9.『祭りのあと』(エンディング)

「なあ、原田。こんなときに言う話じゃないんだが、進路希望票早く出してくれないか。あと、お前だけなんだ」
2学期開始早々に配布されていた調査票のことだった。
出さないのには色々と事情があるにはあったが、ぶっちゃけすっかり忘れていた。
「すいません・・・明日出します」
「ああ、頼んだぞ」
そう言って有村小五郎(ありむら こごろう)青年は忙しそうに校舎へ走って行った。
彼も2学期になって、徐々に教師らしくなっていた。
その成長を見守って来た身としては、嬉しい筈なのに、どこか寂しくもある複雑な心境だ、・・・・などと非常に余計なお世話でしかないことを思ってしまう。
「これでまた一人、操り易い先生がいなくなってしまった・・・」
振り返るとグラウンドはテントも撤去され、ほぼ元通りになっている。
一般来場者席だった場所へ折り畳み椅子が、僅かに残っている程度だ。
せめてそのぐらいは手伝った方がいいだろう。
俺も椅子を5つ重ねて持つと、体育館へ向かう山村の後に続いた。
「まだ、出してない人がいるなんて、そっちの方が驚きよ」
運搬中の折り畳み椅子を一旦地面へ置いて、抱え直しながら山村が言った。
進路希望票のことである。
しっかり聞かれていた。
「そうは言ったってさあ・・・わかんねえんだもん、どうしていいのか」
「えぇっ・・・まさか、まだ進路決めてないの!? それさすがにヤバイわよ」
「俺には、みんながもう決まってるって言う方が、びっくりしたんだが」
「そりゃあ決まってるでしょう。推薦組ならそろそろ試験よ」
「そうか・・・。そうだよなぁ・・・」
考えてみれば、もう10月・・・高校生活とも、あと半年弱でお別れだ。
俺もついこの間までは決めていた。
けれど、今はどうしていいのか、わからなくなっている。
4月から篤は日本にいないのだ。
「おい山村、テントの撤去、終わったぞ。そっち何か手伝うことあるか?」
「ありがとう峰君・・・っていうか、その手で聞かれても、何かしてくれって言い辛いからいいわ」
「ん・・・そうか?」
峰が重ねた軍手を二つ折りにして、ジャージのポケットへ仕舞いながら言った。
「お前、持ってんなら、なんで軍手しなかったんだ」
峰の指先は、5本とも真っ赤に腫れあがっている。
またアレルギーが出たようだった。
難儀な体質だ、本当に。
「いや、してたんだけどな。蒸れて痒くなってきたから、外した。そうしたら、こうなった。・・・それよりお前は、閉会式にも出ずにどこへ行っていたんだ」
「えっといや・・・まあ、そのサボッって悪かった」
「・・・・答えになっていないが、まあいいとしよう」
「峰君はやっぱり東大?」
山村が聞いた。
また進路の話だ。
「まあな。一応そのつもりはしているが」
「先生たちも今年は、やたらテンション高いわよ。見ててわかるもん。東大にチューファ大。まさかうちから、国内外の一流大学生が誕生するなんて、思いもしないものね」
山村の言葉が少し心に痛かった。
「まだ行くとは限らんだろうが」
「A判定しか取ってない人が言う言葉? それって嫌味」
「マジか・・・国立併願組に絶対知らせるなよ、下手すりゃ自殺するぞ」
「何を言っている。俺だって併願だ」
「へっ?」
「・・・・お前、まさか滑り止め受ける気か?」
いらんだろ、絶対。
「ああ、そのつもりだが」
「ありえない、なんんんかムカついてきた。悪戯に競争率を上げて何が楽しいの?」
「やっぱ受けるって、KとかWとかか? 俺は一応泰文(たいぶん)のつもりだから、関係ねえな・・・つか、話すだけで恥ずかしいわ」
「俺も泰陽(たいよう)文化大だ」
「馬鹿にしてんのか!」
殴るぞしまいに。
「真剣に言っているつもりなんだがな。うちの祖父さんの母校だ。あそこの歴代学長は禅宗の坊さんだぞ。仏教学部は名門だ」
「そうだったのか」
初めて知った。
「原田君・・・それ知らずに受けるつもりだったとしたら、さすがにどうかと思うわよ」
「んなこと言ったって・・・・まあ、受けるかどうかも、まだわかんねえんだけどな」
「原田は受けるだろ。心配しなくても、毎年城陽からの合格率は悪くないぞ。今の学長も城陽の卒業生だ。悪いことは言わないから受けとけ。悪いが、お前はあそこ以外行けるところがないとすら思う」
「連続で悪い悪い言うな! 気い悪いわ!」
「で、原田君、前回模試の判定はどうだったの?」
「・・・・・・・・D」
「それ結構やばそうだね」
「驚いたな。そんなに良かったのか」
「峰・・・・・お前、マジで殴ったろか」
「いや、そんな暇があったら勉強しろ。俺が見てやるから」
「ごもっともです・・・・・」
「いや、でもいくら峰君に見てもらっても、この時期D判定の人が間に合うのかどうか・・・」
「余裕だ。俺が見る以上は絶対受かる。そもそも泰文の受験準備なんて、普通の高校生なら一週間もあれば充分だ。原田なら3年ぐらい必要かもしれないが、そこは俺が見ると言っているんだから、半年もあればなんとかなる」
「いろいろ物凄〜く、失礼なことを言われすぎてて、どこから怒っていいのかわかんないんですけど・・・」
「ええっと峰君・・・・半年だと微妙に間に合ってないっていうのは、ツッコんだ方がいいのかしら。」
・・・そうだった、今はもう10月だ。
「とりあえずお前はこれから、睡眠時間が平均3時間になるっていう覚悟はしておいてくれよ」
「さ・・・3時間!?」
「まあ、長生きするには、6〜8時間は必要って言われてるけど、受験生だと普通そのぐらいで珍しくはないんだけどね。だいたい、今が一番体力がある時期なんだから、3時間でも平気なものだし、6〜8時間っていうのは、赤ん坊の時を含めた人生を通してっていう計算だから、今ぐらいは3時間でちょうどいい筈だし・・・ああ、もうどこからツッコんだらいいの? それより峰君、あまり原田君に付き合ってると、あなたの勉強がおろそかになるんじゃない? いくらA判定でも東大だし」
「俺は構わん。原田ひとりぐらいどうってことない。万一俺が東大落ちたら、原田にその責任を一生かけてとってもらう」
「ちょい待ったっ! なんで俺が受験でお前の人生背負わなきゃなんないんだ!」
「お前が自分なりに努力してくれたら、俺はそれほどお前にかまけなくてすむ。そう考えたらいいだろう」
「うぐっ・・・そう来たか」
「まあ、そう心配するな。俺が教える以上余裕だ。任せろ、何もかも」
「峰、それって・・・」
言いかけた言葉を俺はぎりぎりで飲み込んだ。
山村は、それでも東大を受験する以上、あまり過信するなとかなんとか峰に言っていたが、それ以上俺は話に加われなかった。
峰の言葉は、力強く、信じられるものだった。
何もかも・・・。
そこへ含めたものが勉強以外のことも意味しているのではないかと、つい思いそうになってしまう・・・思いたがっているのだろうか、俺は。

 


fin.



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