ひっそりと静まり返った深夜の廃工場へ、瑞穂は足音を忍ばせながら入った。見慣れぬ大きな黒い影に気が付いて歩みを止める。
「瑞穂、遅かったな」
 近付いてくる長身に一瞬怯み、瑞穂は身構えた。構わず彼は瑞穂の肩を引き寄せると、背後から腕を回し、胸の前で交差させてくる。
「大和……」
「心配した」
 触れられている辺りが気になって、手を押し退けようとしていた瑞穂は、細く消え入りそうなその声で考えを改める。骨ばった手の甲を上からそっと包むと、瑞穂は目の前にある物体を見上げた。
 積み上げられたパレットの山に、到底隠しきれない、発射台を載せたトラック。自走式多連装ロケット砲、カチューシャS。八本のガイドレールからロケット弾を連射すれば、チーセダどころか隣の木船スタジアムも含めて、辺り一帯を焼け野原にするぐらいの破壊力がある。木箱に収まっている長い包みが、おそらくロケット弾であろう……残念ながらここには二本しかないが、それだけでもよくぞあの短時間で手に入れてくれた。
 運転席と助手席には三本のSRPG-7とアサルトライフルのSAK-47が四丁、無造作に詰め込まれ、ガラスの抜けた窓からバレルやストックが飛び出していた。侵入時にバールか何かで壊そうとしたのか、ドアがデコボコと歪んでいる。上手く開けられず、結局ガラスを壊して侵入したのだろうか。
 真によると、瑞穂達がShaman2と間違えた装甲車は、マガリタ社のピックアップトラック、ハイロックスを改造した自作装甲車のようで、装甲板を張りめぐらせてある上に、全ての窓には金網が張ってあり、容易には侵入できなかったらしい。一方、目の前の物体も、正確にはカチューシャSもどきのテクニカルのようだ。土台になっている四トントラックには、メジャーな国産メーカーの型が古い車両が使われており、その上に多連装ロケット発射システムが塔載されている。しかし当面戦うには充分すぎる装備だろう。
 あの短時間でこれだけのものを仲間は手に入れてくれたのだ。
「なあ、なんですぐに戻って来なかったんだ?」
 拗ねているような声で大和が追及した。前に回された腕はそのままだ。耳のすぐ傍で聞かされる男の声に、瑞穂は心臓がドキリと跳ね上がった。
 それでなくても、大和が胸に当てている腕の微妙な圧力が、さきほどから気になって仕方がない。つい一時間ほど前、自らが受けた屈辱を嫌でも思い出してしまう。
 「電話で言ったでしょ……車をぶつけたから説明しに帰ってた。俺のじゃないし、謝っとかないと……」
 それもあった。車の名義は志貴だ。
 本当はただガレージへ入れて来ただけなので、この件は改めて本人へ謝りに行かないといけない。日頃使っていない車とはいえ、結構厄介になることは間違いない為、それでなくても瑞穂は気が重かった。
「服はどうしちゃったんだ?」
「あの格好で出てくるわけにいかないじゃない。それにちょっと破れてたから、着替えてきた。そっちも説明したでしょ」
「俺は直接聞いてない」
「真から聞かなかった? 謝んないといけないから、真に電話したんだよ。わかるでしょう?」
 説明しながら、瑞穂は顔が赤くなっていくのを止められなかった。辺りが暗くて本当によかったと思う。
「そうだろうけどさ……すごく、心配だったんだ。何かあったんじゃないかって……気が気じゃなくて」
 相変わらず拗ねているような口調で大和が言うと、そのまま首筋に顔を埋められた。
「心配かけて、ごめん。大丈夫だから」
 大和の手の甲をあやすように叩きながら、瑞穂は伝える。
「無事でよかった……」
「ありが……大和?」
 心配してくれた大和に礼を言いかけて、瑞穂は首を捻った。
 瑞穂が掌を重ねていない方の大和の手……交差の内側になっている、骨ばった左手が、瑞穂の二の腕から徐々に胴へと移動して、胸を覆ったままそこで止められた。瑞穂は激しく動揺する。それはつい先ほど、さんざんパジュに弄ばれた場所だ。ブラウスを引き裂かれ、剥き出しにされた部分をアグリア人の固く大きな掌が這いまわり、力任せに脂肪を揉みしだかれ、敏感になった乳首を吸い上げられた。
