六階から階段を使い、屋上庭園という白い矢印に従って進む。
「売り場はスーパーになって随分と改装されたけど、ここは屋上遊園地の頃から殆ど変わりがないのね」
 自販機とベンチだけが並ぶ、薄暗いシンプルな踊り場を歩きながら真が言う。
「屋上遊園地って、なんだそりゃ?」
「懐かしいですね屋上遊園地、小春園でもよく来てましたよ! マルネイストアが入る前、ここは『さくら大吉』っていうデパートが入ってたんです。当時は屋上遊園地があって、まあ遊園地って言ってもメリーゴーラウンドの他は滑り台やブランコ、あとは人工芝の広場に子供が遊べるボールや縄跳びが置いてあるだけの、簡単な設備だったんですけど、メリーゴーラウンド以外はお金がかからないから、結構賑わっていたものです。ときどき、キスミルショーとか移動動物園が来てたり……ああ、お金を入れて動く、バンビやウサギの乗り物もそういえばありました」
 悠希が当時に思いを馳せるような顔をして語るが、聞いている大和はピンと来ないようだった。
「キスミルショーって何だ?」
「キスミルはキスミルです。坊やはそんなことも知らないんですか? ……ああ、なんにもなくなっちゃってますね。うわ、結構風が強い……」
 引き戸をスライドさせた真に続いて屋上へ足を踏み出した悠希は、途端に暴れ出す茶色く長い髪を手で押さえながら顔を顰めた。
「なあ、キスミルって何?」
 まだ腑に落ちない顔をして、大和が後ろを歩く瑞穂に同じ質問をする。
「遊撃戦隊キスミルエンジェルのことじゃない? 昔やってた女の子用の日曜アニメの」
 回答をしたものの、瑞穂もよくは知らない。女児向けテレビ番組に一人っ子の大和が昏いのは当然だろうが、キスミルは秋津家で唯一の若い女性である月読が、少女用アニメを見ていたであろう時代とも大きく隔たりがある。
「ここって、こんな狭かったんだ……」
 そう言って手摺りに手を置こうとした悠希は、一瞬顔を顰める。細い指先には茶色い鉄錆が付着していた。ザラついた感触に吃驚したのであろう。
 真は悠希の隣に並ぶと、買ってきたばかりの双眼鏡を開封して、さっそく観察を始めた。方角から言えば、おそらくアオガキ川の流れや、もっと向こうにある筈のマホロバ駅周辺が見えるかも知れないが、どこまで見えるのかは疑問だ。十五倍デジタルズームというスペックがどの程度のものなのか、瑞穂には想像もつかなかった。
「お前の兄貴の事務所って、こっちの方角だよな」
 真たちとは反対方向へ向きながら大和が言った。
 マルネイストアの正面玄関前から北西へ向けて緩やかにカーブしている市営環状線。その途中のどこかにあるヨミザカ駅から、歩いて五分程度の古い三階建てのビルが、S&Kプランニングだ。
 日が傾きかけたイザナギ市方向をぼんやりと眺めていると、視界に双眼鏡を構えた悠希が現われ、手摺りに沿ってカニ歩きをしながらゆっくりと移動していく。どうやら真から借りたようだ。
「あ、お前だけズルイだろ! 俺にも見せてくれよ、デジタルズーム十五倍!」
 大和が叫びながら手摺りに向かって走っていった。
「真さん、凄いですよこれ! 録画ってどのぐらい出来るんですか?」
「さあ、あとで説明書見てみるわ」
 真が首を捻る。
「マジかよ、録画しちゃってんの? なあ、俺にも貸してってば……」
「だめですよ、遊びじゃないんだから。ほうほう、ヨミザカ駅前商店街の屋根ってああいう模様になってるんですねえ、意外に可愛い」
「お前も絶対遊んでるだろ!」
 また大和と悠希が賑やかに騒ぎ始めて少々呆れ、瑞穂も目の前の手摺りに近づくと、下を覗き込んでみた。
「ここからじゃ、まるで入り口なんて見えないでしょ。手摺りを乗り越えたらなんとかなるかもしれないけど、たぶん警備員が飛んでくるしね」
 従業員通用口があるであろう通りが、立っている場所からでは死角になっていることに気付かされた瑞穂は、真の視線を追って背後を振り返る。ペントハウスになっている屋上出入り口のすぐ上は監視カメラが赤いライトを光らせ、自分達の方向を向いていた。
「なるほどね」
「とりあえずざっとスザク駅周辺の通りを確認してみたけど、この辺りにはアグリア人が出入りしてそうな建物なんてなさそう。……まあ、よく観察したわけじゃないけどね」
 溜息を吐きながら真が手摺りに肘をかける。
「せっかく双眼鏡まで買ったんだから、暫くはここへ、交替で足を運んでみてもいいんじゃない? 見回りのついでとかに……ん、あの二人どうかしたのかな」
