「『さくらフィエスタ』っすか……今週末じゃないっすか」
八坂氏と峰の祖父さんの前へ、ソーサーに載せたブレンドコーヒーを差し出しながら、俺は確認した。紛いなりにもお客様である彼らをバックヤード等へ押し込んだお詫びにというオーナーの奢りであるから、さきほど豆を挽いたものである。
同じ物を向かいの峰にも出したあとで、俺は自分で入れたインスタントコーヒーのマグカップを持ってその隣へ腰をおろした。
「そう。だからちょっと急いでてね。千円の謝礼も出ないけど、性病検査もいらないし……」
「いや、汁男優はもういいっす……」
あくまでAVネタをひっぱる八坂氏に心で苦笑しながら、一応ツッコミを入れる。つくづく、城東(じょうとう)電機の社長以来、天然気の合う中年である。
「その代わりと言っちゃあなんだけど、収録後の打ち上げはちょっと豪華にやる予定だから。もちろん飲み放題食べ放題だよ。一人は祥隆さんのツテで決まってるんだけど、まだまだ人手が足りなくてね」
「はあ……で、一体俺は何をすればいいんですか? まあ、機材運んだり、弁当買って来たりぐらいなら出来ると思うけど、あんまり難しいことは出来ませんよ。大学っつってもFランなんで、頭悪いし」
この話の持って行き方で、使いっ走りはないだろうとは察しつつも、一応確認をしておくと、八坂氏が笑いながら強く即答した。
「そういう仕事はADがやるから安心していいよ。というより、撮影機材は高価なものもあるから、誰にでも任せられるものじゃないしね」
「そっすね……」
暗に警告された気がしてプチショックを噛み締める。現場では余計なモノに触んじゃねえぞという脅しだった。
「君にお願いしたいのは、会場に集まった御婦人がたの誘導だよ」
「誘導?」
「そう。今みたいな黒服を着て、客席からステージへ、女性をエスコートしてほしいんだ」
「はあ、エスコートっすか……」
俺はこの春大学生になったばかりだし、社会経験も今のところ、このバイトだけだ。小中高は私学にいたし、原田家は平均より裕福な生活水準だろうという自覚はある。だが、伯母夫婦の放任主義に近い環境のお蔭で、特別なマナー教育を受けたわけでもなく、パーティー会場で女性をエスコートするどころか、フォーマルなテーブルマナーすらも手元が怪しい。
恐らく隣にいる峰も、似たりよたりだろう。知識面に関しては俺よりだいぶマシだろうが、実践となるとコミュ障な分だけ、知らない人間が相手では、却ってハードルが高いかも知れない。それこそここにいるのが一条篤(いちじょう あつし)であれば、女の扱いなど寝ぼけていてもソツなくこなすかもしれないが……。
言葉を濁しつつ、俺があれこれ思案をしていると。
「難しく考える必要はない。作法なんて弁えてなくてもいいんだ。要は笑顔が映えるカッコイイ男の子が欲しいってだけだよ。イケメンが迎えに来て、隣を歩いてくれたら、それだけで女性はときめくってもんだろう?」
「はははは、どーもっす。けど、そんなんで本当にいいんですか?」
つまり、指示通りの女の人に声をかけて、ステージへ連れてくることと、終始笑顔を保てばオッケーって話らしい。後はプロのカメラがちゃんと追ってくれるのだろう。それなら、大して難しくはないかも知れない。
「『太陽サンサンお昼ですよ』って知ってるかな? 週末の正午に放映予定の『泰陽市さくらフィエスタ』は、その『太サン(たいさん)』のスペシャル企画生放送なんだよ。『太サン』の視聴者層は平均四十代から七十代の家にいる奥様方だ。何が欲しいかっていえば、ちょっと上品な感じの若い男だよ。ぶっちゃけると、用意された衣装を着て、立ってくれてるだけでも充分なんだよ」
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