『呪縛の桜花』(後篇)
翌日もまだ腹痛は残っていたが、親身な真の看護の甲斐あって、動けないほどではなかった。昼過ぎに休憩室へ行ってみるが誰もおらず、また自分の食事だけが用意されていた。菓子パンとパックコーヒーで中途半端な食事をすませ、痛み止めも服用する。不意に隣から物を動かす音が聞こえて物置き部屋を覗いてみると、大和が掃除をしていた。
「瑞穂……、起きちゃって大丈夫なのか?」
「なんとか……真達は?」
「真と悠希は見回りに行った。イスズの方に行くって言ってたから、ひょっとしたらついでに悠希が世話になった陸軍兵を、探すつもりなのかもな。でも、そろそろメシどきだから、戻って来ると思うぞ。……それより、お前こそ、なんとかなっちゃうって顔じゃないだろ。薬は飲んだのか?」
「うん……痛ッ……!」
不意に伸ばされた手が頬を掠めて、瑞穂は思わず肩を竦める。先ほど休憩室の鏡を覗いたときに、頬から口の端にかけて、赤黒い痣が出来ているのを確認していた。ちょうどその辺りに触られたようだ。
「わ、悪い……。まだ痛いんだったら、無理しないで今日は寝ちゃってろよ」
「大和が触ったからだって……もう、大丈夫だよ。しかし、これは酷いね」
部屋を見回す。
「これでもだいぶ片付けたんだけどな……まあ、今日中にはどうにかなるだろ」
軽く笑いながら溜息を吐いて、作業に戻った大和が長机を動かす。
ただでさえ、物が積み上げられているだけだったこの部屋は、カバーの裂けたソファや折れたテニスラケット、配線が剥きだしになっている加湿器、壊れたテレビが壁際へ寄せられていた。床には木屑やプラスティック、ガラスの破片が散らばっている……量が昨日よりもずっと多い。それらが志貴達を相手にさんざん暴れ回った結果だと、瑞穂は理解した。どうやら大和は壊れた物を壁際へ纏めて、その上に机を被せ、雑多な物を整頓するようだった。
瑞穂は昨日、この部屋で起きた出来事を思い返す。志貴達の襲撃を受けて、武器を手にしていた自分達は何もできなかった。おそらく彼らは丸腰だったにも拘わらず、自分はいいように嬲られたのだ。それだけではなく、仲間を危険に晒した。先走って勝手なことをして……そして、結局、何を得たと言うのだろう。
文句も言わずに黙々と部屋を片付けてくれている幼馴染を見つめ、瑞穂はたまらなくなる。
「ごめん」
「なんだよ、突然……」
長机の上に、エアコンや空気清浄機、大型のファイルキャビネットといった角ばった嵩張る物を並べながら、大和が目を丸くして振り向いた。それらの上に小物や不定形の物を載せていくつもりなのだろうか。
瑞穂は少し俯いて話を続けた。
「だって、俺のせいだ……勝手にあいつらの銃を盗もうとして、みんなにまで危ない目に遭わせた」
「瑞穂」
「何も出来ない癖に、力もない癖に……えらそうなこと言って、俺、カッコ悪……つッ」
話している途中で鼻がツンと痛くなり、目頭が熱くなる。慌てて目を押さえようとした瑞穂は、自分で痣に触れてしまい、その刺激にまた顔を顰めた。次の瞬間、フワリと頭の上が暖かくなった。
「いいじゃないか……。俺達は別に、ヒーローでも格闘家でもなんでもない。まあ、俺は子供の頃、自分で王子なんて言っちゃってたけどな……ハハハ」
いつのまにか目の前に立っていた大和が、そう言って一人で笑いながら瑞穂の髪を掻き回すと、今度は優しく同じ場所を撫でる。
「……」
顔が熱くなり、瑞穂は堪らず下を向いた。鼓動がどんどんと早くなる。不意に大和は頭の上に掌を載せたまま、前屈みになり、真正面からじっと瑞穂の顔を覗き込んできた。
「瑞穂、……もう怖くなっちゃったか? もしも瑞穂が怖いなら、無理に戦う必要はないと思う。それは別に恥じることじゃないし、たとえ瑞穂がやめたとしても、俺の気持ちは変わらない。いつだって傍にいるよ」
穏やかな声で大和は瑞穂の意思を問い、思いを伝えてくれる。
「大和……」
「けど、怖くても、力が足りなくても、それでも続けたいっていうなら、もちろん俺は最後まで付き合う。仮に誰もいなくなっても、俺だけは絶対に瑞穂の傍を離れないから……安心しろよ……とは、言えないけどな。俺も全然強くないし…。そのときは……まあ、微力ながら助太刀しちゃうから、二人でボロボロになるまでやり通そうぜ」
