「なるほど、それじゃあお前はこの、日本人女流天才画家様のお供として、変態コラムニストホモ野郎のこの屋敷に馳せ参じたんだな。よし、完成だ・・・ミノリ女王様、薄汚いわたくしめが、丹精込めて作り上げました、花飾りにございます」 東洋人はウェイ・ヤンミンという名前であり、ミノリが言ったとおりに日本人もなければ、中国人や韓国人でもなく、本人によると中国系のアメリカ人ということであり、ロサンゼルス在住のフリージャーナリストだと自分を紹介した。
よれたジーンズで胡坐を掻いて、足元に花咲くアザミと黄色い野生ユリで器用にネックレスを作ると、俺と同業者のアヴリル・デエイェはそれを恭しくミノリへ献上してみせた。
「お前、いやらしいのか、メルヘンなのか、よくわからなくなっているぞ・・・そういうお前は、一体何の目的で、このリラダン邸にいるんだ?」
「ありがとう」
だが、意外にもミノリは花飾りを受け取り、機嫌良く首から垂らしていた。
花を喜ばない女はいないと言うが、どうやら本当のことらしい。
日頃はどれほど生意気で、化粧っ気がなくて、破れたTシャツ姿でシャンゼリゼを歩いていようが、ミノリも女の子ということなのだろう。
それにしても、よもやアヴリルに、こういう特技があるとは意外だった。
似合わないことこの上ない。
「そりゃあ俺は仕事で来たに決まっているさ」
「仕事ってことは、客でも運んで来たか」
つまりそれは、空港から誰かを乗せてきたということを意味している。
アヴリルに騙されて、料金をぼったくられた哀れな信者が、この屋敷にいるということだろうか・・・ここの連中の、世間知らずでひ弱そうな顔を見ていたら、誰がアヴリルに騙されていようとも、不思議はない気がするが。
「天才画家様のお抱え運転手だなんていう、大層な副業を俺は持っちゃいないからな。そりゃあ、空港からツーリストを運んで来たに決まっているさ」
「おいおい、ってことは、お前に騙された被害者がここにいるってことだろう。いいのか、こんなところで呑気に油なんか売っていて。邸の中で警察を呼ばれていても知らないぞ」
「それが、このお客様ってのが、いやに気前のいい東洋人でさ。俺が何も言わないのに、ポンと1000フランも出してくれて、こことパリ市内のホテルに連れて行ってくれって言われたんだよ」
「おいおい、客の方から言ってきたのかよ! どこのお人好しだ、俺にも紹介しろ。帰国の際には、俺がロワシーへ送っていく」
「遅かったな、残念ながら帰りも既に予約済みなんだ」
「いいさ、東洋人と言ったな。俺が誰だか突き止めてやる。それで帰りは俺が半額で受け持つと、耳打ちしてやるさ・・・いや、ちょっと待てよ」
東洋人だと?