 怖気を催すほど屈辱的な行為にショックを受けた瑞穂は、自宅のガレージで暫く壊れた車の中にいた。動揺を鎮めないことには、とても仲間と顔を合わせられそうになかったのだ。
 凌辱を受けたに等しい服は、申し訳ないが処分した。真にはフェンスへぶつけたときに、衝撃が大きかったため、服が破れたと説明したが、そちらはそちらで、納得させるのに苦労した。
「やっぱり」
「……ちょっと、大和ッ?」
 右側の胸に置かれた大和の手が、ゆっくりと動き始める。形を確認するように円を描き、次に掬いあげてそれを揉まれた。
 瑞穂は慌てて止めようとしたが、抵抗を無視して大和は手を動かし続ける。
 「可笑しいと思った。服装のせいで女の子に見えるだけなら、胸まで膨らんでないもんな。最初は服の下に何か入れてるのかとも思ったけど本物っぽかったし。……でもさ、昔は一緒に風呂入ったりしただろ? 顔は可愛いのに、ちゃんと男のモンは付いてるから、ああ、瑞穂も男なんだって、見る度に俺は再確認したんだよね。なのに、いつの間に女になっちゃったの? まあ、似合ってるけどさ、この胸は一体どうしたの?」
「どうもしない……俺は男だって。いいから放してよっ……」
「普段はこんなゴツい生地のジャケットなんて着てるから、気が付かなかったんだな。……なるほど、これって胸を隠してたんだ? そんなに大きくはないけどさ、でもこれは、どう見てもおっぱいでしょ? こうすると……ほら、ちゃんと谷間が見えちゃうし」
 あきれるほど鮮やかな手付きで、胸元のファスナーを鳩尾まで下げられた。大和は左右の手で掬いあげるように乳房を押すと、ぐっと真中へ寄せてみせる。生地の間に艶めかしい胸の谷間がすっと出来上がったのが、瑞穂にも見えた。
「ば、馬鹿っ……やめてっ……嫌だって!」
 堪らず自分の身体から顔を背けると、今度はファスナーが全て開放された。
 大和は直に瑞穂の乳房に触れて、外側から内側へ、下から上へと円を描くように動かす。性感を呼び起こすような愛撫だ。激しい手の動きと、それによって思い知らされる、大和の劣情と征服欲。乳房とともに転がされる乳首が、徐々に芯を持って立ち上がっていくのがわかる。身体の奥へ熱が溜まり、覚えのある感覚となって瑞穂を襲った。同時にそれが、ドアを壊された志貴の車の中で、恐怖とともに自分が確かに味わった感覚だったと気が付き、打ちのめされる。
 好きでこんな身体になったわけではない。だが、それを言いだしたら、真だって同じことだ。五体満足であっただけ自分はましだろう。この身体を呪うことは、絶対にしてはならない。けれど、あのように性的に嬲られ、仲間にまで弄ばれることは、やはり屈辱だ。さらに許せないのは、そのように扱われて、快感を覚える己の破廉恥さだろう。
「下も見せてよ」
 ベルトが外される。下ろされたファスナーから、固くなった男の象徴が頭を擡げ、大和はそれに触れた。
「あぁ……ふっ」
 瑞穂は身を捩る。
「やっぱりペニスはあるよね。……でも、入れ物の胸だったら、もっと大きく強調しちゃうだろうし、どう見てもこっちも本物なんだよなあ。なんていうか、俺好みのちょっと垂れ気味の……」
「……なせよ、もう……んんっ」
 瑞穂は鼻をすすりあげ、身体を小さく震わせる。
「えっ……?」
 震えた幼馴染の細い声を聞いて、大和はギョッとしながら、漸く手を止めた。左手は乳房を持ちあげ、右手でペニスを握りしめたままの無体な体勢だ。
 瑞穂はずるずるとその場に崩れていき、大和は思わず手を放す。胸をはだけ、顔をグシャグシャに涙で濡らした哀れな姿で、アスファルトへペタリと座り込むと、瑞穂は両手で顔を覆って項垂れた。
「なんなんだよ……もう。なんでこんな……」
 震えた声で意味をなさない悪態をつきはじめる。