 それまで以上に騒がしい他の仲間に気が付き、瑞穂は視線を向ける。双眼鏡は大和の手に渡っており、こちらを振り向いている悠希が大きく手を振って瑞穂達を呼んだ。
「おいおい、ちょっと来てみろよ!」
 大和も双眼鏡を構えたまま、真と瑞穂を呼び寄せた。
「どうかしたの?」
「ええと、坊やが見付けたんですけど、ちょっとあの辺り見て下さい。……ほら、双眼鏡を真さんに返すんです」
 大和から双眼鏡を受け取った真は、悠希が指差す方角に構えた。
「まず、線路ずーっと追ってヨミザカ駅見付けたら、赤い屋根のスタジアムまで戻してくれるか? スタジアムの手前に空き地があるだろ。そのすぐ隣にデカい車輛停まってんのわかる?」
「あれって……」
 レンズ越しに覗きこむ真の顔色が変わった。そして瑞穂の視線に気が付き、双眼鏡を手渡してくれる。瑞穂は大和の説明を思い出しながら景色を追い、その先に鋭角的なフォルムを持った装甲車を見付ける。
「Shaman2……? なんであんなのが……」
「それだけじゃねえぜ。Shaman2の向こうに見えてる、尖がった発射台はたぶんカチューシャSだろ。誰が何の為に、あんなとこへ軍用車輛並べちゃってんのかわかんねえけど、ひょっとしたらあそこが噂の武器庫なんじゃねえのか?」
「つまり、あそこに行けば例のアルシオン兵に会えるかもしれないってことですか?」
「いや、カチューシャSもShaman2もアルシオン製じゃない……おまけにロケットランチャーまで置いてる」
 土管の中へ無造作に並べられた筒状の火器を見付けて、瑞穂は双眼鏡を大和へ渡した。
「うっはー、マジかよ。あれってSRPGじゃねえの? やべぇ、初めて見ちゃった」
「おそらくブトウレンの武器保管庫かも知れないわね。それにしても随分無造作だわ……西湖ニットのときもそうだったけど」
「いやいや、そうでもないぜ。よく見りゃこの空き地、周りが鉄条網で囲まれてる。おそらくセンサー張り巡らしてるな。だが、乗り込むだけならなんとかなっちゃうぜ。カチューシャSの向こう側、鉄条網に隙間がある」
「センサーがあったら同じことだろ」
「乗り込んで一人がShaman2にエンジンかけてる間に、残りが武器掻き集めて載っける。あとはShaman2で鉄条網破って逃走しちゃえばいいんじゃん……なんてな。まあ、冗談だけど」
 ハハハハと乾いた笑いを漏らした直後に大和の顔が硬直した。瑞穂が真剣な表情で腕を組んでおり、真と悠希が非難めいた視線を大和へ送っていたからだ。
「その計画には穴があります。車にキーが差してあるとは思えません」
「ケーブルを結線すればエンジンを掛けられない事はない」
 悠希の指摘に瑞穂が応えた。
「あの映画とかでよくやってるヤツか……やれねえことはないだろうけど、そうそう上手くいかねえでしょ」
「貸して」
 大和の手から双眼鏡が真に渡る。
「見たところ監視は少なそうね。たぶんセンサーの位置はわかった。スタジアム側にある二カ所のゲートと、装甲車の対角線側にある鉄パイプ状の支柱に、それぞれ白いボックスが設置してあるから、あれがきっとそうだと思う。スタジアム側で私が車をぶつけて監視を引きつけてみる。その間にあんた達は乗り込んで、一人は装甲車のエンジンをかけて、二人が武器を集めるっていうのはどう?」
「おいおい、真マジかよ……。今は日が高いから監視がいないだけかもしれないぜ。っていうか、お前ら本気? 俺、冗談で言ったのよ? いやいや、やっぱヤバイでしょ、それは……」
「その役目はあたしが代わります。エンジンの配線を結線させることは、あたしには不可能ですが、車の運転ぐらいなら出来ますから。ここに理系だと仰る方がいるんですけど、そのヘタレ高校生は、言い出しっぺの癖にどうも乗り気じゃないみたいですし」
「わかったよ、わかったっての、やればいいんでしょ……もう、真に言われたら、すぐその気になっちゃうんだから」
 悠希に軽蔑の眼差しで見上げられて、大和が根をあげた。
「ありがとう悠希。でも、車のエンジンをかけるのは大和だとして、引きつける役目はやっぱり私が受け持つわ。……ああ、でも大和は免許ないわね」
「引きつけるのは俺がやるよ。だから、真が結線と装甲車の強奪を受け持って。その間に悠希と大和はできるだけ武器を集めてほしい」
「おい、瑞穂……大丈夫かよ」
「考えがある」


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