「まったく、親父が来ているなら、前もってそう言えよな」
アザミを再び部屋へ招き入れながら、俺は頭を掻いた。
通りすがりに洗面所の鏡を覗いてみたが、即刻後悔した。
予想以上の男前っぷりで、恋人の父親と対面していたらしい。
・・・・・とりあえず、今日だけは恋人・・・そう呼んでも構わないよな。
「言おうとしたんだけど、ジョージが先々話を変えちゃうから、言い出せなかったんだよ・・・・おまけに、父さんの前で、ビルにレイプされた話なんて、喋ろうとするし・・・」
それでさっき、慌てて俺の口唇を塞いだりしたのか。
自分の息子がレイプされた話を聞かされるのと、目の前で男にキスをする場面を見せられるのは、果たして父親的にどちらがましなのだろうかと考えると、正直に言って微妙な気がする。
しかし、仮にあのとき掌で口唇を塞がれていたら、確かに不自然な光景で、余計に思わせぶりに見えただろう。
「ということは、その・・・お前の親父は、お前がビルにされたことを知らないのか?」
「もちろん、知ってるよ。だから警察から父さんに連絡が伝わって、暫く一緒に暮らしていたんだし・・・けど、改めてその話を蒸し返されるのは流石に・・・」
「ああ、それもそうだな・・・悪かった」
「いいえ。僕こそ・・・本当に余計な気ばかり遣わせて・・・」
「でさ・・・午後の便で出発するって言っていたが、何時頃ここを出たらいいんだ?」
「一旦ホテルに戻って、食事をしてから駅へ行くので・・・」
「朝飯かよ・・・それなら俺と一緒に食って、直接駅で合流すればいいだろうに」
「違うんです。・・・その、父の家族が一緒なもので」
「親父の女房とガキなのか。そんな連中と一緒だったら、尚さら一緒に、飯なんかする必要ないだろうに。畜生、ジョーンズって野郎も無神経だぜ・・・」
アザミが辛い思いをするだけだ。
「違うんです。僕が・・・お願いしたんです。自分のせいで、こうなったから・・・ちゃんと謝りたくて」
「アザミ、お前・・・」
けじめをつけたい、そういうことなのだ。
「ってことは、あんまり時間がないわけだな。ええと、ホテルはランガムだっけ?」
「はい、そうです」
「畜生、金に飽かせて贅沢してやがんな、さすがポール・ジョーンズだぜ。だったら、最悪7時ぐらいまでに出れば、なんとか間に合うか?」
「そんなもんですね」
現在6時42分。
こうして喋っている時間すらも惜しかった。
「わかった、こうなったら手加減している余裕もないから、覚悟しろよ。服も脱がしてやりたいところだが、セルフ・セービスでよろしく頼む」
「承知してますよ」
言うが早いか、俺とアザミはさっさとお互い裸になって、ベッドへ入った。
彼の口唇へ吸い付くようにキスをして、男であることの象徴へ手を伸ばす。
「あぁ・・・」
早くもそんな声が聞こえてきて、俺は相手から快感を引き出す手間が省けそうな安心と、彼がこういった行為に、慣れているらしいことを思い知らされた落胆を、同時に感じた。
後ろの穴も俺の指と舌で丁寧に解し、快感を高めてやりたいところだったが、本当に時間がなかった。
ペニスを握っていない方の手を尻へ伸ばし、肛門へ指を埋没させて、何度か出入りさせる。
アザミがきつく目を閉じた。
「ここは固いな・・・」
さすがにこのまま挿入というわけにはいかない。
不意に自分のペニスへひんやりとした感触が触り、それがアザミの指だと気が付く。
「ジョージ・・・」
俺の名前を呼びながら、纏わり付いた指がそれをしごき始めた。
すでに勃ちあがっていた物の、先端から先走りが滲み出て、溢れてきた滴を擦り付けるように、さらにアザミが刺激を加えてくる。
このままでは、すぐに射精しそうだった。
「こ・・・こら、やめろ・・・我慢できなく、なるだろ・・・!」
一度出してしまえば、次に勃起するまで、どのぐらい時間がかかるのかわからない。
その時間が惜しいというのに、無駄な射精は是非とも避けたかった。
「いいから、ジョージ・・・我慢なんて、しないで・・・もう、いいから・・・」
熱に浮かされたような言葉が、次々と可愛らしい口唇から零れ落ちてくる。
不意にアザミが起き上がり、体重を掛けて俺を後ろへ押し倒してきた。
「ア、アザミ・・・!?」
「もう、入れて・・・」
「おい・・・お前、何して・・・無理だって・・・」
彼の細い腰が俺を跨いだかと思うと、勃起に手を添え、自分の穴へと誘導した。
「んっ・・・つっ・・・」
アザミが辛そうに顔を顰める。
それでも、先程までほんの指1本しか、入らなかった筈のその場所は、先端の滑りと、アザミが上手く躰の力を抜いた為に、見る見る彼の体内へ飲み込まれていった。
俺の物が、強烈な圧迫と熱に包まれる。
「あ・・・ああっ・・・アザ・・・ミ・・・!」
まるで、躰じゅうが快感の渦に取り込まれたようだった。
「は・・・・ああん・・・はあ、はあ・・・」
躰を震わせながら、徐々にアザミが腰を下ろしていき、時間をかけて全てを収めると、彼はようやく一息吐くことが出来たようだった。
だが、その時には、俺の方が余裕を無くしていた。
「アザミ・・・すまん、・・・我慢できないから、動くぞ」
「あ・・・や・・・ああっ、ああ・・・ジョ、ジョージ・・・」
女のように細いアザミの腰を両方の掌で掴み、俺は思うさま下から突き上げた。
内壁が纏わり付き、ときおりそこが蠢いては、俺の物を強く締め上げて、何度も射精の欲求に取り憑かれる。
何よりも俺の躰の上で、脱力したような動きを見せる、白い華奢な肢体と、顔を紅潮させながら、荒い呼吸を繰り返す、艶めいた表情と、そして扇状に広がり、不規則に乱れる長い黒髪が、再現なく俺を煽り立てていた。
「アザミ・・・アザミ・・・好きだ・・・好きだからな・・・!」
気が付けば、そんな青臭いセリフを、力一杯俺は叫んでいた。
行為中に相手へ愛を告白するなんて、一体何年ぶりだろうかと考える。
それもこんなに余裕を無くして、飾らない言葉で。
「ジョージ・・・あなたを・・・愛してる・・・」
書き置きと同じアザミの告白。
それを聞いた瞬間、俺はいよいよ追い詰められて、彼に対する気遣いも忘れて、無我夢中で腰を押しつけていた。