大和の言葉が胸に沁みた。目の前がじわりと歪むのがわかる。
「ありがとう……」
白いTシャツの生地をぎゅっと握り締め、固い肩に顔を押し当てた。瞼を閉じた瞬間、一筋の涙が頬を伝い、擦り切れた皮膚をまた刺激する。
「み、瑞穂……」
幼馴染が戸惑ったように自分の名前を呼んだ。瑞穂はそのままの姿勢で口唇を開く。
「やめたくはないんだ……わがままだってわかってる。力も、兄さんが言うような知恵もないけど……ここでやめたら、俺達は一生アイツらの思う壷のような気がして……勝てなくても、ボロボロになっても、俺は……屈したくはない」
「そうだな」
「大和……一緒にいてくれる? この先また俺は、お前を危険な目に遭わせるかもしれない。兄さんのように強くもないし、頭も悪いし、闇ルートで武器を手に入れるような、金もコネもない。それでも、やめたくはない……アグリア人やアルシオン兵から、みんなを守りたい。そして、チーセダに報復がしたいんだ」
「わかった。……瑞穂、顔あげちゃえよ」
「出来ない」
話している間に感情が高ぶった瑞穂は、止まらない涙を汗の匂いがするシャツに滲みこませながら、小さく肩を震わせていた。
「そっか……なら、まあいいや」
瑞穂の身体をゆっくり腕で包むと、男としてはあまりに華奢な背中へ掌を当てる。大和は薄いシャツ越しに伝わるその体温を愛しく感じた。自分の肩へ顔を押し付けている目の前の艶やかな髪へ、おそるおそる口唇を押し当ててみたが、泣きじゃくる幼馴染はどうやら初めてのそれに気付かず、残念ながら反応はなかった。
昼過ぎに戻って来た真と悠希に、瑞穂は改めて昨日のことを謝罪した。その上でこの活動をやめたくはないという意思を伝える。
「それはいいけど、今度から黙って盗んだ武器を隠しておくような真似はやめてね。ああやって急に襲撃を受けると、対処のしようがないから」
「本当にごめん……二度としない」
瑞穂が謝ると真は、静かに頷いてみせた。
「大和は瑞穂の言いなりだとして、悠希は?」
「お、おい……言いなりとか言うなよ。俺は、先にちゃんと話を聞いた上で納得してるんだから」
「あたしは、皆さんに助けて頂いた立場ですから。それより、怪我の方がどうなのかと……まだ、凄く痛そうで……」
顔を赤くする大和の隣で、悠希は心配そうに眉を潜めながら、上目遣いに瑞穂の身体を気遣った。
「見た目が派手なだけで、大丈夫だよ。ありがとう、悠希」
瑞穂が応えても、悠希はまだ心配そうな顔をして見ていた。
桜花が目下のところメインの活動としている見回り中には、突発的な事件で怪我をすることも少なくない。悠希が巻き込まれていたような、酔っ払ったアルシオン兵に若い女が絡まれている現場に遭遇したり、空き巣や強盗犯と格闘になったり、状況はさまざまだ。現実的には、自分達だけで対処できない場合が殆どだが、一人が助けを呼びに行き、警察や男手が現場に到着するまでは、残った者が相手と格闘するしかない。その結果、打撲や捻挫などを負わされることは珍しくないのだ。ここまで派手なリンチに遭ったことは瑞穂自身初めてだったが、それでも同じように怪我とは関わりが深い真や大和とは違って、桜花に入ったばかりであり女の悠希は、見慣れない大きな青痣を目の前にして、かなり動揺しているようだ。無駄に怖がらせているようで、瑞穂は居心地が悪く感じていた。
そして真は、他の二人の返答と瑞穂の言葉を聞いて、漸く固かった表情を少しだけ緩ませてみせた。
「わかった。それなら私も異論はないわ。今までどおり、出来る範囲で活動を続けていきましょう」
真が賛同を示してくれる。
「ところで、そっちはどうだったんだ? 悠希が世話になった陸軍兵探しに行ってたんだろ?」
大和が尋ねると、悠希の表情が僅かに曇った。それだけで、結果が芳しいものでなかったことはわかる。
「奇跡的に空襲を免れた古いお宅を何軒か訪ねてみたんですけど、何しろこっちの情報が少なすぎて……」
そう言って悠希は溜息を吐く。
アルシオンの空襲が凄まじかったとはいえ、アオガキ市に比べれば、イスズ市はまだいくぶん被害がましだった。そのため、古い民家や商店が多く、そういったところを悠希達は訪ね歩いていたようだ。だが、戦争遺児を保護していた陸軍兵というだけでは、本人の確定自体が出来なかったようだ。