「瑞穂……な、泣いてるのか……? ……ごめん、悪かった……」
 想像しなかったらしい展開に大和が焦り、途端にオロオロとし始めた。
 ひとしきり嗚咽を漏らし、感情の昂りが落ち着いた瑞穂は、同時に濡らしていた下着の感覚に気が付く……男の方ではない、もっと奥がじんわりと湿っていた。
「…………ッ」
 堪らず顔を赤くして、ジャケットの裾を握りしめる。
「瑞穂……ごめんな……大丈夫か?」
 大和が心配そうに顔を覗きこんできたが、瑞穂の状態には気付いていないようだった。ひとまず服を整えて瑞穂は胸を隠す。
「なんでもない……びっくりさせて、ごめん」
「いや、俺こそ……いきなり、悪かった……」
「あのさ……黙ってたけど、俺、生まれたときからこういう身体なんだ……」
 瑞穂は漸く自分の肉体に秘められた真実を、目の前の幼馴染に説明した。
 二六七一年十一月、アルシオン軍はアオガキ市へ生物化学兵器のT弾を投下した。T弾に曝露した真は、左脚を失い義足の身となった。威力の強いT弾の衝撃で少なくないカミシロ人が不具者にされたが、当時胎児だった瑞穂も、ある意味その一人だったのだ。正確に言えば、妊娠初期だった瑞穂の母、秋津淡路が直接曝露して、胎児に影響が出た。これはT弾の特徴的な影響といえる。
 T弾に使用されている有害物質は、直接的には人体細胞を破壊して壊死させる。ミクロレベルで呼吸器などから取り入れた場合は、成人であればほぼ影響はないものの、乳幼児や胎児には深刻な後遺症となる。乳幼児なら重い内臓疾患や呼吸器疾患に。胎児の場合は外形的な異常者が数多く生まれた。手足の指の数が違ったり、双子の胴から下が癒着していたり……。もっとも多かった症例が、生殖機能の異常……半陰陽者の増殖である。瑞穂もその一人だった。
「つまり……その、瑞穂は生まれた時から、半分女だってこと?」
 おそるおそる大和に尋ねられ、瑞穂は頷いた。
「外形的には普通の男に見えたから、最初は母も取り上げた医師も気付かなかったらしい。けど、数年後、同時期に生まれた子にそういう影響があることがわかってから、うちにも通達が来た。そして大八島総合病院から検査の連絡が来て母と行ったら、両性具有だってことが判明した」
「大八島総合病院……ってことは、真は知ってるのか?」
 瑞穂が頷くと、大和は少し傷付いた顔を見せた。当然だろう。付き合いが新しい筈の真が知っているのに、ほとんど生まれた頃から、ずっと一緒に育っている彼が何も知らなかったのだ。申し訳なく思いつつ、瑞穂は話を続ける。
「ただ、そのときは他の男と見た目は殆ど変わらなかったし、俺は大して気にしてなかったんだ……まあ、お母さんは泣いてたみたいだけどさ。俺にはその理由も、よくわからなかった。……違いが出て来たのは中学に上がる頃からかな。他の男子と体力的な数値に差が付いて、……去年ぐらいから胸が膨らんできた。まあ、こうやって服で隠れる程度だけど、さすがに人前で着替えが出来なくなった」
 瑞穂は苦笑しながら己の掌をそこに当ててみる。
 裸を見たパジュは瑞穂を男だとは疑わなかった。瑞穂の乳房は、服でシルエットが隠せる程度とはいえ、それでも強靭な筋肉に覆われた男の胸とは明らかに違う。パジュに嬲られ、大和に愛撫されて赤く染まり、しこった乳首も女のものだ。うっすらとした脂肪に覆われ、ささやかな陰を弧に描きながら僅かに垂れさがり、薄茶色の乳輪とぷっくりとした粒が、その先端を飾っている。
 下半身はもっと異常だ。これもまた、ほっそりとした陰茎と小さな陰囊という、男としては随分貧弱な器官が前に位置しており、その奥には複雑な襞の真中にある亀裂と、内側はサーモンピンク色をした膣の入り口がある。胎内には、男女いずれとしても生殖行為を果たせる器官が備わっていた。