気が付いたときには、アザミが部屋から消えていた。
おそらく約束へ間に合うように、7時にはここを出ていたのだろう。
俺はというと、一度目の精を出した後も、さらに欲望の赴くまま彼を求めた。
そして自分だけを満足をさせて、結果として襲ってきた疲労に抗うことなく、眠りに落ちたのだ。
久しぶりのセックスで、溜まっていたものを吐き出した俺は、躰はすっきりとしたものの、性行為による疲労に加えて、もともとの寝不足も手伝って、この時間帯にあってはならない筈の強烈な睡魔に負けていた。
おそらく、まだアルコールも体内に残っていたのだろう。
次に目が覚めると、時計を見るのも怖いほど、日が高かった。
一刻も早く署へ向かうため、とりあえず服を着る。
シャワーを浴びるなどという贅沢は、起床時点で諦めていたが、せめて業務へ付く前に髭ぐらいは剃りたいところだった。
何時の間にかベッドの下へ蹴り込まれていた靴を拾う為に、床へ屈む。
「ん・・・なんだこれ」
靴のすぐ向こうに、光を反射させている物を見つけて引っ張り出した。
それはクローバー・ハーツ社のクッキーアソート缶だった。
もちろんこの中には、蜂蜜たっぷりのふんわりクッキーが入っているわけではない。
「おい、嘘だろ・・・」
蜜蜂印の蓋を開けて俺は唖然となった。
そこには捨てたと思っていた、エロ画コレクションが、恐らく1枚残らずきちんと整理されて収められていた。
缶の一番底に、メモ用紙が入っている。

『大事な物だったみたいなので、一応置いておきました。
要らなかったら、捨ててください。』

ただでさえぐちゃぐちゃの髪に指を突っ込んで、俺は頭を掻くと、俺は大きく溜め息を吐いた。
「あの馬鹿が・・・」
悔しいような、恥ずかしいような、情けないような・・・・、何とも複雑な心境だった。
俺は缶の蓋を閉めて、もう一度ベッドの下へ戻すと、今度こそ靴を履いてフラットを出た。