「一人だけ、当時軍に出入りしていたっていう方にお会いできて、その方によると通信隊に、子供の保護をしていた一団がいたらしいです」
悠希によると、たまたま休憩がてらに入ったスーパーの惣菜コーナーで、営業に来ていた計測器メーカーの男が、悠希と真の会話を聞きつけ、それなら元通信隊員を訪ねてみたらどうかと助言をくれたらしい。
「お、じゃあまるで収穫なしってわけじゃあなかったんだな」
「ただ、通信隊と一口に言っても、調べてみるとマホロバ防衛軍だけでも師団が五つあって、それぞれに通信隊が一隊から二隊ずつ存在してたのよ。他にマホロバ防衛軍と連携して、帝都防衛に関わっていた航空軍というのもあって、そちらにも通信隊がいくつもあるうえに、本部が西カミシロになるらしいわ」
「ひえー……途方もないな。しかし通信隊だけでその数だとは、軍ってのは人も金もボリュームがやっぱり違うな。終戦間際にそれだけ大がかりな準備が出来てたくせに、なんで負けちゃったのか、つくづくわかんねえよ」
通信隊に関する真の説明を受けて大和が頭を掻く。
「あっちはその何百倍、何千倍もの物量に物を言わせたからに決まってるでしょ。マホロバ大空襲で消費されたコストって考えたことある? 標的の大半が、戦争に無関係な民間人だったのに、弾数四十万発、火薬量にして約二千トンの高性能焼夷弾を、たった二時間でアルシオンは消費したのよ。当時大々的な空襲を受けたのは、何もマホロバだけじゃない。もちろん、最新兵器だったT弾にかかっているコストが、焼夷弾と比較にならないってことも、わかるわよね」
「世界は残酷だな……」
真に諭され、大和がうなだれた。
「今さらでしょ……。まあ、それはともかくとして、兵舎がイスズ市にあったことを考えると、さすがに基地が西カミシロだった航空軍は可能性が低いんじゃないかしら。ひとまずはマホロバ防衛軍の通信隊関係者にあたってみるのが早いかもね」
悠希の恩人捜索に関する今後の方針を真が示し、本人も納得した。続いて桜花本来の活動に話が戻る。
「ブトウレンに探りを入れてみようと思う」
瑞穂が静かに提案すると、三人の表情に困惑が過った。
「探りって、例えばどんな……?」
不安そうに大和が問う。
「やっぱり俺達には、ああいう武器が必要だよ……確かに、S&Kから横取りしようとしたのは、無茶だったかもしれない。それに黙っていて、みんなに迷惑をかけたことも反省している。けど、今のまま自警活動だけを続けていても、本来の目的達成には程遠いよ。アグリア人やアルシオン兵の横暴からカミシロ人を救う……だから俺は現実的な力がほしいんだ。ブトウレンはS&Kにアルシオン軍の武器類を提供してるでしょう? けれどそれはまともな手段じゃない。仲介してるアルシオン兵がいるはずだ。まずはそいつをつきとめようと思う」
「けどなあ……つきとめて、どうにかなるか? あれだけの武器流出には、当然巨額が動いてる筈だろ。それこそ、まともな金じゃないし、関わってるのも黒い連中ばかりだろ。そんなところに首突っ込んじゃったら、今度こそリンチじゃすまないぞ」
瑞穂は冷めた目で大和を見た。さきほどは情熱的に、どこまでも瑞穂についていくと言ったその口で、危ない橋は避けたいという。
だが、そのようなことを言っていたら、現状は何も変わらない。瑞穂はその話をしているのだが、それが大和には理解出来ないらしい。いや、考えたくないのだろう。誰だって、進んで危険なものには近づきたくない。
「接触して、そこから先のことは考えてますか? それとも言ってみただけでしょうか」
悠希が冷ややかに確認する。
「まずは調査かな……出入りしてるアルシオン人を突き止めて、話のわかりそうな奴かどうか探る。そんなことに関わってる奴が、どうせアルシオンに忠義なんてありはしないだろうし、金で動く程度ってことでしょ? だったら相手の求めるものを提供する代わりに、ブトウレンに仕入れてるAM16を一ケースか二ケース、こっちへ余分に流してもらうとか……、確かにまだ具体的には考えてないけど」
「提供って何をするつもりですか? あたし達にはブトウレンやS&Kのような、潤沢な資金があるわけではない。一ケースか二ケース流してもらったところで、これから戦う相手がそのブトウレンのようなアグリア人マフィアであったり、アルシオン軍なわけでしょう? 勝ち目はないと思います」