 女性器は生まれた時から存在したが、取り上げた医師も気付かなかったほど、幼少期まではピッタリと閉じていた。薄い切れ目でしかなかったものが、成長するにつれてそれらしく外見を変えていったのだ。その頃から瑞穂は、意識的に裸での過度な接触を避けていたため、単純な気質を持つ大和は、兄弟同然の付き合いであったにも拘わらず今まで騙されてくれていたのだろう。
「なるほどな……道理で最初に瑞穂を見たとき、女の子だと思っちゃった筈だ」
 懐かしむように目を細める大和を見て瑞穂は呆れた。
「大和が俺達と会ったのは、一歳か二歳の頃だよ。お前はオムツもとれてなかったでしょ」
 何を言っているのだと思う。そんな赤ん坊に男女の違いがわかるはずもない。
「それでも俺は瑞穂に一目惚れしちゃったんだぜ。何しろ俺は、生まれた時からずっと瑞穂の王子だったからなあ」
 瑞穂の肩を引き寄せるようにして大和が言った。幼少より幾度聞かされたかわからない彼の口癖は、いつしか口説き落とすような甘い響きを持つようになっていた。こうして久しぶりに聞くその言葉は、懐かしい日々と同じ無邪気さを感じさせる。だからこそ、瑞穂は憎まれ口を言いたくなった。
「お前は一体、何人に同じことを言ったと思ってるの?」
 言いながら身を捩って立ち上がろうとする。動いた瞬間、すっかり熱の収まった陰部の湿り気を思い出し、密かに瑞穂は焦った。あまり密着していると、いつか大和に知られそうだ。
 しかし立ち上がる前に再び長い腕に捕えられ、また前に回り込んだその手で後ろからしっかりと抱きしめられた。
「今は瑞穂だけだよ……信じて」
 耳元で囁かれ、瑞穂はドキリと胸が高鳴る。
「だったら、信じさせてよ……ちゃんと」
 大和の方へ顔を向けながら、震える声で弱々しい非難をする。振り返るのを待たれていたようなタイミングで、口唇を重ねられて瑞穂は目を見開いた。
「好きだよ……ずっと前から」
 もう一度キスをされた。回り込んでいた掌が、再びファスナーをおろし中へ入ってきたが、瑞穂はもう抵抗しなかった。素肌を直に愛撫される感覚へ再び性感を呼び起され、収まった筈の陰部が小さく水音を立てる。
 一旦口唇を放した大和は静かに笑うと、瑞穂の正面に回って、今度は深く口唇を重ねた。瑞穂はそっと目を閉じ、大和に身をゆだねる。


 ドゥーシェ軍流出品のデッキジャケットを背中に敷いて、全裸の身を横たえた瑞穂は、圧し掛かってくる引き締まった痩身の背中へ両腕を回して受け止めた。しつこく吸いつかれた乳首は固く立ち上がり、唾液に濡れそぼって光を反射させている。立ち上がらせたペニスは包皮からピンク色の頭を覗かせ、先端から雫を滴らせていたがまだ弾けてはいない。けっして薄くはない茂みを掻きわけて、骨ばった指先が、さらに陰毛を濡らして束になっている脚の間を探りあて、小さな袋の奥にある柔らかな部分に触れた。
「あぁ……ん」
 クチュリ、クチュリと音を鳴らして、大和は結ばれた裂け目を解こうとする。
「凄く濡れてる……いつからこんな状態なの?」
「知らない……はあ……んッ」
「知らない筈ないでしょ……中も熱くなってる。ひょっとして、俺におっぱい揉まれてたときから? まさか泣いてたとき、実は一度イッっちゃってたとか……」
 言い当てられて瑞穂は顔を真っ赤に染めたが、そうだとはとても認められなかった。
 口説き方も、セックスへの誘導も、言葉での嬲り方さえも、大和はとても巧みだ。その理由を考えると、瑞穂はこうしていてさえ言葉に出来ないほどの虚しさと悲しさを感じる。
 瑞穂はこれが、おそらくは初体験になる。自分でその場所を慰めたことは何度かあるが、人に触れられたり、あまつさえ受け入れたことは一度もない。相手が大和であったならと、何度夢に見たかわからないとはいえ、実際に行為へ及ぶとなると、恥ずかしいどころではない。
 何よりも、どうしても拭い去ることのできない違和感が瑞穂を苦しめた。自分はこのまま、女になるのだろうか……だが、こうして行為に疑問を感じる己の視点は、紛れもなく男なのだろう。女であれば、考えることすら必要がない筈だ。
「や、あっ、あっ……!」