ベスナル・グリーン署まで走る。
到着すると、ひとまず洗面所を目指そうと思った。
しかし、玄関ホールへ足を踏み入れたところで、・・・またしても最悪なタイミングで、この瞬間には、もっとも会いたくない人に会ってしまう。
「・・・・・・・・・」
なぜ彼とはいつでも、こういう最悪な条件で鉢合わせてしまうのだろうか。
「フレッド・・・・」
無言の非難が、容赦なく躰に突き刺さる。
いや、そう感じているのは俺だけかもしれない。
彼の中ではすでに俺の株など、紙くず同然に暴落しきっていて、今更何の感情も沸いてこないことであろう。
「・・・・・刑事課にニール巡査が残っているから、話を聞いたらすぐにホワイトチャペル署へ来い」
彼の立場上は必要な伝達のみを、手短に済ませると、アバラインは俺の顔も見ずに、脇を通り過ぎて行こうとした。
「あ、あの・・・ええと、夕べは・・・いや、今朝もこんなに遅刻して、すいませんでした。その、俺・・・」
それでも、見苦しい自己弁護が口から出てしまう。
「構わん。・・・俺の方こそ、昨日はお前を傷つけるような言い方をした。だから気にするな」
相変わらず何の感情も籠もらない、平坦な声。
せめて、彼の目が見たい・・・ヘイゼルの瞳を。
そこに、微かな希望さえ見つけられたら。
「待って・・・あの、ええとフレッドは、これからどこに・・・」
「放せっ!」
咄嗟に後ろから彼の腕に触れ、ヒステリックな声とともに、本人からそれを振り払われた。
「フレ・・・ッド・・・?」
アバラインが一瞬、俺と視線を合わせていた。
気不味い・・・そういう顔をしている。
彼は何かを隠そうとしているのだ。
何を・・・?
「俺に・・・・触るなっ!」
俺への・・・嫌悪を?
次の瞬間には、こちらへ背を向けていた、スーツ姿のほっそりとした彼の肩が、小刻みに震えていた。
「フレッド、なんで・・・」
彼が、泣いている。
アバラインが行こうとした。
俺は彼を追いかける。
強い力で彼の肩を掴み、力任せに自分へ振り向かせた。
「やめろっ・・・手を放せ・・・っ」
ヘイゼルの瞳は涙に濡れて、白い面は頬が紅潮し、長い睫がきらきらと光っていた。
こんな瞬間でさえ、その官能的な姿に、彼を押し倒したいと考えてしまう俺は、どこまでも脳が腐っているのだろう。
だが、ここで彼の要求に応えることはできない。
なぜなら、この涙の理由は、なんとしても追求の必要があった。
「だって、どう考えても可笑しいじゃないか・・・なんで泣く必要があるんだよ!」
「泣いてなんて・・・」
意味がない否定の言葉が、その口唇から飛び出そうとする。
論理的な彼にしては、短いが、希有で貴重な発言なのかもしれない。
「まさか・・・あんたやっぱり、モンロー卿に、何か・・・」
俺も論理的な思考を捨てて、感情に流されていた。
もはや考えられる限りの、マイナス要因は排除しておきたい。
「馬鹿なことを言うな! それは誤解だと、何度言ったら・・・」
「だったら、どうして・・・誰があんたを泣かせたりして・・・っ!」
乾いた音とともに、頬を叩かれた。
夕べ彼に殴られたところと同じ箇所で、体重が乗った強烈なパンチではなく、掌が掠めた程度の衝撃だ。
どうということのない平手打ちだというのに、今の方がよほど俺には堪えていた。
「俺を振り回すのも、いい加減にしてくれ・・・人の心を弄んで、そんなに楽しいか」
「何言って・・・」
「お前はあの子が好きなんだろう? ちゃんとその思いが遂げられたんだろう? それでいいじゃないか・・・。俺のことなんか、もう放っておけ」
「フレッド・・・それって・・・」
「今日はヤードにいる。指示はアーノルド警視に直接聞いてくれ。本部はホワイトチャペル署へ戻った」
早口でそう告げると、アバラインは今度こそ外へ出て行った。
わかってしまった。
アバラインの気持ちが。
そして、俺がどれだけ彼を無神経に傷つけていたのかを。
「今さらそんなの、なしだろ・・・・」

 07

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