留置場は水夫達のお陰で殆ど埋まっており、空いているのは12番と、隣の11番だけだった。
ただし、連行した時点でほぼ全員が酔っ払っていた為、既に寝ている者も多い。
試しに10番の男に声をかけてみる。
「おい、起きているか?」
「やめろ、ジョージ・・・」
アバラインが焦って俺の腕を掴む。
男は一瞬呻いて身じろいだが、寝相を変えると、ふたたび鼾を掻き始めた。
9番は寝台に胡座を掻いて、壁と会話をしていた筈だ。
彼らがこのあと、少々何かを聞いたとしても、大した騒ぎにはならないだろう・・・・あくまで少々の物音で済むならば。
12番の扉を開けて、自分が先に入ると、アバラインにも来るように目で促す。
彼は不満の色を隠そうともせず、俺を睨みつけていたが、大人しく言う通りにしてくれた。
入り口の扉は開かれたままだったが、それを敢えて閉じることもないだろうと判断する。
扉と言っても、所詮鉄格子の一部であり、房の出来事は、通路はもちろん、留置場全体へ筒抜けだからだ。
当然である。
ここで俺たちが話す会話も、俺たちの行為も、その際に漏らしてしまうであろう音や、吐息、あるいは悲鳴や嬌声も・・・全部伝わってしまうに違いなかった。
それでも、俺は止める気がない。
アバラインに近づき耳元へ顔を寄せる。
「自分で脱ぐか? ・・・それとも脱がしてほしい?」
言いながら、彼の耳朶を口に含み、尻を撫でる。
「なっ・・・馬鹿なこと・・・やっ・・・」
「・・・気をつけろよ・・・みんなが耳を澄ませているぜ。・・・それとも、あんたの色っぽい声を聞かせてやるのか?」
「ジョージ・・・貴様っ・・・覚えてろよ・・・」
「ああ、忘れるもんか」
そう告げると、俺はアバラインのネクタイを解き、ジャケットにベスト、シャツの前を全部外して、寝台へ仰向けに寝かせた。
ほっそりとした両腕を一纏めにして頭の上へあげると、手首をネクタイで拘束し、寝台のパイプへ括り付ける。
不思議なほど抵抗がないことに疑問を覚えてアバラインを見下ろすが、ヘイゼルの瞳が俺を追っているだけだった。
ベルトを外し、スラックスの前をくつろげ、下着の中へ手を突っ込む。
「んんっ・・・・」
切なげに眉間へ皺を寄せて、目を瞑り、歯を食い縛りながら、アバラインは微かに声を漏らした。
扇情的な姿に、俺はもっと彼を乱れさせたいと思っている、己の欲求を確認する。
熱を持ったペニスは徐々に固くなり、手の中で主張を始めていた。
先端から液を溢れさせて、手を動かすたびに水音がどんどん大きくなる。
「いい顔だ」
頬を染め、歯を食い縛っていた口元は僅かに開き、そこから熱っぽい吐息が漏れだした。
誘っているようにしか見えず、彼に顔を近づけると、俺はその口唇に吸い付いた。
「んんっ・・・ふんぅ・・・」
「・・・フレッド・・・」
互いに口唇を啄んで、舌先を合わせ、絡め合う。
口に、顎先に、喉に、鎖骨にとキスを繰り返し、ペニスへの愛撫を続けながら、今度は乳首に吸い付いてみる。
「ああっ・・・やめっ・・・、ジョージ、そこはっ・・・」
「声が大きいって・・・何してるか、バレバレだろうが」
「お前がっ・・・悪いんだろ・・・あ、あっ・・・ああっ・・・」
乳首はかなり敏感らしく、吸い付くたびにアバラインは躰を小刻みに震わせた。
頬から首、胸へかけて、色白の肌が綺麗な薔薇色に染め上がる。
鮮やかな光景だった。
俺は固くなった乳首へ軽く歯を当てて、ギリギリとそこを噛んでみた。
アバラインの躰に、力が入るのがわかる。
次に同じ場所を強く吸引し、舌先で粒を転がす。
今度は身をくねらせながら、荒い息を繰り返していた。
乳首は真っ赤に腫れ上がり、まるで熟した果実のようになった。
ペニスも反り返り、先端から零れ落ちた液体に、全体がきらきらと光を反射させている。
