「信じ難い話だな・・・あのドークルという男は確かに色々と胡散臭いところはあったが、けして誰かに乱暴を振るうようには見えなかった。カレの話では、寧ろ学校で苛められていたと聞いたが」
アドルフが言った。
俺もその意見には賛同する。
薄気味悪いところはあったが、暴力を振るうタイプではない。
「ねえラスネールさん、兄の人形はご覧になりましたか?」
俺はギョッとした。
エリファは自分に似せられたラブドールの存在を知っているのだ。
「あ・・・ああ、ええと・・・まあ」
殆ど血が繋がっている兄が、自分に似せたセックスドールを使っているというのは一体どういう気分なのだろうか。
「見てしまったんですよ・・・兄があの人形としているところを」
「そりゃ・・・なんというか、ショックだろうな」
相手は人形であるだけでなく、自分そっくりなのだ。
兄貴が自分に対して、そんな欲望を抱いていると知れば、人間不信に陥っても仕方がない。
「おいちょっとまて・・・その人形ってのはまさか、お前が言っていた例のアレの話か?」
「まさしく、相手に不自由している男が、金をかけて手っ取り早く、自由になるパートナーを手にするための、例のアレのことだ」
「それって所謂ダッチ・・・」
「ミノリ、そろそろ向かいのカフェがケーキ食べ放題を始める時間だぞ」
アドルフが100フラン紙幣を渡してやりながら教えてやると、ミノリは嬉々としながら部屋を出て行った。
「たびたびすまんな」
「貸したぶんはいずれ返してもらうから構わん」
きっちり請求するつもりらしかった。
「つまり、その人形が原因で兄貴と喧嘩になったと・・・」
俺が聞くと。
「そうですね・・・いえ、そのときは喧嘩というより、兄さんの方がすっかり動揺してしまって、気が付いたら僕はレオンのところにいました」
そうですね・・・。
一度肯定しかけて、エリファは話の方向性を修正しているように感じた。
或いはただの相槌のつもりだったのか。
それよりも、俺は思わぬ名前が出ていたことに気を取られた。
「おい、まさか・・・お前の男っていうのは、あの墓守人のことなのか!?」
レオン・・・・レオン・モーベール。
納骨堂の前で俺とミノリを咎めたて、さらにその夜、俺の部屋を覗いていた男。
ちょっと待て・・・そうなると、つまりあのときモーベールは・・・。
「やだ・・・ラスネールさん、レオンのことも知っているんですか? びっくりした・・・」
「まあ・・・その、ちょっとな」
本人からもお墨付きを頂いてしまった。
どうやら、あのとき俺達がしていたことを、自分の恋人に目撃されていたとは、気付いていないようだった。
これは、かなり不味い事態なのではないだろうか。
「つまり、お前にラブドールとのセックスを見られて動揺した兄貴は、お前に深い傷を負わせた上に昏倒させ、どういうわけか墓地管理人、モーベールの元で目が覚めたと・・・そういうことか」
アドルフが話を整理する。
「そうです。・・・もっとも最初僕は、兄がそういう人形を使っているとまでは気付かず、誰かを連れ込んでいるのだと勘違いして非難してしまったんですが。レオンは本当に親切で、両親の元へも帰れず、頼る相手のいない僕を誠心誠意看護してくれたうえに、そのまま僕を匿ってくれて、今もずっと彼の世話になっています」
ということは、エリファは兄貴の相手が、弟そっくりのセックスドールとまではわかっていなかったのに、ドークルが早合点してとんでもない怪我を負わせたということだ。
この事実をドークルは、果たして知ることなく、死んでしまったのだろうか・・・いや、もし知っていたら、自分の犯した罪にさらに苛まれたことになるだろう。
だから、知らないまま死んでいたほうがいい。
「お前は一体、いつから両親としっくりいってないんだ?」
アドルフが話を変える。
「11の時からです。といっても、家を出たのは5年前ですが」
「そんな前から家出しているのかよ!」
お墨付きの不良少年だった。
「ずっと親父に暴力を振るわれているのか? ・・・たしか、義理の親父だったな」
アドルフに言われてハッとした。
そういえば、カレの話ではそういうことである。
エリファとドークルは父親が同じで、母親が姉妹だ。
ということは、ドークルと離れて暮らしているエリファに父親がいるとしたら、血が繋がっていないことになるし、そもそもテオドール・ドークルは11年前に他界している。
二十歳そこそこにしか見えないエリファが10年以上前から父親に暴力を振るわれているとしたら、それは母親の再婚相手ということになる。
「要するにお前は、親父の暴力に耐えかねて、兄貴を頼って出て来たってわけか・・・?」
「まあ・・・そんなところです」
ところが、弟に歪んだ欲望を抱いていた兄貴は、よりにもよってラブドールとの性交を目撃されてしまい、気が動転して弟に手を掛けた・・・。
いや、これは下手をすると、ドークルは弟をレイプするつもりか、最悪殺すつもりだった可能性もある。
しかし、寸でのところで思いとどまったか、あるいはそこまでの勇気がなかったドークルは、人を凌辱、もしくは殺めるには至らず、幸いにしてモーベールの元へエリファの身柄が渡り保護された・・・そういうことだろう。
「なぜ、兄貴を非難したんだ?」
不意にアドルフが質問した。
「どういう意味だ?」
どの段階の、どういう理由からの質問か、俺は測りかねた。
「お前はさっき、兄貴が誰かを連れ込んでいると勘違いして、非難してしまったと言っただろう。それは何故だ」
そういえば、さきほどエリファはそう言っていた。
「まあ、そりゃあ自分が苦しんでいるときに、兄貴が誰かを連れ込んでお楽しみ中だったとわかりゃ、腹も立つんじゃねえの?」
俺は勝手に納得していたが。
「当たり前じゃないですかそんなの」
暗い声でエリファは言った。
「嫉妬か」
「アドルフ・・・?」
「いけませんか」
翡翠の瞳が、挑むような目付きでアドルフを見ていた。
それはあの夜俺を襲った、命を吹き込まれたラブドールそのものだった。

 05

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