「すまんな原田」
入り口で声がしたかと思うと、手ぶらで峰が入って来た。
どうやら様子を見に来てくれたらしい。
「調子いいこと言ったわりに時間かかって悪い・・・ひょっとして湯呑が足りなくなったのか?」
「いや、そうじゃないが・・・・指、震えてるな」
そう言った峰は徐に俺の両手を取るとギュッと握りしめて、自分の胸元へ持っていく。
「あの・・・えぇと、峰くん?」
峰はごく真面目な顔をして俺を見ていた・・・というか、つまりいつもの無表情なわけだが。
「外はだいぶ冷えてきているからな・・・水冷たいだろ? 指先が氷みたいだ」
「まあな。でも今まではお前ら兄妹でやってきたんだろ? なんか感心するよ、お前ら」
峰の掌は温かく、スタジアムジャンパーの前を開けた胸元も、スウェット越しに峰の体温が感じられて気持よかった。
まあ、欲を言えば、同じことを彼の妹がしてくれたら、言うことはなかったわけだが。
不意に峰の手がもぞもぞと動き、俺の腕に伸びてきた。
「だいぶ凝ってる」
「ああ・・・・そうか?」
峰は相変わらず無表情だ・・・まったく何を考えているのか、さっぱり判らないヤツだ。
今日に始まったことではないが。
俺の腕をギュウギュウと揉むと、今度は後ろへ周り肩を揉み始めた。
「寒いからあちこちガチガチだぞ」
「はあ・・・なんというか、申し訳ない」
たぶん、ずっと立ちっぱなしで働きづくめの峰の方が、よほど凝っているだろうに、ちょっと立ち寄った俺がマッサージを受けるのは、なんだか違う気がした。
しかし好意でしてくれているのだろうから、それを止めるのも忍びない。
言っている間にも肩から首、次に背中へとマッサージが進み、その手が段々と下りて来て・・・なんとなく落ち着かないと思っていると、手が止まる。
「原田、ひょっとして意識してるのか?」
いきなりストレートに指摘をされて、俺は息を呑んだ。
「えっ・・・」
そのとき、再び炊事場の引き戸が開き、まりあちゃんが兄を呼んだ。
ヤバイと思った瞬間には、峰の手が離れ入口へ向かっていた。
そのまま峰は、まりあちゃんに連れられて炊事場を出て行った。
恐らくテントが忙しくなっていたのだろう。
「危ない、危ない・・・」
マッサージですっかり身体が温かくなった俺は、気合を入れ直すと残りの洗い物を一気に終わらせた。
峰の不可解な行動は結局謎のままだったが、考えるだけ無駄だと結論づけて、敢えて追及をしないことに決めた。
元から何を考えているのか、さっぱり判らないヤツなのだ。


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