 指の数を増やされ、深く侵入してくる。ペニスの先端を指の腹で回すように刺激され、瑞穂はかつて感じたことのない衝撃をその身に受けた。
「凄い締めつけだ……」
 熱に浮かされたような大和の声が耳元で響く。膝を立て、左右に押し広げられた腿の内側へ、濡れて昂った熱い物を押し当てられた。
「や…大和……?」
 初めて目にする、他人の勃起だった。寛げたブラックデニムの前立てから、それを取り出した大和は、反り返り、天を向いている成熟した性器に手を添え、自分で扱いてみせた。
 ペニスもそうだが、ベルトを緩め、ウエストを押し下げたグレイのボクサーショーツから黒々と見えている生い茂った陰毛も、かつて幼い頃に見た大和の身体とは、まるで別人のもののようだった。
 歳月の流れが瑞穂の身体を変えたように、大和もすっかり大人になっていたのだ。
「これだけ濡れてたら、大丈夫だよ」
 再び圧し掛かる大和は、自分の物に手を添え、瑞穂の秘部に先端を押し当てた。ビリッと走る痛み。裂かれる感触以上に、このまま女に変えられてしまう恐怖が瑞穂を襲っていた。
 大和のことは好きだ……けれど、自分は女になっていいのか……?
「あっ……ああっ……ったい……痛い……」
 メリメリと音を立てるようにして、内壁を傷つけられる。
 困惑が思慕を上回り痛覚を剥き出しにしていた。鉄錆の臭いが鼻に付き、焦燥感が大和に伝染する。
「瑞穂……もっと力抜いて……これじゃあ、俺も痛いって」
 その言い方は瑞穂を少なからず傷つけた。自分が気持ち良いなら、瑞穂の苦痛はどうでもよいみたいだ。
「大和……もうやめて……お願い……」
 血がどんどん流れて出ていく感覚があった。大和が腰を進める度、快感からではない体液が陰部から漏れ、摩擦とともに水音が聞こえる。立ちこめる鉄臭さは徐々に強くなっていた。ショックと痛みと混乱から、瑞穂は両手で顔を覆う。とめどなく涙が溢れてきた。
「畜生ッ……」
 吐き捨てるような言葉が聞こえ、不意に圧迫が消える。苛々とした大和の声にびっくりして指の間から目を覗かせると、整った顔立ちが茫然として、瑞穂の脚の間を眺めていた。視線に気が付いた大和が僅かに顔をあげ、瑞穂と目が合う。どこか青褪めたその表情が困惑したように視線をずらすと、そのまま立ち上がり、すっかり萎えた自分の物を拭って服を整えた。手に少なくない血液が付着して見える。
「大和……」
 声をかけるが、男は無言のまま立ち去って行った。
 どのぐらいの間そうしていただろうか。星の瞬きと、奪いたての鉄の塊。目に映るそれらが、視界の歪みとともに一度はぼやけ、また鮮明になる。
 涙が乾き、それでも脚の間を流れ出て行く不快感が一向に消えない。痛みと疲労を堪え瑞穂は地面に手を突くと、歯を食いしばって上半身を上げる。そして視線を下へ転じてみた。
 陰毛に埋没している貧弱なペニスと、大和に広げられたまま股間を見せている己の白い脚があり、その下にはすっかり皺になっているデッキジャケットが、アスファルトから柔らかな皮膚を守っていた。そこまでは、行為へ及ぶ前と同じだ。
 脚の間に指を触れながら覗きこんでみる。
「何だよ……これ……」
 つい先ほどまで、懸命に大和を受け入れようとしていた襞は血に染まり、未だに次々と血を垂れ流し続けていた。内腿は左右ともすっかり血に染まり、尻が触れているデッキジャケットはヌラヌラと光を反射させ、深刻とも思える出血の多さを示している。触れた指先から滴る血は長く糸を引いてポタポタと太腿の表面に赤い模様を描いていった。
「嘘だろ……」
 瑞穂は自分の身に起こった事が信じられず、両腕を抱えるようにして、その場へ蹲る。途端に腹痛が押し寄せてきた。
「痛い…痛いよ……畜生ッ……」
 再び視界が歪み、涙を流しながら、瑞穂は苦痛と混乱に耐えた。


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