「それを君が言うのか」
「どういう意味……」
「何もかも、君のせいじゃないか」
「俺のせい……?」
「……去年の秋ごろ、『彩』に現れた君を見た時、心臓がとまるかと思ったよ。どうしてあの女がここにいるんだってね」
「何を言ってんだよ……」
 広中が俺を見る。目を眇めた表情。
「君はつくづくお母さんそっくりだ。綺麗な容姿も、明るい笑顔も、思慮に欠ける浅はかな言動も……何もかもが魅力的で、許し難い」
「だから、あんたは……」
 俺は『彩』を最初に訪れた時のことを思い出した。
 広中は俺に視線を定め、直江に叩かれるまで、真正面から凍りついたように、俺を凝視していたのだ。それがあったから、俺はこの男を奇妙に感じ、間もなく霜月じゃないかと疑ったのだが、彼にしてみれば、自分の目の前で死んだ母そっくりな俺が現れて、死ぬほど驚いたということだ。
「約束した筈だ。……僕との秘密を共有すると。なのに、君はそれを破り、夏子ちゃんに明かしてしまった」
「秘密の……」
 秘密の共有。
 男同士の約束。
 意識が過ぎ去りし日々へ……引き戻されそうになる。
 広中が破顔した。
「仕方ないことだね……だって君は小さかったんだ。子供に口止めするなんて、土台無理だったんだよ。だから夏子ちゃんも、小さな子の言うことなんて本気にしちゃいけなかった……君がお父さんの性器に興味を示したり、5歳児が自分のモノを弄んでいたとしても、子供の遊びだと神経質になってはいけなかったんだ……けれど、夏子ちゃんはそうじゃなかった」
「な……んだとっ……!?」
 顔が一気に朱色へ染まるのが、自分でわかった。
 この男は何を言っている? 俺は一体……父や母の前で何を……!?
「君のお母さんはあまりに勘が鋭すぎた。仕事が仕事だったから、そういうことにも鼻が利いたのかもしれないね……。母親とはいえ、二十歳そこそこの女の子が、男に向かって平気で性的な言葉を大声で怒鳴り散らすなんて、想像を絶していたよ。聞いている僕の方が恥ずかしかった」
「てめぇ……俺に、一体何を……」
 母を貶められた怒りを露わすよりも先に、その言葉の裏に隠された、俺と霜月の間に交わされていたであろう出来事を想像して、俺はゾッとしていた。
 必死に考えた。同時に、思い出すのが怖かった……。
 木漏れ日の降り注ぐ、昼下がりの公園。

 秋彦……可愛いね。

 掠れた声で囁くように言った男。

 男同士の約束だよ。

「あの日の夕方、買い物に行った筈の夏子ちゃんがすぐにアパートへ戻って来たのは、偶然なんかじゃなかった。既に君との接触を禁じられていた僕が、彼女の目を盗んで家を訪ねるのを、夏子ちゃんは待っていたんだ。そして彼女は乗り込んで来た。……真っ最中にね」
「何をしていたんだ……俺とあんたは」
 声が震える。
「いつものことだよ。ほしいっていうから、僕は君を気持ちよくしてあげていたのさ」
「気持ち……よくって……」
 背筋に悪寒が走り抜けた。
 閉ざされていた記憶の扉が次々と開かれて行く。決壊したダムのように、俺の頭の中は鮮明な映像が溢れだし、古い記憶が氾濫を起こした。
 広中が俺の疑問に応えることはなかったが、説明はもう必要なかった。俺はこの男に……身体を触らせていた。

 04