レストラン側の扉から庭へ出ると、茂みの合間にキラキラと輝く一角が見える。
「あ、ひょっとしてあそこじゃない?」
「おいこら、ミノリ・・・」
止める間もなく、画材道具を抱えたミノリが駆けだしていく。
その後を追いかける、俺とアドルフ。
昨夜はホテルから墓地はまったく見えないものと思っていたが、モザイク小屋は意外なほど近くにあった。
赤、青、緑・・・色とりどりのガラスの破片が、建物の壁面や屋根を覆い尽くしている。
近づいてみると、それはガラス食器の底であったり、瓶の口であったり、ワインのラベルがまだ付いているものであったりと様々で、形も色もバラバラだ。
それらが手当たり次第に、セメントの壁面へ張りつけられている。
モザイクで大聖堂や名画を再現している、シャルトルのピカシェットの家と比較すると、芸術性という観点からは劣るだろうが、太陽の下で陽光を乱反射させる、カラフルなその煌めきは、鏤めた宝石を思い起こさせる魅力がある。
夏の強い日差しを浴びて、光を放つ無数のガラスの破片が、何の目的で建てられ、あるいは元々ここにあったこの小屋を飾ったのかはわからない。
しかしこれらの廃ガラス達は、その作り手によって、新たな息を吹き込まれたといえるだろう。
建物自体はシンプルで、玄関ポーチと窓が一つあるだけだ。
外から見たところ、外観の美しさ以外には大して見るべきところもないように感じられるこの建物の周りを、ミノリがカメラを構えて行ったり来たりし始めた。
アドルフは玄関前に立って、扉と背後の墓場を見比べると、ひとりで何事かを納得したように首を3回縦に振っている。
俺はジタンに火をつけると一服煙を吐き出して、周囲をゆっくりと歩いてみた。
シャントルーヴ墓地は傾斜地に建てられているらしく、この小屋を頂上として緩やかな坂になっていた。
こちら側の境界線は、この小屋のすぐ後ろのようであり、その向こうには緑豊かな木立があって、集合住宅地帯に隣接している。
そのせいもあるのだろうか、土曜日とあって、午前中から人出は結構多い。
大半は年寄りたちだ。
モザイク小屋からまっすぐに伸びている坂道を降りて行った先には、黒い鉄製のゲートが見える。
両脇に白い石造りの天使たちが並んでいるところを見ると、そこが昨夜、知らぬ間に通った正門なのだろう。
門からは、ちょうど10名程度の一団が、花を抱えて入って来るところである。
命日の墓参りにやってき来た親戚一同か、それともたった今正門前を通り過ぎて行った巡回バスに、たまたま乗り合わせていた赤の他人たちなのか。
区画ごとにそのグループから、一人、また一人と離れて行ったことで、その疑問の答えは出た。
不意に近くで、油の切れかけた蝶番が軋むような音がする。
聞こえてきた方向を見ると、ドアノブに手をかけたアドルフが眉を顰めて、わざとらしいほど大きなゼスチャーで溜息を吐いていた。
小屋に近づき、ちょうど俺の真後ろにあった窓から中を覗いてみると、その理由が納得できた。
「こりゃ、ひでえな」
どこからから吹き込んだのであろう、木の葉に小枝、誰が持ちこんだものやらビールの空き缶に古新聞・・・それらが雨水に濡れ、目に余る惨状といった有り様で、打ち捨てられていた。
恐らくは誰かの善意で置かれたのであろう、テーブルやベンチも、これでは台無しである。
「マナーの悪い利用者がいるのか・・・あるいは、先日の嵐のさいに窓から吹き込んだのかもしれないな。この辺りは結構被害があったと、レストランでも言っていた」
アドルフが言って、周囲へ目を向けてみると、すぐ近くに水場があって、その隣の屑籠が花を包んでいたのであろう新聞紙で一杯になっていた。
ビールはおそらく、酒好きな故人のために、誰かがプルタブを開けて備えて行ったものだろう。
墓石の前には結構、ビールやワインとともに、シャントルーヴガラス製のコップが置かれていた。
あるいは、本当に周囲の迷惑を心得ない不届き物が、バスが来るまでの時間を、ここで新聞を読み、ビールを呑みながら過ごして、そのまま放置していったのかもしれないが。
いずれにしろ、せっかく出入り自由になっているというのに、これでは中に入れたものではなかった。
やむを得ず、強い日差しを小屋の庇や木陰でやり過ごしながら、ミノリのデッサンが終わるのを待って、ホテルへ戻ることになった。
レストランのクロークへ荷物を預けていたアドルフと途中で別れ、駐車場へ直接出るために、ミノリを連れて正門へ向かう。

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