「そもそもガーラントは、なぜそれほどベッサラビア人に顔が利くんだ?」
「あのオッサンは、『クライム・インコーポレイテッド』がシノギをやっているコマーシャル・ロード界隈を、商売しやすいように都合をつけているんだよ。・・・ほら、いつだったか議会で規制案が通されて、あのあたりでデモや街宣が、事実上禁止にされたじゃない?」
「ああ。・・・だが、それは病院近くであるということと、商業地区であるあの周辺施設経営者や利用者達から『騒音』に対する苦情が出ていたからであって、実際賛成多数で規制案が可決・・・」
「刑事がそんな建前論を信じてるようじゃ、ああいう連中は逮捕できないよ。駄目だねえ・・・まず、病院近くっていうけど、実際に規制が強化されているのは、ホワイトチャペル・ロードやマイル・エンド・ロード以南からコマーシャル・ロード辺りまでのステップニー地区が中心であること。病院近くと言いながら、なぜかホワイトチャペル・ロードの北側では、まったく規制がないでしょう? こういうときは、この規制が強化された結果、果たして誰が得をするのかを考えないと」
言われてみれば、ホワイトチャペル駅周辺では、最近当たり前のように街宣活動を行っているグループがいるし、それを警官が止めている様子もない。
それが本来、市民に与えられた、集会の自由であり、思想・信条の自由だと思っていたから、俺は不思議にも思わなかった。
しかし、もしも病院付近を理由に、こう言った活動を規制するのであれば、駅前の街宣行為を止めないと、規制の根拠理由に合わないことになってしまう。
駅前という場所で実際にそんなことをすれば、激しい反発と警察批判が、今以上に起きる覚悟をしないといけなくはなるが。
「で、結局誰が得をしたんだ?」
得意げに話すダリルに、俺は続きを促した。
「街宣活動とデモ活動をする連中がいれば、警察が飛んできて解散を命じる。それは実際、自警団が集まるだけで、デモ行為と看做されて、警察が追い払う結果に繋がっているんだ」
「なるほどな・・・まあ確かに、あいつらは実際、デモ紛いな活動もやってるし、しかたないんじゃないのか?」
ジョージ・エイキン・ラスク達の警察批判や扇動行為を見ていると、そうとられても仕方ないように思えたし、正直にいって良い気味だとも思った。
「そうなると、治安を守るのは警察だけってことになる。ところが警官のパトロールだけでは、あの辺りの警戒は、とても目が行き届くものではない・・・だからこんな空き家を簡単にギャングのアジトにされちゃうわけだ」
どうやらここは、やはりステップニーらしかった。
「つまり、そこへベッサラビア人ギャング達が流れ込んで来たってことか?」
「漸く刑事さんにも、現状が掴めたみたいだね。その通り。今このステップニー地区は、事実上『クライム・インコーポレイテッド』を始めとする、ベッサラビア人ギャング達が野放しになっているんだ。警察がパトロールを強化したり、警戒を強くすればいいんだろうけど、連続殺人事件や騒動鎮圧で、それどころじゃないでしょう? そんなときに、どうしてこの辺りから、警戒の目を背けるような規制案が通ってしまったのか。自警団だけじゃない。定期的にデモ活動や街宣活動が行われていれば、人が集まるし、騒動鎮圧の為に警察もやってくるでしょう? 最初から仕組まれていたんだよ。『クライム・インコーポレイテッド』はこれでステップニーにおける商売がしやすくなった。その金は『ブラック・シンジケート』に上納される。『ブラック・シンジケート』の稼ぎは地下銀行経由で本国にいる彼らの親族名義口座へ送金されて、親族たちが経営している会社は、クレメンス・フィッシャーが幹部に名前を連ねている会社と取引をして、縄や食器などを法外な高値で取引する。その売り上げを会社の収益と混ぜ込んで、フィッシャーらの名義により、小口に分けて、後援会やガーラントの資金管理団体へ献金される・・・と」
なんというマネー・ロンダリング・・・開いた口が塞がらなかった。
「おいおい、悪質すぎるだろう」
「まあ、僕の想像に過ぎないんだけどね」
「想像かよ・・・・って、いたたたた」
殴る蹴るの暴行を、意識を失うまで受けていたことを、俺はすっかり忘れて、ダリルに突っ込みを入れそうになっていた。
「縄とか食器とか、そのあたりは取り敢えず想像。野菜でも鬘でも、なんでも適当に置き換えて聞いておいてよ。実際そんなもの、何だっていいんだから。・・・要するに、これに近いことが行われているってわけだよ。ギャングなんてそんなものでしょう」
たしかに、ダリルが言う通りそんなものだろう。
それがわかっていて、何も出来ないのだろうか。
警察がこれを放置しているのか?
ふと、俺は気になっていたことを思い出した。
「なあ・・・お前さ、どうして俺にそんな情報を提供してくれるんだ? 刑事にほいほい喋っちまったら、組織的に不味いんじゃないのか?」
聞くとダリルは軽快に笑った。
「だって、俺は関係ないもの。たしかに友達が『ヘキサグラム』にいるから、仲間に入れて貰ってるし、言われたからお兄さんを監視してるけど、俺はベッサラビア人じゃないからね。連中がどうなろうと知ったことじゃないよ。本音を言えば、鬱陶しい。あいつらがいなかったら、俺達はもっと上手くやっていた。シマを奪われて、フィルが抜けちまうこともなかったんだ・・・」
「ベッサラビア人ギャングと揉めて、解散に追い込まれたのか。でもだったら、どうしてベッサラビア人のグループになんかいるんだ?」
それが原因でリーダーのフィルが引退し、グループは解散になったということだろう。
「正確には直接揉めたわけじゃなくて、あいつらに仕組まれて、メンバーがヘタを打ってしょっ引かれたのが原因だけどね。それは『ヘキサグラム』じゃないよ。ここの連中は気のいい奴が多いんだ。だから、ベッサラビア人とかイギリス人とか、関係なく受け入れてくれる。けれど、ベッサラビア人は出来れば追い出してほしい・・・まあ、俺の我儘なんだけど。あ・・・ジェムじゃん! ってことはもう、終了?」
そう言って不意にダリルは立ち上がり、誰かに手を振った。
なんとなく聞き覚えのあるその呼び名に、俺は嫌な予感を覚える。
「おやおや、可哀相に」
そして、今や馴染み深くなってしまった深いバリトンの声に、俺は相手を確信した。
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