瑞穂の説明にまるで納得をしていない調子で悠希が反論した。
「いや、まあそうかもしれないけど、……それを言い出しちゃったら身も蓋もないだろうに」
大和が悠希を諌める。
「相手に何も提供する必要はないんじゃない? 武器の横流しはそれだけで重罰だし、しかも相手はマフィア。ばれたらタダじゃすまないわ。アルシオン兵を特定するだけでいいでしょう」
真が冷静に口を挟んだ。大和が目を丸くした。
「おまえ……まさか強請っちゃおうってのか? おい、正気かよ。冷静な真サンとも思えない発言だぞ」
「何も瑞穂はすぐやるって言ってるわけじゃないんでしょう? あくまで出来そうかどうか、探りを入れたい……そう言った筈。隠れてコソコソと銃を盗み取った揚句に報復を受けるのは、さすがに私も勘弁してほしいけど、だからといって、このまま暴漢退治だけをやっていたって、カミシロ人は救われない。その思いは私も同じよ。そのために、多少危ない橋を渡るぐらいの度胸も、時には必要だと思う。無謀なことをしようって言ってるわけじゃない。……まあ、本当に強請れるような相手だといいけどね。とりあえず様子だけでも探りに行くのはいいんじゃない?」
「真……ありがとう」
「あんたの為に言ったわけじゃないわよ。これはカミシロ人の為……アグリア人やアルシオン兵の暴力から、みんなを守る為に、私達には力が必要……そうでしょう?」
そう語る真の声は冷静でありながら、確固たる決心がある……そう感じた。瑞穂は力強く頷く。
「その通りですね。頑張りましょう」
悠希も真の手をとり、大きく頷いた。
「おいおい、真が賛成したらいきなり意見翻しちゃうのかよ……現金過ぎるだろ」
「あたしは別に、最初から反対なんてしてませんよ。現実的な危険性を指摘して分析をさせて頂いたまでです。すぐに実行しようということではなく、あくまで前段階の調査ということであれば、何も問題はないと思います」
しれっと悠希は言ってみせたが、冷ややかでありながらも恋に盲目な悠希の言葉に、大して説得力はない。大和が溜息を吐く。
「わかったよ……まあ、そういうことなら俺も乗った。俺だって桜花のメンバーなんだからな。やるときゃやるよ」
「ありがとう、大和、悠希。真も言ったとおり、これはあくまで調査で、無理はしないって約束する。二度と、俺の勝手で危険は招かない……もしも、またそういう状況に陥ったら、俺の事は見捨てて逃げてくれていいから」
「アホなこと言うなよ。そんなことしちゃうわけないだろ」
昼食を終えて、桜花の一行はさっそくスザク方面へ出掛けた。アオガキ川沿いを上流へ向けて遡ると、彼方に市営環状線のスザク駅が見えてくる。その少し手前に見える三階建ての煉瓦建築がスザク拘置所だ。十三年前に瑞穂の父、秋津叢雲は他の六名の受刑者とともに、ここで絞首刑に処された。その後もOGPによって、二級、三級と分けられた、所謂戦犯達が、今も収容され続けている。
スザク駅の手前には、古びた拘置所などよりずっと大きく近代的なビルが建っており、そこへはいつ見ても人々の出入りが絶えない。駅から直通の歩道で連結しているビルの入り口には、売り出しを伝えるカラフルな幟が鮮やかに風でたなびいている。
吹き抜けの中庭を通過して、一行は『マルネイストア』へ入った。
「こんなところに来てブトウレンの事務所なんてわかっちゃうのかね」
真と並んで歩く瑞穂のすぐ後ろから悠希が、それよりもまだ遅れて大和が続いて歩きながら言った。いかにも気乗りはしないといった気持ちが、声と動作へありありと表れている。
「いちおう、ここマルネイストアはブトウレン系のスーパーですから。……そろそろ揚げ物が入れ替わる時間ですね。昼までの惣菜が二十パーセントオフになります」
「いや、揚げ物関係ねえから……つうか、さっき惣菜コーナー行ってたんだろ? そういや、うっかり聞き流しちゃってたけど、惣菜コーナーで休憩してたって、どうしてそのシチュエーションのセレクトなんだよ」
「スーパーだったら冷房が入ってますし、お昼時なら出来たてが試食出来るじゃないですか」
「どこまでも貧乏臭いなあ、お前はさぁ……。しっかし、本当にいつ来てもここは繁盛してるよなあ。マルネイのせいで古い商店が潰れたとか、消費期限切れのモンや傷んだ食品置いてるとか、ロクな噂聞かねえってのに、……きわめつけが、バックがアグリア人マフィアだぜ? なんでこんな客多いんだ……やんなっちゃうよな」
