「江藤先輩!」
「あ・・・あのさ、高林・・・あたし、やっぱそういう趣味はないから、悪いけど・・・」
言いながら江藤がどんどん後ろへ下がってゆく。
しかもあたくしを差し出すように、背後へ・・・なるほど、そういうわけか。
「今日の部活、中止になりました」
しかし高林とやらは1メートルほど前であっさり立ち止まると、江藤へそう告げた。
「へ?」
高林が言うには、どういうわけか城西高校の学生が武道館に篭城し、格差社会の不満をぶつけながら自殺するぞと、遺書を片手に相手構わず周囲を脅しており、現在城陽と城西の教員が交互に説得中なのだそうだ。
「似たような生徒が沢山いらっしゃるのね、城西には」
昨年の秋、城陽の文化祭に来た帰りに国立公園で会った、自殺未遂を起こしていた育ちの悪そうな学生も、確か城西の生徒だったように思う。
泰陽女子学院大学付属病院の勤務医でいらっしゃる理学療法士の、進藤伊織先生のお知り合いだったと記憶しているが、・・・あの生徒はその後どうしたのだろうか。
1年生は報告を済ませると、さっさと部室へ戻って行った。
「なんだ・・・そうだったのか」
江藤がやれやれと言った感じに溜息を吐いた。
「・・・ちょうどいいわ、でしたら江藤さん。これからあたくしとデートしましょう」
「うん・・・そうね、暇になっちゃったし・・・って、はぁ!? あんた今何て・・・」
「うちの佐伯も今日一日大変だったみたいだけど、あなたも捨てたもんじゃないようねぇ。可愛い後輩さんでしたこと」
「変なこと言うな、あたしはそんな趣味はないっつーの!」
「剣道部でさぞかし下級生を泣かせていらっしゃるのかしら、色んな意味で」
「勘弁してよもう・・・本命には全然相手にされてないっていうのに・・・」
江藤が大きな溜息を吐く。
まあ、あの方なら無理もないでしょうね・・・一条さんとただならぬ関係のようだし。
穏やかで背が高いハンサムな一条さんと、男性にしては綺麗で変態のお優しい原田さん・・・どちらも素敵な殿方なのに、誰よりもお二人が並んでいると一番お似合いだ。
江藤も大変な人に恋をしている。
二人でそのまま校門を出ると国立公園方面へ向かって歩き、下校中の生徒で賑わう遊歩道へ入る。
「どこに行くって言うのよ・・・」
「まあ付いていらしてよ、ここを歩けば近道の筈だから」
10分ほどで遊歩道を抜けると、さらに西へ歩くこと約5分。
すぐに城西高校の校舎が見えるが、その手前で西陽稲荷神社の参道方向へ道を折れる。
「こんなところで一体何があるっていうのよ・・・さっきチケットみたいなの持ってたけど・・・・まさか」
神社前の砂利道に入ってすぐに、何かに気が付いたらしい江藤が、言いかけた言葉の続きを呑みこむ。
大鳥居の前には、江藤も見覚えがあるであろう特設テント。
「さあ着きましたわよ・・・ええと、予約券、予約券・・・」
バレンタイン特別企画開催中の『死霊の棲む家』。
日ごろは海浜公園遊園地に常設しているが、年末年始に続いてバレンタイン週間だけ、ふたたび出張営業にやって来た、本格的な和風のお化け屋敷だ。
佐伯によるとデートコースには最高という話だったので、せっかくだからバレンタインデーに、一条さんか原田さんあたりと行けたらちょうどいいだろうと思っていたのだが、どちらもいないのでは仕方がない。
それに江藤の泣き顔を見られるのなら、それはそれで悪くないだろう。
それにしても、佐伯は一体いつのまに誰と入ったというのだろうか。
「あんた、一体何を考えているのよ・・・・」
「さあ、入りますわよ」
江藤の腕を引いて中へ入ろうとするが、激しく抵抗される。
「冗談じゃないわよ、あんたとあたしじゃ、これはどう考えても自殺行為でしょーが!」
「そうは仰っても、こうして予約も入れてしまいましたし、入らなければもったいないでしょう?」
「城南女子のお嬢様が300円ごときでガタガタ言うな」
「それが300円じゃないのよ。死霊達と過ごすバレンタイン特別ディナータイムスペシャル(完全予約制)、フレンチコースセット、なんと1300円ですわ! お買い得と思いませんこと?」
「そんなもん300円でもいらんわ!」
「御安心なさいな。今回は特別にあたくしの奢りです」
「だから、お金の問題じゃないって言ってるの!」
「やだ・・・本当に時間に遅れますわ、さあ、入りましょう・・・ごめんくださいませ、予約の山崎2名ですわ〜」
「いーやーだーっ!!!!」

fin.
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