「事故かよ、道理で全く動かないと思ったら・・・・ったく」
A7号線をパリへ向けて走っていた俺は、ハンドルから両手を放すと頭上で指を組み合わせ、ピタリと止まってしまった渋滞の列で大きく伸びをした。
20メートルほど前に見えている電光掲示板によると、リヨンとヴィエンヌの間でトレーラーが横転し、8台を巻き込む大きな事故が発生したらしく、随分と前から上り車線が数珠繋ぎ状態になっていた。
下の道を通るにしても、パリ近郊ならばともかく、まだリヨンも過ぎていない地点からでは、何時間かかるかわかったものではない。
第一このあたりの道は、よく知らない。
「おじさん、お腹空いた・・・」
隣でミノリがぐずりだした。
俺は決心すると、次の出口で車列を逸れて高速を降りることにした。
そこからさらにリヨン方面へ向けて走ってみたが、どんどんと田舎になっていく景色に危険を感じ、一軒のホテルを見つけると、結局諦めてエンジンを止める。
「今夜はここで一泊だな」
そう言って目を白黒とさせているミノリにも降りるように促すと、3階建ての屋敷へ入って行った。
入り口には『アスタルテ』とホテルの屋号が書いてある。
「ねえねえおじさん、ここどこ?」
後ろから荷物を抱えて付いて来るミノリが質問してきた。
「シャントルーヴだろ」
少なくとも、高速を降りるときの標識にはそう書いてあった。
そこからさらに、時速10〜20キロ前後でのろのろと・・・というよりも、うろうろと1時間ほど走ったかもしれないが、それなりに大きな村だとしたら、まだシャントルーヴだ。
「シャントルーヴってどこ?」
「オートリーヴとリヨンの間」
「広いじゃん!」
「そうだな。・・・すまんが、シングルを2部屋頼む」
落ち着いた色合いの照明が魅力あるロビーへ入ると、俺はまっすぐにフロントへ向かって、黒服を着た男にチェックインを求めた。
「生憎、今夜はダブルで一部屋しか空いておりません」
「なら、それでいい」
「お断り」
ほぼ同時に発言した俺とミノリは、カウンターの前で暫し睨み合った。
カウンターには赤いガラスのランプシェードが掛けられた照明が、ミノリのすぐ傍に置かれており、小さな彼女の顔と、見開かれた目がランプシェードと同じ色に染まっていた。
お陰でまるで怒っているように見える・・・いや、怒っているのかもしれない。
「レストランは何時まで開いている?」
「同じ部屋なんて絶対駄目!」
「あの・・・申し訳ございませんが、ディナーも30分前に終了しておりまして・・・この時間ですと、駅前ぐらいしかレストランも開いておりませんが、そちらも車で40分はかかってしまいます・・・」
相当な田舎に来たようだった。
「参ったな・・・この通り、連れが空腹で相当気が立っているらしいんだ。済まないがビスケットか何か持っていないかね」
「そんな話してない! 同じ部屋なんて駄目だったら駄目!」
結局ミノリがどうしても同室は嫌だというので、俺は傷付きながら別のホテルを当たることになった。
フロントの青年がすぐに何軒かの同業者へ電話をしてくれたが、どこも満室という返事だ。
「普段ならこのようなことは滅多にないのですが、どうやら高速で事故が起きたらしく、夜になってから駆けこまれるお客様が、随分といらっしゃったようでございますね。・・・昨晩のように、突然強い雨が降らないとも限りませんし、皆さん早めに宿泊をご決断されたのでしょう」
「この辺りは雨だったのか」
パリは綺麗な晴天だったというのに。
そういえばオートリーヴの理想宮が、付近の緑も活き活きとして、やけに美しかったことを思い出す。
前の晩に強い雨が降っていたのだとすれば、それで埃が洗い流されたせいかもしれない。
「ええ。この時期にはよくあることですよ。・・・もう少し当たってみますね」
「すまんな」
30代半ばから後半ぐらいに見える青年のスーツの、胸ポケットに取り付けられたプレートの名前は、ロジェ・ドークルと書かれていた。
肩書は支配人のようである。
若く見えるのに、大したものだった。
ドークルに場所を教えてもらって、俺も公衆電話からアドルフに連絡を取ってみることにした。
アヴィニヨンに住んでいるという彼の従兄、ギーはアドルフとよく声が似ているらしく、最初に電話へ出てくれた彼を本人と間違えてしまい、俺は事の経緯から始まって、傍でミノリが腹を空かせてぐずり始めているという話まで洗いざらい話してしまった。
ひとしきり俺の話を聞いたギーがアドルフと変わってくれたのは、俺が話し始めて10分以上も経過してからのこと。
電話に出たアドルフはこう言った。
「ギーから聞いたが、いつからミノリはお前の愛人の少年になっていて、旅目的が二人で愛の逃避行に変わっていたんだ」
「どうしてそういう解釈になる」
さすがアドルフの従兄というだけあって、ギー・フルニレとやらも、並の感覚の持ち主ではなさそうだった。
俺は改めてアドルフに状況を説明した。
だが、事前にギーへ説明していたことが功を奏したらしく、俺がアドルフと話している間に、細君と付近のホテルを調べ上げてくれていたようだった。
しかし、残念ながら出て来た名前は最前、フロントでドークルが連絡を取ってくれていたものばかりだった。
「また何か進展があれば連絡する。暫くはそのホテルにいるだろう?」
「ああ、頼む」
04
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