俺はキリマンジャロで口を濡らし、昨日と今日で、知りえた限りの情報をアドルフへ提供した。
リラダンの屋敷で、遺体をこの目で見たこと。
リラダンとルブールとは同一人物であり、そこがカルト教団染みた集まりの拠点となっているらしいことと、恐らくはステファヌの兄貴が関わっている新興宗教とやらが、その組織である可能性が高いこと。
そして本日、屋敷の地下に作られた礼拝堂で儀式が行われるらしいということ。
「それで、帰りにばったりとアヴリルに会って、あいつが空港からフリージャーナリストだという中国人を運んできたんだが、その男から聞いたところによると・・・」
そこまで話しかけて、さすがに口籠る。
「何を聞いたんだ?」
「これは、嘘か本当か知らないし、さすがに俺も与太話じゃないかと思うんだが・・・」
「言いにくそうだな・・・ミノリの前だと、口にしにくい話題なのか?」
後半部分は、声を潜めて、俺の方へ顔を近づけながらアドルフが言った。
ミノリはというと、再びキッチンへ入り、勝手に食器棚を物色していた。
「いや、そんなことはない。ミノリも一緒に話を聞いていたぐらいだからな。・・・つまりだな、このカルト集団が儀式と称してドラッグパーティーをやっているらしいんだが」
「それは俺も、学生達から聞いたから、知っている」
「けどな・・・ウェイ・・・その中国人の名前だが、あいつが言うには、今夜、哀れなシャルル・ヴァレリー君は、信者の目の前で、ルブールに犯されると・・・そう言ったんだ」
「お前・・・それは、本当なのか・・・?」
「ああ。・・・いや、さすがに俺は死姦なんて、あり得ないと思うんだが・・・」
「死姦だと!? どういう意味だ、一体それは・・・ピエールもっとちゃんと、わかるように説明してくれ!」
それまでは疲れた顔をして、冷静に話を聞いていたアドルフが、突然目を見開き、声を高くして聞き返してきた。
「いや、だから・・・ミノリが描いた遺体の少年ってのは、もともとルブールと性交渉を持っていて・・・連中は、儀式と称して乱交パーティーをやっていたわけだろ。それだけでも充分俺には、頭がイカれた連中だと思うんだが、あの中国人にコンタクトをとってきた留学生っていうのが、この集団の仲間で、そいつが今夜の儀式で死姦が見られるから、参加しないかって知らせてくれたらしいんだけど・・・おい、一体アドルフどうしたんだよ、突然興奮したりして」
「要するに、その亡くなった少年の名前がシャルル・ヴァレリーって言うんだな? ・・・糞っ・・・なんてことだ!」
そう言って、アドルフは拳を机に叩きつけた。
部屋の隅でコーヒーを舐めていたモンブランが飛びあがり、廊下の向こうへ走って逃げて行く。
キッチンから顔を覗かせたミノリが、不安そうにこちらを見ていた。
「おじさんたち、また喧嘩してるの・・・?」
「大丈夫だミノリ。・・・少し冷静になれ、アドルフ。そしてわかるように説明してくれないか。お前はなぜ、そんなに怒っているんだ。そのシャルル・ヴァレリーという少年は、・・・お前にとって、そんなに大事な相手ということか?」
最後の質問を尋ねるのは、少しだけ勇気が要った。
そう感じてしまう、自分の心境の変化が可笑しくもあり、情けなくも感じられた。
しかし、ここまでその名前に反応を示し、アドルフの怒りを見せつけられた以上、もう疑わざるをえなかった。
「だから・・・さきほどから・・・数日前から、何度も言っている。シャルルだ・・・失踪中のステファヌの兄貴だ!」
「なんだと・・・いや、しかしそれは可笑しいだろ。俺も名前には少しひかかったが、ステファヌの姓はゾラだと、お前もついさっき・・・」
俺も確かに疑った。
遺体の少年は、ステファヌに似ていなくもなかったからだ。
だが・・・。
「ゾラっていうのは母方の名前だ。事情があって、ステファヌは・・・お前、さっきその話を、中国人から聞いたって言ってたな!?」
「ああ・・・なんでも、メッシーヌ・ベルシーの元留学生とかで、後輩のアメリカ人留学生から儀式のことを知らされたって・・・」
「どんな野郎だ、そいつは!?」
「年齢は多分、20代半ばぐらいで・・・」
俺が容姿を説明し始めると、アドルフは立ち上がり、大股で部屋を歩いて誰かに電話をかけた。
だが、ほんの数コールで受話器を叩きつけるようにして切る。
「繋がらないっ・・・!」
「アドルフ、今度は何の騒ぎだ? お前は何を知っているっていうんだ」
「説明はおいおいする。ピエール、そのホモ教祖の屋敷を知っているな? 今すぐ案内してくれ。ステファヌが野郎を殺しちまわないうちに」
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