改めて着替えが終わったところで、ドアがノックされた。 テ・アモ・・・。 やけにせつない響きだったと思いだした。 テ・アモ・・・。 再び思い出す、一条の声。 秋彦・・・。 俺の名前を呼ぶ、甘く切ない声・・・思い出すだけで、身体の芯が熱くなる。
「あ、英一さんお帰りなさい」
写生旅行から帰って来たらしい英一さんが立っていた。
「ただいま秋彦君、良かったらお土産あるから降りて・・・」
途中まで言いかけた言葉を止めて、英一さんが机の上を見る。
「ああ、これですか? なんかいろいろ誕生日プレゼントを友達から貰ったもので・・・」
色とりどりのラッピング素材に、図書カード、ぬいぐるみと怪しい時計、そして香水のボトル。
「入っていいかい? ・・・へぇ、秋彦君のお友達か〜。可愛いね」
俺の了解を得てから入って来た英一さんが、机の上から猫のヌイグルミを手にとって弄ぶ。
こう見えて英一さんも、結構可愛いもの好きだったりする。
アトリエは画材の他に、動物の置物やらマスコット類があちこちに飾ってある。
とくに猫グッズが好きだからたぶん、江藤とは気が合うだろう。
「それは江藤。クラス委員長だけどお節介っていうか、姉御肌っていうか・・・・ほら、コレもその子からなんだけど、問題集にしか使っちゃダメって言うんですよ? 勉強しろってさ、余計なお世話だっつーの」
「ははははは。その子、秋彦君のことが好きなんだろうねぇ」
「さあねー、どうだろ」
「こっちも女の子? 秋彦君はモテそうだからなぁ」
そう言いながら英一さんが香水のボトルを取り上げる。
「あ、そっちは一条。あいつがそういうの寄越すって、俺もちょっと意外だったんだけど・・・」
「ん・・・? 一条って、あの一条グループの? 篤君だっけ?」
英一さんが目を丸くして聞いてきた。
一条とは文化祭の時に会っている筈だから、どういう感じかぐらいは覚えているのだろう。
香水なんてやっぱりアイツのキャラじゃないよなぁと思いつつ、俺は肯定する。
「そう。昨夜持ってきてくれて・・・」
その時何があった、とはさすがに言えないから、突っ込まれないように、語尾でつい目を逸らした。
しばらく沈黙があって、不思議に思い、もう一度英一さんの顔を見ると。
「その子、エスパニア語はわかるのかい?」
まっすぐにボトルを見ながら聞いてくる。
視線の先にはブランド名の『Fernando Cielo』。
そして香水名であろう『Te amo』。
こう聞いて来るということは、恐らく香水名の方が気になっているのであろうか。
一条の声でその名前が、頭の中に再生される。
そしてその後、俺達はこの部屋で・・・いや、考えるのはやめろ。
俺は熱で、どうかしていただけだ。
一条もきっとわかってくれている。
「英語はペラペラみたいだけど・・・どうかな」
リタのエスコートを任されているぐらいだ。
エスパニア語も出来る可能性は低くないだろう。
「そうか・・・英語とは全然違うからね・・・じゃあ、意味は判らずに秋彦君にプレゼントしたのかも知れないけど、だとしたらちょっと不用意だね」
英一さんが可笑しそうにクスクス笑い始めた。
「あの・・・どういう意味なんですか、この『Te amo』って」
思い切って聞いてみた。
「うん・・・私はあなたを愛しています。それも、恋人や夫婦に限定して使う強い意味の言葉だよ。ちなみに香水を贈る深層心理は、私の物になってほしい・・・だそうだ。といっても贈りものとして、ポピュラーなものだけどね、香水なんて」
胸が熱くなった。
間違いない。
意味はわかったうえで贈られている・・・・。
いや、あるいは敢えてこの香水を選んだのかもしれない。
篤。
ふと英一さんの視線を感じた。
「あ・・・ハハハハ、馬鹿だよな、あいつ。そうなんすよ、ほんっと間抜けなヤツで・・・おまけに俺の風邪貰って今日は自分が学校休んでるし」
英一さんは優しい目で俺を見ながら、ただ笑って聞いてくれていた。
結局それ以上その話はしなかったが、あるいは何かを感じ取ったのかも知れない。
少なくとも、これを贈った一条の存在を否定はされなかったことに、俺は安心していた。
そして、部屋を出るときに。
「じゃ、それを片付けたら降りて来なさい。秋彦君が好きなBonne Mamanのジャムが沢山あるよ。・・・あと、その香水、秋彦君によく似合ってるね」
そう言って降りてしまった。
俺は自分の手首を鼻へ擦りつけて、クンクンと匂ってみる。
朝出るときにワンプッシュしただけの『Te amo』が、仄かなラストノートをまだ残していた。
「さて、しかたねーからBonne Mamanでも見舞いに持ってってやるか」
そう言って机の抽斗から取り出した御利益の高いペンダントを身に付けると、英一さんにお願いしてジャムとゼリーを分けてもらい一条の家へ向かった。
11月下旬の夕空は、綺麗な茜色に染まって見えた。
fin.
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