夕陽を背に受け、校門前で往来を邪魔しているデカイのが一人。
「そうそう上手く行くわけねーか」
迷うことなくまっすぐに俺へ向けられた視線を確認して、盛大に溜息を吐く。
「原田、待ってたよ」
一条篤がゆっくりと俺に近づいてきた。
「お前、こんなとこにいていいのか? 誰かにデートへ誘われたりしてたんじゃねーのかよ」
俺は一条の顔も見ずに、こちらへ近づいて来た奴の横をさっさと素通りする。
まったく、結局昨日からこいつは何個チョコレートを貰ったのやら。
思い出すだけでもムカムカとした。
「あ、待ってよ原田。・・・確かにそういうこと言ってきた子も、中にはいた気がするけど、僕はそんなのいちいち覚えてないんだよ。興味もないし・・・」
慌てて方向転換した一条が、俺へ話しかけながら隣を歩き始める。
言い方が焦った感じで必死そうだったが、内容が・・・嫌味くせえっ!
「あーそーですか。いい男は大変ですね、いろいろとお忙しいようで」
血管がもう少しで破裂しそうだった。
「いい男って・・・ええと、原田にそう言われると、なんだか照れちゃうな」
一条が赤面していることは見なくてもわかった。
っていうか、馬鹿野郎、褒めてんじゃねぇ!
強いて言うなら、僻みだっつーの、アホか!
ぐすん。
「で、一人ぐらいいい子いたんじゃねぇの? デートしてくりゃ良かったじゃんか」
「冗談。興味ないよ全然。あんなの、ただの冷やかしじゃない。僕はあの子たちとは誰ともちゃんと付き合ってない。みんなはただ、一条の御曹司とやらに興味があるだけで、僕と仲良くなりたいわけじゃないでしょ? 僕は僕自身を見てくれている子にしか興味がないよ。だからチョコレートも全部返してきた」
「は・・・? お前、今なんつった?」
思わず立ち止った。
「だから、チョコレートを全部返してきたって言ったんだよ・・・あ、でも一つだけどうしても差出人が判らなくてね。それだけはどうしようもなかったんだけど・・・」
「返した、だぁ!?」
こいつ、確か昨日の朝からチョコレートの物量攻勢を受けていて、教室にもひっきりなしにいろんな女の子がやって来て・・・。
他校の子とか、中にはOLみたいなお姉さんとかからも、確か貰っていて・・・。
「うん、おかげで二日かかっちゃったけど、何とか返してきたよ」
はちみつ色の夕焼けを斜めに受けて柔らかく微笑む顔は、誰が見てもいい男。
だがその言葉は鬼だ。
「ひでぇ〜・・・お前、あげた女の子が傷つくだろーが、そんなことしたら」
そういうことをするぐらいなら、最初から受け取るべきじゃないだろう。
「けれど、やっぱり嫌だから、・・・前はべつにいいかと思って貰ってたけど、今はちゃんと好きな子がいるし、その子に誠実でありたいからね。僕がチョコレートを受け取ることで、いちいち可愛いやきもちを焼いてくれる顔を見るのも楽しいけど、やっぱり悲しい思いはさせたくないから、その子がいる限り、どんな形であれ、バレンタインチョコなんて貰うわけにはいかない」
「お前なぁ・・・」
誰の事を言っているのか、判らないわけじゃないから、俺はたまらず目を逸らす。
やばい・・・ドキドキしてきた。
「僕が欲しいとしたら、ただ一つだけ・・・好きな子が贈ってくれるチョコレートだよ」
「そ、そうかよ・・・ん? 何やってんだ?」
徐に一条が鞄の中から包みを取り出す。
またしてもチョコレート、・・・外国製品のようだった。
「これね、ダロールっていうチューファの菓子メーカーのベストセラーなんだけど、ここのミントチョコが凄く美味しくてね。でも日本で売ってなくてさ・・・今朝やっと頼んでいたあっちの友達から届いたんだよ。食べようよ、原田」
「って、ここでかよ?」
一条は校門前で立ったままチョコレートの包みを開け始めた。
「本当はさ、昨日原田に渡そうと思ってたんだけど、そんなわけで遅れちゃって。で、今朝すぐにでも渡したかったんだけど、まだ昨日貰ったチョコレートが手元に一杯残ってたし、そういう状態で君に渡すのも考え物だしね。だから、こんな時間になっちゃったんだ。はい、あ〜んして」
箱の蓋を押し開けて、淡いグリーンの丸い粒を一つ摘まんだ一条が俺の目の前に差し出してくる。
ほんのり漂うミントの香り。
「あのなぁ、お前さっき本当に好きな子からチョコ貰いたいって言ってたくせに、お前が俺に食べさせてどうすんだよ・・・んっ」
ホイッと口に放り込まれる。
「美味しい?」
口にふわりと広がるミントの爽やかさと、ミルクチョコレートのまろやかな甘さ。
蕩けそうなほどに心地よい・・・。
「うん・・・美味い」
「良かった・・・じゃあ僕も貰おうかな」
そう言った途端に顎を掴んで顔を上に向けられキスをされる。
「んっ・・・」
舌先で唇を刺激され、僅かに開いた隙間から一条の舌が侵入し、俺の口の中をあちこち舐めまわしてくる。
「確かに美味しいね」
湿った音を立てながら一瞬唇が離れ、その隙に低く聞こえた声が、なんだかゾクリとするほどにいやらしく感じる。
「お前・・・ふ・・・んっ」
再び唇を深く塞がれ、互いの舌を何度も絡め合う。
通りすがりに、あるいは立ち止って何かを言っている声と女子生徒の悲鳴・・・これは明日から大変だなぁと思いつつも、チョコレートの甘さと一条のキスが心地よく、次第に何も考えられなくなる。
身体から、どんどん力が抜けていった。
最後に、殆ど形がなくなりかけていたチョコレートを奪われたことがわかったのは、唇同士が離れて一条がこう言ってからだ。
「・・・ごちそうさま」
下唇の端っこにチョコレートの薄い緑を残して、にっこり笑う。
間近に俺を見つめてくる悪戯っぽいその微笑みにドキッとして、俺は堪らず下を向いた。
「こ・・・こんなとこで、何考えてんだよ」
恥ずかしくて顔を上げられない。
「こんな所だからこそ、君は僕の物だって皆に示すいい機会なんじゃない。・・・それより大丈夫? 自分で立てそうにない?」
「ばっ・・・馬鹿野郎、放せよ!」
言われて俺は、いつの間にか一条に凭れかかっていたことに気が付き、慌てて離れた。
身体の芯がフワフワして、まだ変な感じだ。
まったく、校門なんていう公共の場で、なんて真似をしやがるんだこいつは。
「そう、残念。それより・・・ねえ、これから僕の家に来て、残りを一緒に食べ・・・・ぐはぁっ」
「ざけんな、アホが!」
俺はベトベトにされた口元を手の甲でグイッと拭うと、全体重を乗せてお見舞いをした会心のエルボーを鳩尾にめり込ませて跪いている一条にミントチョコ味の唾を吐き、俺は一人家路へ向かった。
路面に散らばってしまったダロールチョコは、まあちょっと惜しかったが、それはいずれ別の機会に一条に新品を持って来させようと考えながら。
fin.
別のフレーバーを食べてみる
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