「それでは、祥隆さんとともに、花見酒を味わっていただける、ラッキーな御婦人をお招きしましょう。どなたかご希望のマダム……いえ、お嬢さんは……」
元キー局の男性司会者が、上品さを失わない程度の軽快なトークで軽い笑いをとるとともに、一斉に会場から手が上がる。
「そこ、水色の女性迎えに行って……」
近くに立っているADの指示が聞こえて俺は水色のワンピースを探し、十メートルほど向こうに立っている、三人グループの一人を目指して歩きだした……すると。
「原田君、勝手に動いちゃだめだよ!」
「えっ、だって……」
イヤホン越しに八坂Pから注意をされて、俺は慌てて足を止めつつ、キョロキョロと辺りを見回した。よく見るとステージでは、空色のジャケットを着た初老の女性をエスコートしている峰の姿があった。
「だっさ」
背後から嘲笑が聞こえて振り返り、上弦の半月になってもまだ大きな、はしばみ色の瞳と視線がぶつかる……第一印象というものは、大抵の場合正解だったりするのだ。
「ちくせうぅ……」
腹立ちを我慢しつつ……何しろ生本番中なので、顔に表すこともできず、何よりこいつより俺は年上で大人なのだからと自分に言い聞かせて、必死に笑顔を保ちながら、自分の配置へ戻る。
その後も峰一人が動きまわったまま、番組は進行した。クイズ大会に、プレゼント大会……時にマイクを持って、会場プレゼントの地酒や銘菓を持って、峰はステージと観覧席を行ったり来たりだ。
結局俺とブラジル人が定位置から動いたのは、番組のエンディング、出演者一同がステージに立ったときのみ……それすらも、三人の中央に峰が立ち、その一歩後ろに控えた位置で、半分峰に隠れながら、右に俺、左にブラジル人が立つという、相当なまでについでの役割だった。
「つまり、アレか……俺とブラジル人はお前の引き立て役ってわけなんだな」
「何を言っている。この後は打ち上げでタダメシが食えるんだぞ。俺は一時間の番組進行中、ほぼフルで動いていたが、お前達は立っていただけで美味いメシに与れるんだ。楽な仕事だったと思えば、そう悪くもないだろうに。……ちなみに会場は『ラナペケーニャ』だ。あそこは最近、デザートメニューでBonnne Mamanの胡桃ケーキを出しているそうだ」
「マジですか?」
峰にしては悪くない情報提供にすっかり気を良くした俺は、手っ取り早く着替えをすませると、勢いよく車を飛び出す。
「ああ、ちょっと待って原田君」
そして閉めかけたドアの向こうから名前を呼ばれ、ADの柿元海希(かきもと のぞみ)君が顔を覗かせた。
「なんすか?」
同学年だが、一足早く社会人生活を送る十九歳に対し、自然と飛び出した敬語の問いかけへ、柿元は照れくさそうに目を細めると、袖を捲りあげた黒い長袖Tシャツの右手を伸ばし、握り締められているものを手渡された。
「忘れ物。シートに落ちてたの、君のでしょう?」
「あ、すんません。……やべぇ、怒られるとこだった」
峰の静かなマジギレを頭に思い浮かべながら銀色の小さな金属を受け取る。
「それって部屋の鍵? 怒られるってことは、ひょっとして同棲相手でもいるのかな」
柿元から遠慮のない質問が飛んできて、俺は苦笑する。
「いや、そんなんじゃないっすよ。こないだ一緒にアパート見に行ったら、なぜかうっかり鍵持って帰ってきちゃって」
先日、『Cappuccino』に峰が現れた日のことを思い出しながら、俺は柿元に言った。
大学入学を機に、心機一転、引っ越しを決めた峰は、あの日、俺に新居を案内してくれた。契約だけ済ませ、まだ入居前の何もない部屋だ。
引っ越しの日取りを確認して手伝いを約束した俺は、峰と別れたあとで鞄の底に沈んだこの鍵を見て仰天した。部屋にいたときか、はたまたその前、『Cappuccino』からアパートへの移動中か……一体どんなタイミングで俺の荷物に紛れ込んだのかはわからないが、鞄にあった見慣れない鍵は、ほぼ間違いなく、峰が契約したばかりの新居で、玄関で本人がドアを開けるときに使っていたものと同じに見えた。
同時に部屋を出る際、肩を抱き寄せられ、雰囲気に呑まれて結構長い間キスを交わしたことを思い出し、顔が紅潮しそうになる。
「うっかり……ねえ」
冷やかすような柿元の声と表情は、まるで信じていないものだった。顔を隠すように柿元に頭を下げると、焦りながら俺はドアを閉め、そして失くさないように鍵をデニムのポケットへしっかりと押し込んだ。
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