「たまんねぇな・・・」
スラックスと下着を一気に下ろし、アバラインの下半身を裸にすると、今度は彼の膝を割り開いて、勃ちあがった物を口に含む。
「やあああっ・・・!」
アバラインは高い声を上げて、大きく仰け反った。
ここまで派手に声を出されては、もはやどんな言い訳も通じるわけがない。
あとは看守と被疑者全員を相手に、何を引き替えにして黙らせたらよいか・・・、終わるまでに交換条件を考えておくしかないだろう。
今月はただでさえ苦しいのだが・・・やはりそこは、金しかないだろうか。
塩辛い体液が口の中に広がった。
口唇を窄めて竿を擦りあげ、舌先で先端や、括れを刺激し、掌で袋を転がす。
アバラインは切なそうな声を上げながら、譫言のような言葉で、時折何かを訴えていた。
充分に彼を高めた上で、今度は穴を指先で弄る。
不意に腰が大きく動いて、トンと脇腹を蹴られる。
どうやら、抵抗されているらしい。
「ちゃんと解さないと・・・怪我をするのはアンタだぜ」
ここまで来て、そこは駄目だとは言わせないつもりで、俺は釘を刺す。
だが、アバラインは赤い顔で首を振った。
「そうじゃ・・・なくて・・・ジョージ・・・」
何かを伝えたそうな目をしていた。
涙に濡れたヘイゼルの瞳が、しっかりと俺を見つめている。
さきほどは悲しさから泣いていた彼が、今は明らかに快感でその頬を濡らしていた。
ずっと、そうさせたいと思っていたのだと・・・俺は漸く実感した。
「どうかしたのか、フレッド・・・」
俺は一旦彼の下半身から手を放すとアバラインへのし掛かり、上から顔を近づけてその目を覗き込む。
「・・・キス・・・してほしい」
「オーケー」
軽く口唇を合わせてやる。
口唇を放してもう一度ヘイゼルの瞳を覗き込むと、アバラインは夢見がちな表情で俺を見上げていた。
「まだ・・・俺は、ちゃんと聞いていない・・・」
「ん?」
前置きもなく、目的語を省略して言われた事が、正しく理解できなかった。
「ここまで来れば、逃げはしない・・・いや、最初からそのつもりだったから・・・好きにしてくれて良い・・・お前が望めば、俺も何だってしてやる・・・だけど、その前に・・・ちゃんと聞かせてほし・・・ああっ!」
「フレッド・・・!」
思いがけない告白の言葉を、俺は上司に言わせていた筈だ。
なのに、俺は彼が本当に訴えたいことを、最後まで聞き届けるだけの余裕がなく、寧ろ更に煽られて、再び彼の躰に貪り付いていた。
丹念に解すつもりだった穴へ舌を這わせて少しばかり湿らせると、次の瞬間にはスラックスの中から自分のものを取り出した。
しっかりと勃起していたそれを、彼の窄まりに宛がって、力任せにねじ込む。
大きく仰け反るアバラインは、なぜか首を捻って自分の腕に噛みついていた。
止めさせてやりたかったが、そんな余裕がなく、俺は彼に腰を押しつけてその躰をひたすら味わった。
体中の感覚が痺れるような射精を堪能すると、今度は目の前の躰を引っ繰り返し、アバラインの姿勢を横向きにする。
抜かずにそのままペニスを擦りつけようとすると、彼が俺の名前を呼んできた。
「ジョージ・・・服を・・・噛ませてくれないか・・・声が抑えられない・・・」
「フレッド・・・?」
よく見ると、寝台のパイプに括り付けられた手首には、くっきりとネクタイで縛った痕が残っており、捻れた状態で頭の後ろへ引っ張られている。
この体勢では確かに、先ほどのように自分の腕に噛みつくことも出来ないだろう。
彼が着ていたジャケットやシャツは、皺になって肘の辺りにひかかっている。
剥き出しになった右の上膊には、先程フレッドがシャツ越しに残した歯の痕が、赤い二つの弧を描き、所々が出血になっていた・・・。
声を漏らさないために、彼が自傷をしていたのだ・・・こんなことも、気が付かないなんて!
