『呪縛の桜花』(番外編):パジュ視点

  目を覚ましたとき、自分を覗きこんでいたのは、12年前、共に故郷を逃れてきた幼馴染の顔だった。ぼんやりとしている意識のまま、見慣れぬ部屋を見回し起きようとすると、途端に全身へ鈍い痛みを覚えて顔を顰める。
「パジュ、無理しちゃ駄目……」
  幼馴染が心配そうに手を伸ばし、細い身体で大きな自分の体重を支えながら、ベッドへ戻された。
「なんでお前がここにいるんだ?」
  問いかけると幼馴染は、アグリア人にしてはこぎれいに纏まった顔をクシャッと歪める。
  笑っているのか泣きそうになっているのかわからない表情を見せられて、パジュは怪我のせいではなく胸が痛んだ……久しぶりに見る、それでいてもう見たくはないと思っていた顔だ。自分がそんな表情を彼女にさせたことが許せなかった。
  幼馴染のムンファは小首を傾げる。シーツから出ていた手を握り返された。女らしく細い指が、太く毛深い己のものと絡み合い、優しく掌が重なった。
「いいから、今はゆっくり休むの……」
  回答にもならない返事を返され、するりと手を離される。
  ムンファは寝台の傍に寄せられていた木製の小さなスツールから立ちあがり、部屋を出て行く。 その頼りない後ろ姿を、パジュは苦々しい想いで見つめた。
  腰まで背中を露出した、白く薄い素材のワンピース。 短いスカートからは、ムンファの綺麗な脚が伸びており、結いあげた茶色い髪の毛先は、色気のある項に垂れさがっている。 何処へ何をしに行くのかは問うまでもない。
  こんなことをさせるために、彼女を連れ出したわけではなかった。 ただ、男の欲望で嬲り物にされ、涙を流す幼馴染をこれ以上見たくはなかっただけだ。

  パジュ……助けて。

  あの夜、か細い声で自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。 奪ったばかりのSAK−47を片手に、飛び込んだ扉の向こうでは、見慣れた赤い靴とソックスを履いた脚を投げ出し、傷んだ床にムンファが横たわっていた。 小さな身体の上に圧し掛かっていたのは、彼女の父親だ。
  その後、起きたことをパジュはよく覚えていない。 滅茶苦茶な言葉を叫びながら、男に体当たりをし、すぐにやり返されあちこち怪我をした。 気が付けば自分は部屋の片隅で倒れていた。

  パジュ、大丈夫……?

  そしてムンファは今と同じように、まだ小さかった自分を上から覗きこんでいたのだ。 身体を起こされ、2歳年上のムンファに支えられながら、粗末な彼女の家を出る。
  振り返ると、台所の真中で血塗れの男が倒れていた。 自分が殺めたのか、それともムンファが尊属殺人をしたのか、或いはただの事故かはわからない。

  この銃どうしたの?

  シリウスから手に入れたんだ。

  盗んだの?

  ……とにかく町を出よう、ムンファ。俺と一緒に逃げるんだ。

  うん……。

  当時はまだ自分よりも大きかったムンファの手を強く握ると、パジュは大通りへ出た。
  シリウスは町一番の権力者だ。 パジュはシリウスの屋敷で犬の世話をしていた。 利発でよく気が利くパジュは、子供好きの主人に気に入られており、何人かいた少年達のうち、自分だけが、ときどき部屋に呼ばれた。 話し相手をしながら、身体をまさぐる手に、親愛を示す以外の意味があったと気が付いたのは、つい最近だ。
  そしてこの日、パジュは主人の寝室からSAK−47を盗み出し、裸のまま屋敷を飛び出した。 予め犬小屋の陰に用意しておいた着替えを身に付け、その足で幼馴染の家を訪ねた。 そして目にした光景が、先ほどのものだったのだ。

  そっちは駄目……たぶん、追手が来てる。

  駅へ向かおうとしたパジュの手を、ムンファは強く引きとめた。 迷路のような路地へ入り、間もなく彼女の警告が正しかったことを知る。 暗い深夜の裏通りから垣間見える駅前には、何台もの黒いドゥーシェ製のセダンが停車している……田舎町でそれだけの高級車を所有しているのはシリウス一家だけだ。
  路地を使って隣町を目指し、その後は線路を伝って何処までも歩き続けた。 始発が走る時間になると電車に乗り込み、セイマ港を目指す。 そしてシリウスから銃と共に奪った金を全て船長に差し出すと、貨物船に乗り込み、カミシロを目指した。
  あれから12年……。

