわない。
幸い、落下地点から50メートル程のところに焚火を発見し、ひとまずそこで身体を温めることにした。
落とした破魔矢をあれほど気にしていた筈の小森もノコノコ俺についてくる。
いちおう心配してくれているのかと思ったが、救護室を探して来てくれるでもなく、社務所に行ってタオルか何かを借りてくれるでもなく、一緒に並んで暖をとり始めた。
まったく何を考えているのだ。
「お前、なんであんな真似したんだ?」
歯の根が合わなかったが、根性で小森を問いつめる。
「なんの話ですか?」
「てめぇが俺を突き落としたんだろうが!」
シラを切り通せると思っているのか。
「証拠があるんですか?」
「お前なぁ・・・二人きりで証拠も何もないだろうが。俺が一人で池に落ちたとでも言うつもりかよ」
「そんなこと言われましても」
「ああ〜、むかつく女だな! よっしゃそこまで言うなら、お前が押した場所が痣になっているかどうか確かめてやろう。どっちにしろ、このままじゃ風邪ひきそうだしな」
そう言うと俺はダウンジャケットを脱ぎ、中のセーターも脱いだ。
幸い通行人はパッタリ途絶えている。
「やだっ、ちょっとやめてくださいっ、こんなところで・・・」
小森がうろたえだしたが、知るものか。
「お前がシラ切るからだろ、ほら脱ぐからちゃんと見てみろ。あんだけ力いっぱい押してくれたんだ、痣ぐらい残ってるだろ・・・」
上半身裸になると、次にベルトのバックルを外し、ジーパンのファスナーを下げた。
小森が悲鳴を上げ、そしてとうとう降参した。
「わかりました、すいません、すいません! みくが押しました!」
その後、小森はちゃんと頭を下げて謝罪をしてくれた。
「なんで嘘まで吐いてあんな真似したんだ?」
俺は落ちていたダウンを拾って、ギュッと絞ってみた。
十分に含んでいた池の水が滝のように流れ、地面に水たまりを作る。
小森に向かって顎でセーターを示すと、黙って彼女はそれを拾い、絞ってくれた。
ひねくれているのか、従順なのか判らないヤツだ。
「初音様とお化け屋敷から出てきたから・・・」
しかも犯行の動機がこれである。
「お前なぁ・・・たったそれだけの理由で、人のことを池に突き落とすか・・・?」
可愛い容姿に隠されたその中身の荒っぽさに、俺は呆れた。
峰の妹といい、女はつくづく外見じゃない。
「だって、腕組みながら出てきたじゃないですか・・・ねえ、初音様と何があったんですか? まさか、お二人はもう・・・」
おいおい、ちょっとお化け屋敷に一緒に入っただけで、その間にどれほどのことが出来るって思ってるんだこの娘は・・・。
「いやまあ、お化け屋敷は結構迫力あったからな・・・彼女、ああいうの好きだっていう割に、怖がりみたいだし・・・お前もさ、後からそんなこと言うぐらいなら、なんでアイツがお化け屋敷に入りたいって言ったときに、一緒に付いて行ってやらなかったんだ?」
「だって・・・あのときは御神籤のことしか頭になくて・・・」
「で、そんなに気になってた御神籤は、引いてみてどうだったんだよ?」
「大吉でした・・・」
とてもそうは思えないムスッとした声で、小さな口を尖らせながら小森が教えてくれる。
「よかったじゃないか。じゃあ、御神籤も終わったんだし、このあと佐伯に声かけてみればいいだろ? アイツまた行きたいみたいだったから、誘ってやれば喜ぶぜ」
「本当ですか?」
小森がパチッと目を見開いて顔をあげる。
頬紅を載せなくても、もともとほんのりピンク色をした丸い頬が、さらに色を増して、本当によく出来た人形のようだった。
丁寧にマスカラを引いた団栗のような目も、キラキラと光を反射させ、輝いている。
「ああ。それに大吉だったんだろ? ここの御神籤、恋愛運が凄い当たるらしいからさ、多分上手く行くんじゃないか?」
たったこれだけの言葉で、実に現金だ。
「それもそうですね・・・ありがとうございます! あ、池に落としちゃってごめんなさい・・・あとでクリーニング代教えてくださいね、ちゃんと弁償しますから。それじゃ、みくはこれで・・・」
そう言うと小森はくるりと背を向けた。
ゴチャゴチャと色々な飾りが付いて、立体的に結んである水色の帯に俺は手をかける。
「クリーニング代はいらない」
「え、あの・・・」
小森が戸惑った声を出すが、俺に帯を押さえられてこちらを振り向けないのか、表情がよく見えない。
「それにたぶん風邪をひくとは思うが、薬代も別にいらないぞ。ただ、お前はちょっとこのまま俺に付き合え」
未だに服が乾かない俺を、こんな処に放置したまま、恐らくは、さっそく佐伯を誘いに行こうとした小森の調子の良さに、俺はムカついていた。
せめて許しを乞うた後なら逃がしてやらなくもなかったが、今の反応でその選択肢は完全に消えた。
これは、仕返しせずにいられない。
「えっと・・・やだっ、ちょっと何を・・・」
「ジーンズを絞るからお前は裾を持ってくれ、俺はベルト側を持って捻る」
ブーツと靴下を素早く脱いで地面に放り投げ、ビッショリと水気を含んだジーンズを脚から抜き取ると、俺はパンツ1枚になった。
「やだ、嘘・・・こんなところで脱がないで・・・きゃあ〜っ!」
また逃げようとする小森の、今度は襟首を捕えて引っ張る。
項が真っ赤だ。
「離してください!」
やばい。
悲鳴がこんなに快感だとは思わなかった。
だが、高笑いしそうになる気持を俺はグッと抑えた。
「俺をこんな目に遭わせたのは一体誰だ」
襟首を自分の前まで引き寄せて、顔を見てやった。
草履の足元をよろめかせ、小さな小森が俺の胸へ倒れ込みそうになりながら、眼だけでこちらを見上げてくる。
「ですから謝って、それはちゃんと弁償も、えっと本当にごめんな・・・」
潤んだ目に恐怖が滲んでいた。
うろたえて言葉も上手く操れない状態のようだ。
これは本気で怖がっているのだろう。
俺はさすがに手を放した。
「だから弁償は入らないと言っただろ」
「・・・・・・」
逃げるかと思ったが、意外と小森はそこに立って俯いているだけだった。
やれやれ。
「それより服絞るの手伝ってくれ。さっさとしろよ、本当に風邪引くだろ、肺炎起こしたらどうしてくれるんだ」
「・・・はい。すいません」
小森は大人しく、俺の言う通りにした。
肺炎は言いすぎだが、まあ、本当に熱が出そうではあった。
二人でジーパンを絞ったあと、小森にそのまま広げて持たせ、俺はセーターやダウンを地面に広げて乾かした。
必要はなかったがついでにパンツを脱ぐと、さすがに小森が悲鳴を上げて逃げてしまった。
「あんにゃろう、持ち場放りだしやがって・・・」
生乾きぐらいには乾いていたジーパンを拾って、砂利をぱんぱんと叩き落とす。
角度的に、バッチリ俺の物を目に焼き付けて行っただろうから、まあ仕返しは成功だった。
その後間もなくやってきた警備員に掴まって、詰め所で事情を説明させられ、こんこんと説教を受けてやっと帰してもらえた頃には、すっかり日が暮れていた。
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