俺は手首を解いてやろうとした。
「違う・・・それは構わないから・・・服を・・・」
「だって、擦り剥いて・・・」
「いいから・・・お前が、醒める方が怖いんだ・・・したいように、してくれ・・・頼む・・・。だけど、声が・・・出てしまうから・・・それを・・・」
やばい・・・また煽られそうだった。
俺は自分のネクタイを解いてアバラインの口へ押し込むと、言われた通りに、さらに彼を追い立てた。
腰を押しつけるたびに、さきほど吐き出した物が接合部分から溢れだし、互いの腿を汚していった。
もう一度彼の中へ射精する。
苦しげなくぐもった声が、終始、俺の下から聞こえていた。
二度の射精で漸く萎えたものを、まだ彼の躰に残しながら、俺はアバラインを背中からそっと抱きしめた。
「ずっと・・・こうしたかった・・・あんたが好きだ・・・」
素直な思いを告げる。
「先月末に、ヤードへ匿名のタレコミがあった」
不意にアバラインが、掠れた声で呟くように言った。
「フレッド・・・?」
言っていることが理解できず、俺は彼の名前を呼んで、訊き返した。
仕事の話をしていることはわかるのだが、躰を求め合い・・・いや、俺が一方的に、彼を抱いただけだが、行為による火照りもまだ冷めぬような状態で、なぜそんな事をアバラインが急に言い出すのか、理解できなかったのだ。
俺の躰の一部は、まだ彼の中にあるというのに。
構わず、アバラインは話を続けた。
「フィッツロイのある建物へ、十代後半ぐらいの少年と紳士が頻繁に出入りしているということ・・・そして、いやに親密そうな少年と紳士の二人連れが、建物の前に止まっている馬車へ乗り込んでは、次々と去って行くのだとな」
クリーヴランド・ストリート19番地の話だと俺は気が付いた。
アバラインがモンローと共に、内偵捜査を続けている、男娼館の。
「その話は・・・」
咄嗟に俺は話を止めようとしたが、アバラインはなぜか俺に背中を押しつけてきた。
どうやら、最後まで話を聞いてくれという、意思表示のようだった。
「約束だ」
『さっき以上の関係にもしもなったら、そのときは全てを話してやっても良い』
彼と初めて、この留置場の房でキスをしたとき・・・・確かにそう約束をした。
「そうか・・・」
彼が提示した条件を、俺はたった今クリアしていたのだ。
アバラインのほっそりとした肩が、微かに揺れる。
苦笑いされたのだろうか。
彼は話を続けた。
「最初は本庁の刑事が聞き込みをしていた。その結果、男娼館に出入りしている少年達の身元が、すべて郵便配達人だと判明した。そしてその建物を所有しているのが、郵政省の人間だということも」
「ああ、つまりその役人が、自分のところの若い子達を使って、違法な副業を営んでいたと」
「まあ、そういうところだな。それだけなら、俺もすぐに踏み込ませるところだったんだが、顧客の中に王室の厩舎係がいたんだ」
アバラインはなんの躊躇いも感じさせず、そんな発言をした。
「なっ・・・・・・」
俺はどのように返していいのかわからず、ただ絶句した。
王室がそのような犯罪に関わっているとなると、スキャンダルどころの話ではない、・・・いや、断じてあってはならないことだ。
アバラインが、再三デリケートだと言った意味が、俺にも漸く実感できた。
「当然、捜査は打ち切られた・・・表向きはな。だが、通報を受けておきながら、見て見ぬ振りはできないし、何より王室が男娼館と関係を持っているような状態を、放置しておくわけにはいかない。それがたとえ、ただの関係者であったとしても、王位継承者の一人だったとしても。モンロー卿はそう判断されて・・・」
「だから、フレッドと・・・」
「勘違いするな。俺はただ単に、最近常連になったクリプトンフォード伯爵の執事として建物へ潜入しているだけだ」
「ってことは、そのクリプトンフォード伯爵は・・・」
「もちろん、モンロー元CID部長だ。・・・白髪と先端が上を向いた立派な髭の、実に貫禄溢れる変装っぷりだぞ。大したもんだ」
「はははは・・・見てみたいっすね。でも、俺としてはどっちかっていうと、やっぱりあんたの執事姿の方が興味があるな・・・ねえ、今度その変装を見せてよ、俺だけの目の前でさ」
背中からフレッドを抱きしめている自分の腕に、再び力を入れる。
さぞかし色っぽい執事なのだろう・・・そんなアバラインが、男娼館などへ出入りしていては、やはり周りのエロジジイが、放ってはおかないような気がした。
「もう、いいぞ・・・無理に俺を口説こうとしなくて」
どことなく悲しげな声がそう言った。
「フレッド?」
「お前が誰を思っていても・・・たとえ、俺の物にならなくても・・・俺はずっと・・・お前の物だから・・・」
意味がわからなかった。
「なんで、そんなことを・・・俺はちゃんと、あんたを愛して・・・」
「嘘を吐け。だったら、その顎の下に付いてる痕は、一体誰が残したんだ・・・昨日のあの子しか、いないだろう」
「あっ・・・」
咄嗟に手で顎を隠す。
ペニスが彼の躰から抜け落ち、内股を白い液体が一筋流れ落ちた。
アバラインは首を捻って振り返ると、軽く吹き出して眉尻を下げた。
「そこじゃない、もっと下だ・・・朝、髭を剃ってくれば、気付いた筈なんだけどな。余程慌てていたんだろ・・・」
「あ・・・ええと・・・御免・・・」
「謝るのは止せ・・・情けなくなるから。もう手を・・・解いてくれるか?」
「わかった」
パイプに繋いだ結び目を解き、アバラインの手首を自由にしてやる。
白い皮膚はかなり広い範囲で擦り剥いており、くっきりとした布の痕が、そこへ残っていた。
完全に消えるまでには、何日かかかるだろう。
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