  今でも当時の判断が間違っていたとは思わない。 あのまま故郷にいたら、自分もムンファも、今以上の幸せが得られたとは思えない。
「幸せ……か……」
  決死の脱出をしてカミシロにやって来た二人は、果たして今、幸せと言える生活をしているだろうか。
  そもそも幸せとは何だろう。 貧民街に生まれ、碌な教育も受けられないまま、大人の顔色を窺いながら生きてきて、信じていた保護者……それも老人の域にさしかかっている男を相手に、初めての性行為を強要されたパジュに、人並みで文化的な生活のなんたるかなどわかる筈がない。 ムンファとて同じようなものだ。
  間もなくムンファの協力で童貞は捨てたが、カミシロへやってきたところで、先に町を牛耳っていた同胞達や、政治力と武力を背景に持つアルシオン兵達の食い物にされる人生は、パジュから夢や希望、そして無垢な精神を奪った。
  なにより、生きて行く為には金が必要だ。 密入国してすぐにSAK−47を手放し得た金は1週間も持たず、スリや万引きで生活を続けるにも無理がある。
  街娼に誘われるまま、ムンファが売春婦へ身を落とすまでには、大して時間がかからなかった。 そしてパジュもまた、町で最大を誇るアグリア人マフィアの男に誘われ囲われる……そこには故郷と大して変わらない生活が待っていた。 だが、間もなく成長期がやって来て、自分を囲った男よりも上背が勝るようになると、今度は用心棒に転身した。
  徐々に知恵と力を身につけ、組織でのし上がる。 やがて同郷であるリモンやダークと知り合い、パジュはターリーチーセダのリーダーとして君臨して、今度は仲間を率いる立場になった。
「あいつら、もう生きていないだろうなあ……」
  パジュは仲間の顔を、ひとつひとつ思い浮かべた。
  ターリーチーセダとは、故郷に流れる川の名前でもある。 黄金の川という意味で、黄土色に濁っている貴重な水源のことを、皮肉と尊敬を込めて人々はそう読んだ。
  ターリーチーセダはマホロバの街で恐れられ、忌み嫌われる存在となった。 この街で誰も自分達を止める者はいない……少なくともあのときまで、パジュはそう信じていた。 邪魔者は力で捩じ伏せ、そそられる相手がいれば、男だろうが女だろうが、その場で組み伏せ貫いてきた。 ……かつて自分を嬲り者にし、ムンファを凌辱していた大人達から逃れる為に、決死の覚悟で故郷を捨てた彼は、気が付けば彼らと同じようなことをしていたのだ。
  そしてあるとき、パジュは廃工場前の河川敷で、男でも女でもない若く美しいカミシロ人を犯した。 相手は自分達から武器や武装トラックを奪った、カミシロ人グループ『桜花』のリーダーだった。
  てっきり勝気な女リーダーだと思っていた相手は、脱がせてみると、少女のように小ぶりな乳房を持つ華奢な肢体に、経験を感じさせない包茎気味の小さなペニスがついていた。 さらに黒い茂みの奥には、愛らしい陰囊と未開通に近い綺麗な女性器もあった。 パジュ達は7人でその両性具有を順番に犯した。
  引っ越しした自分達の武器庫へ、再び桜花のリーダー、瑞穂が、それも単身で乗り込んできたときは、まさに飛んで火にいる夏の虫といった心境だった。
  瑞穂を捕え、裸にし、今度こそ明らかに未開通だったその後孔を犯した記憶は、今思い出しても勃起しそうなほどの快感だ。 真っ赤に充血した蜜壷をSAK−47の長い銃身で掻きまわしてやれば、腰を振りながら艶めかしい喘ぎ声を漏らし、鉄の筒に白く濁った粘液を滴らせる姿はあまりに扇情的だった。 いつかこの両性具有の腹を孕ませてやりたい……アグリア人とカミシロ人の両性具有によるハーフを、何人も産ませたい……そんな夢想をしながら、パジュは射精をした。
  そして両性具有の自警団リーダーの媚態に自分達が駐車場で溺れていた頃、スタジアム内を哨戒していた仲間達は、忍び込んで来たカミシロ人の武装組織『一心会』と戦闘に突入していた。

  よくあれだけ、ふざけた真似をしてくれたよね……

  突きつけられた銃口からは、両性具有の甘い性器の匂いが強く立ち上っていた……堪らず纏わり付いた粘液を味わうと、えもいわれぬ甘酸っぱさが舌先へ伝わり、しかし直後に意識を失った。


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