「耳打ちとか絶対にやめておけよ、お前がやったら、変な風に誤解されるぞ」
「なあ、アヴリル・・・その東洋人ってのは、ひょっとして20代後半ぐらいの男で、やたらとゴツそうなカメラを持った、それなりに猥雑な野郎のことか。・・・猥雑ってのは、あくまでここに出入りをしている、ひ弱なお坊ちゃん達と比較してという意味だが」
「そうだな、耳打ちしてきたお前を、ちゃっかり口説いてホテルの部屋へ連れ込んでみたものの、コンドームを買いに走った階下の薬局で、見つけた強壮剤に目を輝かせて一緒にレジへ持って行き、メッシーヌ・ベルシーの若くて美しい学生アルバイト店員が、猫撫で声で上目づかいに話してくれた、新発売のドリンク剤について、商品説明を一生懸命に聞いているうちに、4時上がりだったその少年に誘われて、アパルトマンまでノコノコと付いて行き、そこで買ってきた商品を全て使い果たした後で、賢者タイムに、そもそもなぜ、その薬局に行ったのかを、必死になって思い出そうとするんじゃないかと、・・・そのぐらいのことは想像できる程度に、卑猥で雑な野郎なんだろうと、俺もそう思うぞ」
「猥雑の意味について、具体例を用いながら説明をしろと誰が言った・・・というより、それではあまりに俺が可哀相だろうが! いや、そもそも俺は野郎に誘われて、ホテルに行ったことなんか一度もないぞ!」
「警察に黙っていてやる代わりに、部屋に来いとか言われて、えらい目に遭わされたり、車でエッチなことされてんだろうなあ、お前はきっと」
「されてねえよっ! っていうか、ミノリの前で妙なことを言うな! ミノリも真面目な顔をして、ウンウン頷くんじゃない! 聞かなくていいから、そのお花を持ってあっちで遊んでいなさい!」
「ぼったくりタクシーの運転手にも、色々と苦労があるんだね・・・」
「まあ、危険込みの商売だからねえ」
「自業自得なんだと思うよ」
「仰る通りでございます・・・」
俺もアヴリルも、この言葉には項垂れざるをえなかった。
「・・・ところでだな、ピエール。俺は空港からここへ来る途中、車の中であの東洋人から、今夜この屋敷で起きるという、ちょっとばかし頭が狂った大騒ぎについて、色々と興味深い話を聞かせてもらったわけだが、そこから察するに、こちらの女流天才画家先生が絵を描いたっていう死体の少年は、その騒ぎの中で、ホモ教祖から凄い目に遭わされることになると思うぜ」
「どういうことだ?」
「まあ、細かい話を知りたいなら、直接本人に聞いてみるんだな」
そう言うと、アヴリルは顎でしゃくって、俺の背後を促した。
振り返ると、例の東洋人が俺に気が付いて、改めて挨拶をしてくれた。
フランス語は流暢で、聞いてみると1年間メッシーヌ・ベルシー大学でジャーナリズムに付いて勉強し、その後2年ほど香港系のマスメディアの現地通信員としてパリに住んでいたらしい。
ウェイは現在28歳で、アメリカと香港、そしてパリを行ったり来たりしているそうだ。
不意に日本語も話せるとウェイが言いだし、何やらミノリとも会話をしていたが、あとでミノリに聞くとほとんど会話らしきものは成立していなかったようだった。
ちなみに、犬を見ていますとか、寿司はマグロが好きですとか、ウェイが話した内容はそんな文章であり、だからミノリが犬と寿司が好きなのかと尋ねたが、返事はかえってこなかったそうだ。
この会話に関するウェイの意図も真相も、今もって謎のままだが、恐らく大した意味はないと思う。
要するに、すぐに使える日常会話100などと言ったタイトルを付けられている、安価な語学学習本には、実に汎用性のない文章が網羅されているものだが、ウェイが話した日本語は、おそらくこういった教材からの引用だったのではないか・・・。
まあ、そんなことはさておいて。
「復活祭について、知りたいっていうのは本当かい?」
屋敷から出て来たウェイは、ホテルへ戻る前に、寄ってほしいところが増えたと言って、アヴリルと交渉を始め、1分程度で話を付けると、次に俺の傍へやってきて、いきなりそう言った。
復活祭というのは、どうやらダミアンが言っていた、本日行われる大事な儀式のことらしかった。