「そりゃあ、安いからに決まってるじゃありませんか。低価格より高品質を求めていられるのは、ごく一部の富裕層だけです。生きて行く為にどうしようもないことってあるもんですよ。……さて、この階段を降りて地下駐車場へ行けば、従業員通用口があります。そこで悪そうなアグリア人を見付けて尾行すれば、ブトウレンの事務所がわかるかも知れません。もしくは、六階の一ディールショップで双眼鏡を買って屋上へ行き、ブトウレンの事務所を見付けたり、アグリア人とアルシオン兵が接触している場所を探して行ってみるという手もあります」
買い物客が多く出入りしている食品売り場の入り口で立ち止まり、悠希は誇らしげに選択肢を提示してみせた。
「すごく自信持って言ってくれたけど、どっちも滅茶苦茶、無駄骨に終わっちゃいそうじゃねえか。……っていうかよ、双眼鏡が一ディールショップで売ってるわけねえだろうよ」
「そうでもないですよ。最近の一ディールショップって本当に何でも扱ってるし、双眼鏡もコンパクトサイズで安いのが出回ってますから、若干性能に目を瞑れば格安で手に入るものです」
溜息を吐く大和に悠希が自信を持って説明した。
双眼鏡はともかくとして、たしかに悠希の提案は少々効率が悪いように瑞穂も感じる。ブトウレンはあくまでマルネイストアの経営母体であって、構成員はスーパーの従業員ではない。となると、従業員入り口をいつブトウレンの関係者が通過するのかもわからないし、何日も張り込みのような真似をしていたら、逆に自分達が怪しまれる可能性もあるだろう。双眼鏡で屋上からブトウレンの事務所を見付けるという方法も、気が遠くなりそうだった。
「なんつうか、やりかたがいかにもアナログなんだよなあ……たとえば、ネットを利用するとかさあ……」
「坊やって本当に今ドキの子供ですね。なんでもネットが情報与えてくれるっていう安易な考え方が、ついていけません」
「二歳しか変わんねーだろうが。お前こそ、ギリギリ十代のくせに、どうしてそうオバチャンくさいんだよ、タイムセールとかさあ」
「どこのタイムセールが年齢制限設けてるっていうんですか。」
「ああ、もう……こんなところでやめて。どうしてあんた達はそう、いつでもどこでも賑やかなのかしらね……。たしかに、大和が言う通り、事務所を探すっていうだけならインターネット検索でもいいかもしれない。でも、目的はアルシオン兵との接触でしょ? そんな表向きの住所で裏取引が行われてるとは考えにくい。しかもアグリア人とアルシオン人は、外見も全然違うのだから、人目につく場所で接触してることすら考えにくいでしょうね。ここは悠希が正しいと私も思う」
真に加勢されて、悠希が得意そうに胸を張る。
「そういうことです」
「本当かよ……お前は単純に、ネットの活用を思いつかなかっただけだろうに」
大和が胡散臭そうに悠希の顔を見おろした。
「いっそのことチーセダの事務所に当たってみるっていうのはどうかな。あそこは一応、ブトウレンの下部組織だし、ひょっとしたらそっちにアルシオン兵が出入りしてないとも限らない」
瑞穂がその名前を出した途端、三人の表情が曇った。
「いや、ちょっとそれは……」
大和が目元を歪めて言葉を濁した。女二人は黙っていたが嫌がっているであろうことは、確認するまでもない気がした。瑞穂も早々に諦めて意見を取り下げる。夏月がチーセダの事務所付近で暴行を受けた直後に、直接現場へ押しかけることには抵抗があって当然だろう。張り込むだけだと主張しても、同意が得られそうにない。
「とりあえず、双眼鏡を買って屋上に上がってみる? この辺りを展望するなら、確かにここはうってつけだと思うから」
「まあ、それもそうだなあ……」
大和も納得し、一行はエレベーターで六階へ上がった。
一ディールショップではさすがに双眼鏡まで売っておらず、隣の文具店でデジタルズームオン十五倍3D録画対応光学式手ブレ補正機能暗視スコープ付きという、高機能双眼鏡をセレブ出身の真がポンと購入して三人を唖然とさせた。
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