「・・・・へぇ、ダブルリングのチョーカーだね」
片手が使えないことを思い出し、一旦渡した包みを開封してからもう一度、彼の大きな掌へ収めてやった。
留具部分を指先で摘まみ目の前でぶら下げて、揺らめく色違いのリングを眺めながら、篤がニッコリと笑う。
「ああ。何がいいのかわかんなかったからさ・・・でもお前、よくネックレスとかブレスレットとか付けてるし、俺にもこのペンダントくれたりしたから、アクセサリーが好きなのかと思って・・・・気にいるといいんだけど」
おそるおそる様子を窺いながら、これを選んだ理由を話す。
チョーカーは黒い革の組紐にゴールドとシルバーのリングがぶら下がっていて、全体的にわりとカッチリとした男っぽいデザインだ。
ゴールドのリングには小さいながらも水色の透明な石が一つだけ入っていて、光を受けるとカッティングされたその表面がキラキラと輝く。
「ひょっとして、アクアマリン?」
その石の名前だ。
「誕生石だろ、確か?」
「よく知っていたね。・・・江藤辺りの入れ知恵とか?」
中学時代からの俺の親友、江藤里子(えとう さとこ)。
竹を割ったような、さっぱりとした気性のミニスカ戦士だが、典型的な世話女房タイプで結構女の子らしい趣味をしている、猫大好きなクラスメイトだ。
まあ俺がこういう分野に疎いことは当然篤も知っているわけで、情報源がバレるのは仕方あるまい・・・。
それでも彼は満足そうに笑っていた。
とりあえずは気に行ってくれたということだろうか。
「貸せよ。・・・で、少しだけしゃがんでくれるか?」
そう言って手を差し出す。
もしも気に入ってくれたのなら、この場で篤につけてやりたい。
俺がこの胸のペンダントをもらったときに、篤がそうしてくれたように。
だが・・・。
「ちょっと待ってね」
そう言ったきり篤はチョーカーの留金を器用に片手で外すと。
「お前っ・・・何やってんだよ」
スルリとトップのリングを自分の掌に落として、解体してしまった。
そして右手にリングを握りしめ、ギプスで手首を固定されている左の掌を上に向ける。
「手を貸してくれる?」
「手?」
わけもわからぬまま右の掌を上に向けて差し出すと、首を横に振って否定された。
「反対」
上下・・・、いや、左右が逆ということだろう。
今度は左の掌を見せて差し出す。
篤も左手で俺の手をとり、くるりと回転させて手の甲を上に向けた。
次にぎこちない動き俺の薬指を捕えようとして、一瞬、彼の目元が微かに歪む。
「篤・・・」
ヒビが入った手首や、縫ったばかりの傷口が痛むのではないだろうか。
「もうちょっとだけ、このまま待ってね」
辛そうな声でそう言いつつ、それでも必死に笑顔を俺に見せようとする。
「お前・・・・」
そして金色のリングを指先に近づけ、しかし彼の口元からは盛大に落胆の溜息が漏れた。
「ああ、残念・・・・」
「いや、どう考えてもムリだろそれは」
サイズが違いすぎる。
仕方なく隣の小指に嵌められたが、今度は大きすぎて、クルクルと回った。
篤の表情が、今度こそ悲しげに沈む。
「いい案だと思ったのに・・・」
俺はリングを抜いて左手に持ち替えると、自分からそれを右手の指先に持っていった。
「こっちの小指は幾分太いと思うけどな」
そう言って爪の辺りまで通したところで、篤がその手を捕まえて止めてきた。
「僕がっ・・・」
どうしても自分で俺の指に嵌めたいようだった。
リングを彼に返してやると、俺は素直に右手を差し出した。
先ほどのようにぎこちなく指を掴まれて、時間を掛けながら、今度は右手の小指に嵌められてゆくゴールドのリング。
そして安堵の溜息が彼からはっきりと漏れる。
「ピッタリとはいかないが、まあなんとか収まったな」
やはり少し大きいが、今度は抜け落ちるほどではない。
俺は利き手の小指に収まったそのゴールドのリングを目の前に翳して眺めると、その向こうで何かを言いたげに自分に向けられたパートナーの視線に気が付く。
「秋彦・・・」
彼が右手の指先で何かを摘まんで待ち構えていた。
もうひとつのリングだ。
「ん?」
それを手渡され、次に右手の人差指で、自分の左手の小指を差しながら篤が俺を見た。
「お願いして良い?」
今度は俺が篤の指に嵌めろということだろうが、少し躊躇する。
「でも、今は痛いだろ・・・?」
そもそもこれはあくまでペンダントトップで、ちゃんとした指輪じゃない。
「秋彦・・・頼むよ。君の手で僕にも嵌めてほしい」
熱っぽく見つめられ、ドキッとする。
「わかった・・・じゃ、触るぞ」
「うん」
おそるおそる篤の左手をとった。
手の甲辺りまでも固いギプスで固められた、彼の大きな手。
無理に動かさないように、指先でおそるおそる触れたが、その瞬間、彼の手が大きくビクンと跳ねる。
思わず篤の顔を見上げると、彼はニッコリと笑顔を作り大きく首を頷いて見せた。
でも眉間には深い皺が刻まれている。
まったく、俺達は一体何をやっているのだろうか。
呆れる気持ち半分。
それでも胸に込み上げてくる、抑えきれない嬉しさと愛しさ。
他愛のない指輪の交換の真似事。
遊びでしかないこんな行為が、何故か神聖に感じられて、緊張する。
俺は自分のものより少し長くて太い彼の小指を、指先でそっと固定すると、軽く曲げられたそこへシルバーのリングを通してゆく。
リングは一瞬だけ関節でひかかったが、少し回しながら押してやると、綺麗に根元へ収まった。
「ピッタリじゃん・・・」
篤が俺の右手を取って、自分の左手へ近づけると、小指同士をくっつけてしばらくそれを見つめていた。
「ペアリングだ」
満足そうに篤がそう呟く。
ゴールドとシルバーの色違い。
俺の方には石が入っていて、一見するとそうとはわからないが、並べてみるとリングの太さや、角ばったそのデザインも同じ。
こうして見ると、確かにペアリングと言えた。
そこではたと、大事なことに気が付いた。
「・・・って、これじゃあプレゼントの意味ねーじゃんか!」
「でもいいアイディアじゃない? 僕はこの方が嬉しいけど」
「俺が半分貰ってどうすんだよ。石もこっちに来ちまってるし」
「でも僅かにシルバーの方が大きいからね・・・逆だと僕が付けられなくなるよ。それに紐が残ってるから、僕はこれも貰うね」
「いや、まあ・・・本来は全部お前にやるつもり・・・っつうか、元々ひとつのアイテムなんだから当たり前だろうが!」
こんな使い方を想定していたわけではない。
そしてなぜだか、再び左手をとられた。
「本当に素敵なプレゼントをありがとう。・・・・でも、今度はちゃんと僕から贈る。それまでここだけは絶対に空けておいてね」
そして人差し指と親指で、一本の指の根元を強く抑えられた。
「あ・・・、あたりめーだろ」
「うん、あたりまえだよ」
左手の薬指・・・・そんなの当然だ。