翌日のショートホームルーム中、有村教諭に代わって峰が教壇に立った。 Fin.
「まずは皆に謝りたいと思う。俺の気が回らないことで、皆に窮屈な思いをさせていたとしたらすまなかった」
そう言って頭を下げると、皆がざわっとした雰囲気になった。
峰が頭をあげて、話を続ける。
「それと委員会活動の件だが、俺はそれぞれが大事な役割だと思っている。誰かがサボれば、他のクラスの同じ委員が、その分の仕事をすることになるのだと理解してほしい。だが、それでもどうしても大事な用事があって出席できない場合は、代理者の交替を認めてもいいと思う。ただし、その代理者は誰か一人へ負担がかからないように気を付けて欲しい」
そう言うと、峰は俺を見た。
次に視線を隣へずらし、そこで少し顔を歪ませる。
少し赤面してる・・・?
隣を見ると、江藤が今にも吹き出しそうな顔で笑いを堪えていた。
・・・どうやら江藤に何か言われたようだった。
「代理者の同意を得られた場合はその代理者から、どうしても見つからない場合は当人から事前に俺に、速やかに報告をしてくれ。その後、俺から顧問の先生へ連絡を入れる。・・・意見があったら言ってほしい」
俺は挙手した。
「なんだ原田」
「速やかに峰にってのがどうも・・・」
俺がそう言うと、皆があちこちでクスクスと笑い始めた。
「なぜだ、俺が委員長なんだから、窓口として妥当だと思うが」
「峰か、俺にってことにしたらどうかな。皆もその方がいいだろ?」
そう言うと笑いがさらに大きくなった。
「勝手にしろ」
「じゃ、それでオッケーってことで。いいっすよね、先生?」
「そうだな、ええっと・・・峰か原田からまず、井伊先生もしくは僕に報告してくれるかい? それから各顧問の先生に報告するから・・・先生のこともちょっとは頼ってくれてもいいだろう?」
有村先生がそう言いながら苦笑して頭を掻くと、今度こそ教室中が爆笑に包まれた。
「ねえ、それって場合によっては先生が代理になってくれるってこと?」
「えぇっ、やだそうなの? だったら私、むしろ有村ちゃんと委員会やりた〜い!」
「こらっ島津、そういう意味じゃない! まあ、たまには交替してやってもいいが、だからといって委員会をサボッっていいって話じゃないぞ! 今後、委員会を欠席する者には、反省文を書かせるからそのつもりでいろよ」
有村先生が珍しく皆を叱ると、ようやくクラスが大人しくなった。
「それじゃあ、俺からの連絡は以上です。有村先生、あとお願いします」
そう言って峰が席へ戻ってくる。
交替した先生が、来月初旬にある模試の申込書を配布し始めた。
「あんた達、二人とも気負いすぎなのよ、もっと周りをちゃんと見なさい」
峰が俺と江藤の間を通過するときに、江藤がそう告げて、峰と俺は思わず顔を見合わせた。
そして峰は反対側を振り向くと。
「江藤サンキューな」
彼らしくもなく、素直に礼を告げていた。
「どういたしまして」
江藤が人差し指と中指を揃えて立てて、その指先をこめかみから素早く15センチほど、峰へ向かって放って見せた。
その茶目っ気のある彼女の仕草で俺は、江藤が昨日の委員会活動中に、俺と峰の間に入ってくれていたことを確信した。
たぶん峰の強引さが原因で、結果的に俺に負担がかかっているとでも、江藤に責められたのだろう。
だから峰は俺を手伝い、委員会活動交替のルール作りをする気になったのだ。
その上で、各委員会との窓口に自分がなって、代理者が見つからない場合は峰に報告・・・つまり自分が代理者になろうとアイツはした。
それに気付いたから俺は、峰か俺に報告しろと窓口増設を申し出たのだが、そんな俺達の考えを、たぶん有村先生は見通していた。
俺は一人じゃない。
峰も一人じゃない。
ふんわりと、心が暖かくなる。
後ろから背中を突かれる。
「あのさ原田、昨日はサンキューな。なんか困ったことあったら、今度俺が代わりにやってやるから、いつでも言えよ」
直江だった。
「おう。まずはカレー大盛りな」
この直江も、恐らくは俺を助けてくれようとしているのだろう。
それに、今はここにいない一条も・・・・そこまで考えて俺は、自分から一条との連絡を断っていたことを思い出した。
やっぱり寂しい・・・。
「毎度あり!」
不意に背後から接近されて耳元で直江に囁かれる。
俺はびっくりして耳を両手で抑えた。
そして言われた意味に気付く。
ちょっと待ちやがれ。
「お前、金とんのかよ!?」
「こら、副委員長静かにしろ!」
すかさず有村先生に注意されて、俺だけ皆に笑われた。
またツンツンと後ろから、今度は固い物で突かれて、いい加減にしろと思いつつもそっと振り向くと、定規の上に小さく折りたたんだメモが載っていた。
それをコッソリ受け取り、開いてみる。
『怒られてやんの、プププwww』
俺はその下にシャーペンで殴り書きして、後ろへ回した。
『直江てめぇ、ぜってー後で面貸せよ(怒)』
その5秒後にまたツンツン。
『ねえねえ、それってデート????』
俺は諍いだけでなく悩みの種までも自分から作り出していることに気付き、そこで不毛なやりとりを終了した。
窓の外は真っ青な晴れ模様。
校庭の桜はすっかり花が散り、瑞々しい若葉を一杯に広げていた。
早くも初夏を思わせるような四月下旬の陽気。
一筋の飛行機雲が空の彼方へと消えてゆき、ひょっとしたら彼も今頃同じ空を見ているだろうかと考えた。