ホワイトチャペル署へ戻ると、俺は留置所に入れられているフィルを訪ねた。
「へえ、あんたがジョージか」
フィルが感慨深そうに俺の名前を口にしたため、少し調子が狂ってしまう。
「なぜ、俺の名前を知っているのかは、敢えて聞きはしないよ。どうせスティーヴンから、滅茶苦茶なことを吹きこまれたんだろうけど、何一つ真実はないからな」
「ジェム? いや、彼からあんたのことを聞いたことはないけど、そうか・・・ジェムの友達だったんだ。あ、もしかして彼氏? 恋人の名前はモンティだって聞いてたんだけど・・・」
「断じて違う・・・っていうか、恋人がいたのかよ。まったくあの人は・・・。となると、一体誰から俺のことを聞いたんだ?」
「けばいオバちゃん・・・って言ったら失礼か。リズお姉さん・・・本人からそう呼べって言われたからな。なんか、俺が友達に似てるんだって。名前聞いたらジョージで、デカやってるって言ってたからさ。・・・あんたのことだろ? よかった、結構イケメンじゃん」
「そりゃ、どうも・・・。あまり無駄話をしている時間はないから、聞きたい事聞くぞ」
「オッケ〜」
そして俺は漸く、フィルへの尋問を開始した。
まったくリジーは、何を考えているのやら・・・。
その後俺は、主にダリルから聞いた話をフィルに確認し、裏付け証言を得ることができた。
ダリル達と別れ『ジャルダン・スクレ』に就職したフィルは、『クリムゾン・パーティー』と関わりを持つようになったものの、あまり何をするためのグループかということはわかっていないようだった。
ただ、オーナーであるロイド・ボナが『ジャルダン・スクレ』にメンバーを集めたり、男娼館へ通ったりするため、その場に何度か居合わせた程度のようである。
「男娼館とは・・・近所にあるのか?」
あるいは、アバラインが捜査をしている店のことだろうか。
「ホワイトチャペルだよ。みんなうちで食事する以外は、基本的に馬車にのって、ホワイトチャペルへ遊びに来るんだ。こっちの方が、面白い店がいっぱいあるからね」
男娼館など、どこにでもあるということだろう。
「『ナイト・ホーク』にも行ったことはある?」
「あれって、女が男の恰好をして接客する店のことでしょう? ちょっと特殊な店だよね・・・俺は行ったことないなぁ。興味もないし、誘われたこともないよ」
「ガーラントは行っていた筈だが」
「イアン卿は確かに嵌まってたみたいだね。あの人好きだからさ〜、気の毒なのはバーカーさんだよ」
「秘書のアンドレアス・バーカー氏か。何かあったのか?」
するとフィルは手招きするような仕草をして、口元を手で覆うと。
「ここだけの話だけどさぁ・・・・あの人、『ナイト・ホーク』で女装して、秘書に鞭打たせてたんだって!」
その後フィルは、ガーラントが『ナイト・ホーク』で白雪姫ごっこや、眠りの森の美女ごっこをするのが好きだという話をしてくれた。
いずれもガーラントは女装が基本で、白雪姫も美女もドレスを着たガーラントの役割であり、相手役は男装従業員であったり、秘書であったりと様々なようだった。
なるほど、ネヴィルの支持者に目撃されて、口の軽いヴァイオレット・ミラーや、真実を知るアリス・レヴィを殺したくなるほど焦る筈である・・・自分が死ねばよかったと思うが。
「ブルワーから頼まれてリジーを襲ったと思うが、そういうことはよくあるのか?」
「リジーって、リズお姉さん? まあ、あれは気の毒だったけどね・・・あれ、なんかすげー大事なもんらしくてさ。やるしかなかったんだよねー、お姉さんには申し訳ないんだけど」
「ところで、『アイス・リバー』という店は知ってるか?」
「それってオックスフォード・ストリートの? 店の連中と時々行くけど・・・それがどうかしたの?」
224Aオックスフォード・ストリート・・・最初にリジーから預かった伝票に、走り書きされていた住所の店だ。
やはりフィルは知っていたのだ。
「お前達から襲撃を受けたあと、道に落ちていた『ジャルダン・スクレ』の伝票を拾ったリジーが、俺に捜査依頼をしたときに手渡してきた。そこに『アイス・リバー』の店の名前と住所が、走り書きされていたんだ。すぐに俺は店へ行ったが、お前と一緒にいた連中の容姿を伝えたところ、店員もそこにいた客達からも知らないと言われた・・・だが、やはりお前は知っていたんだな」
「ああ、あのメモか・・・そうそう。店に来たジムたちと集合場所を決めていたときに、俺が書いたんだよね。どこにいったのかと思ってたら、リズお姉さんに拾われていたんだ・・・そりゃない筈だよ。ジム達とは店に入ったわけじゃなくて、『アイス・リバー』の前で待ち合わせただけなんだ。それから地下鉄でホワイトチャペルに移動して、すぐにパブでお姉さんに声をかけたから」
あのとき『アイス・リバー』で最初からフィルの事を聞いていれば、話は早かったのかもしれない。
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