「ああ。・・・ちょっとばかし、妙な具合に関わっちまってな。まあ、もう二度とここへ来ることはないと思うんだが、一応気にはなっている。それはそうと、なんでまた中国人のアンタが、わざわざこんなところへやって来たんだ。しかもここのぼったくり野郎に、随分と気前よく、タクシー料金を払っているそうじゃないか。俺ならその半額で空港まで送ってやるぞ」
「はははは・・・大金を払っているのは、それなりに理由があってのことなんだけどね。まあ、そこのところは深く追求されても、説明する気はないよ。・・・この屋敷へ顔を出している、アメリカ人留学生が、俺に電話をしてきたのは、ほんの3日前のことだ。彼は俺の後輩でもあって、現在はメッシーヌ・ベルシーに通っている。俺みたいな部外者が邸の中へ入れたのは、彼の仲介があってのことだが、それでも随分と警戒をされたよ。あんたは中へ入れたかい?」
「ああ。・・・実は俺も、ミノリの助手っていう嘘の肩書があって、そのお陰で入れたのかも知れないけどな。・・・普通は難しいものなのか?」
「普段ならそうでもないらしいけど、今日はね。・・・あんた、礼拝堂には入ったかい?」
「そういうもんが、地下にあるらしいな」
「その口ぶりじゃ、礼拝堂へはまだ入れてないんだな。・・・実は俺もだ。さすがにあそこは厳戒態勢みたいだな」
「おい、一体そこで何が行われるっていうんだ?」
ダミアンは大切な儀式だと言い、ルブールはその為に禊をするという。
ウェイが言うところの復活祭・・・何が復活するというのだろうか。
「ハレンチ極まりない、グロテスクな行為さ。何しろここの儀式そのものが、まるで乱交パーティーみたいなもんだからな。・・・あんた、そっちには出席したことあるのかい?」
「いや、ない。・・・俺やミノリは、ここの連中とは、まったく無関係なんだ」
そういうとウェイは猥雑な表情を、さらに意味ありげに目を細めて、にやりと笑った。
「そうかい・・・まあ、アンタが行ったりしたら、とんでもないことになるだろうからな。賢明だよ」
「どういう意味だ。・・・それに、乱交パーティーとさっき言ったな。ここの連中を見るかぎり、とてもそんなことをするような、下品な顔触れには見えないぞ。むしろ実直で真面目で、純粋で・・・」
「だからセックスしないのか? 違うだろう。純粋で真面目なヤツほど、ベッドの中では豹変するもんさ。・・・はっきり言おう。ここではハーブ系のドラッグが出回っている」
「ドラッグだと!?」
「あんた、邸の中で甘い香りに気付かなかったか? 入ったんなら、あれほど強く香っていたんだ・・・妙に思わなかったのか」
「いや、確かに甘い香りはした。だが、それは花のせいじゃないのか。・・・中は百合だのヒヤシンスだの藤だので、溢れ返っていたじゃないか」
「カモフラージュだよ。中で香が焚かれているのを、俺は確かに見てきた。そのポットの中にナチュラルハーブが混じっている。邸に入った人間は、誰もが皆あんたのようなことを思う。そして礼拝堂へ向かう通路で、徐々に香の量を強くしていくんだ。儀式へ向かう心の準備で神経は集中しているし、気分も高揚している。そこへハーブ系のドラッグが作用して、信者連中はすっかりハイになるというわけさ。これが連中の手なんだよ」
「ドラッグってのは確かに頂けないが・・・まあ、いかにもカルト集団がやりそうな手という気はするな。キリスト教を邪教呼ばわりするぐらいだから、碌な連中ではないんだろうよ」
それにハーブ系のドラッグというのも、法律上は微妙なものが多く、当局で規制が難しいと聞いている。
当然規制をすり抜けて出回っているものはもっと多いし、マリファナにしたところが、この国では小学生ですら、校門前でパカスカ吸っている始末だ。
一見、真面目そうな連中が、ドラッグパーティーをやっている点については、確かに驚かなくもないが、二十歳そこそこの若者が集まり、クスリをキメてセックスし捲っているのだと言われても、それがどうしたってなもんだろう。
俺の地元じゃ、そんな連中ばかりだったし、レイプや殺しがないだけましだろう。
それがわざわざ、アメリカから飛んでくるほどのことだろうか。
「教祖が死体とセックスすると聞かされても、あんたはそうやってスカした顔をしていられるのか?」
「なんだと・・・」
「哀れなシャルル・ヴァレリー君は、今夜信者の目の前で、ルブールに犯されるって言っているのさ」
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