署へ戻ると、すぐに捜査会議があった。
聞き込みの結果、犯行時刻と思われる11日の深夜、付近住民が頭を悩ませている不良の若者たちが、ハンバリー・ストリートをうろうろしていたことや、男と女が荒々しく言い争う声が聞こえていたという証言が明らかになった。
さっそく不良と思われる少年達をそれぞれ訪ねたが、いずれも犯行時刻にはアリバイがあった。
そしてそのうちの一人が、ブリック・レーンで別グループと揉めており、顔や腕に大きな怪我を負っていた。
何があったのか問うと、ベッサラビア人にやられたと言う。
「あいつらマジもんのギャングだ・・・普段はステップニー辺りにいるってのに、なんで昨夜に限って、ハンバリー・ストリートなんかに来やがったんだ」
震えながら、少年は証言した。
俺は少年から、彼を襲ったベッサラビア人達の容姿や渾名などを聞きだし、アジトと思われるステップニーの空き家を訪ねてみたが、誰もいなかった。
そこでディレクがやってきて、同行していたアバラインを連れて行ってしまう。
また、アーノルド警視に呼ばれたようだった。
或いは、例の男娼館の件で、大きな動きがあったのかもしれないが、余計なことは考えないように自分へ言い聞かせる。
「無茶するなよ」
そう言い残して、アバラインはディレクが呼んだ馬車へ乗り署へ戻った。
俺は一人で議員会館を訪ねることにした。
昨日スティーヴンは、ガーラントのことを知りたいなら、ブライアン・ネヴィルを訪ねろと言っていた。
ヴァイオレット・ミラーが殺されて、同じ手口でアリス・レヴィが殺されたのだ。
もしもガーラントがヴァイオレット殺しに関わっているのなら、アリスの件とも無関係ではないことになる。
そしてキャラハンは、ヴァイオレット殺しはベッサラビア人ギャングの犯行だろうと言っており、さきほどアリス殺しの犯行時刻に現場へいた不良少年は、ベッサラビア人にやられたのだと言った。
犯行時刻の現場に、ベッサラビア人ギャングがいたのだ。
ガーラントがアリス殺しにも関わっていると見るのが当然だろう。
馬車を拾って議員会館へ向かう。
受付でガーラントを呼び出してもらうが、残念ながら本人は不在だった。
そこへ偶然、会館に入って来たネヴィルと遭遇する。
タカ派の急先鋒としても有名な議員だっただけに、さぞや気難しかろうと警戒していたが、意外と簡単に、議員は事情聴取を快諾してくれた。
こちらの要望をすぐに察したネヴィルは、さっそく『ジャルダン・スクレ』の前でガーラントと会ったという、ある支持者から聞いた話を教えてくれる。
「イアン卿は、とても美しい女性の紳士を連れていらしたらしいんですよ。ひょっとして、今評判の『ナイト・ホーク』のアリス・レヴィじゃないかと思いましたもので・・・そう、不幸にも今朝がた亡くなった、あの麗人のことです。ですから、もしも紹介して頂けるのであれば、ぜひともあのアリス・レヴィとお会いしたいと思い、卿の執務室をお訪ねしたんです。ところが、知らぬ存ぜぬの一本調子で・・・何か御都合の悪いことでもあったんでしょうかね。支持者の方へも、念の為に確かめてみたのですが、間違いなくあの場にいらしたのは、イアン卿と秘書のアンドレアス・バーカー氏で、美貌のヴァイオレット・ミラーと男装の麗人を伴っていらっしゃったと、言いきっておられました。私としては、運よく話題のアリス・レヴィとお近付きになれたらと思ってはいたのですが、その為に卿の機嫌を損ねることは本望ではありません。他に仲介してくださる方を探すしかないと諦めていたところへ、今朝の事件です。本当に残念でなりませんよ」
ネヴィルはどうやら、純粋にアリス・レヴィと知り合いたかったようだが、恐らく気を回したガーラントの方では、スキャンダルの一端を掴まれるのではないかと警戒したのだろう。
考えてみればリベラルのガーラントと保守派のネヴィルとでは、意見が食い違うことの方が多い。
「お忙しいところ、呼び止めてしまい、申し訳ございませんでした」
「いやいや、別に構いませんよ。頑張って犯人を捕まえて下さいね」
そう言い残してネヴィルは秘書らしき男とともに、奥の階段へと消えて行った。
俺は彼が教えてくれた支持者の男を訪ねてみることにする。
ケンジントン・ガーデンズの閑静な住まいで、使いの男を呼びに行かせると、公認会計士業を営んでいるというネヴィル氏の支持者は、よろめきながら玄関から出て来た。
顔は痣だらけで両腕に包帯を巻いており、杖がなくては歩けない様子だ。
何があったのかと聞いてみると。
「どうもこうもありませんよ。ホワイトチャペルへ出掛けたら、店の用心棒らしき強面の連中が出てきて、やられたんです」
どうやら、『ナイト・ホーク』へ行って、自分の目でアリス・レヴィを確認しようとしたらしい。
「それはまた、災難でしたね」
つまり、彼からガーラントとアリス・レヴィの話を聞いたネヴィル氏は、単純に自分もアリスと知り合いたいと願っただけだったが、ガーラントが警戒した通り、支持者はまさしくガーラントのスキャンダルを狙っていたようである。
ところが、大概そういう店は用心棒を置いているもので、不審者と見られた彼は、屈強な男達から返り討ちにされたということのようだった。
「それでも店からあの男装の麗人が出て来るのを、この目で見ましたよ。たおやかな美人を連れていて、すぐに馬車へ乗りこんで消えてしまいましたけどね。スキャンダルに間違いないと思って、新聞社にネタを持ちこんだんです。『スター』紙の花形記者がこのネタへ喜んで飛びついてくれたんで、期待して待っていたんですけど、いつまで経っても掲載されやしない・・・そう思って苛々していたら、今朝の事件ですよ」
転んでもただでは起きないタイプなのだろう。
蛇のようなその執念は見事だったが、憎きガーラントの足を引っ張りきることが叶わず、彼は不満そうな様子だった。
市議会議員と男装の麗人の不倫疑惑となれば、節操のない大衆紙も食いつき易かったかもしれない。
そうは言っても、亡くなった人間をあげつらってまで、議員のスキャンダルを暴くかといえば、それは難しいだろう
いかに節操のない、『スター』紙とはいえどもだ。
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