セント・ジェイムズ・パークでスティーヴンと別れた俺は、馬車を拾いホワイトチャペルへ向かった。
一旦署へ顔を出してから、次にミラーズ・コートへ向かう。
そこで金髪のジュリアと会えた。
先日の覗きを思い出し、気不味さを感じた俺は、適当に挨拶だけして出直そうと決めるが。
「アニーを殺した犯人は、まだ見つかりそうにない?」
なんとも頼りのない声で、彼女の方から声をかけてきた。
俺はジュリアへ向き直る。
「いや・・・まだだ」
「そう。・・・あれからジョーとは話してくれたのかい?」
そういえば俺はジュリアから、ジョウゼフ・バーネットと話すように頼まれていたことを思い出した。
「それもまだだ。・・・探してはいるんだが、ずっと擦れ違いばかりで、会う事が出来ない」
「そう・・・。実はあたしも、最近ジョーを見ていないんだ。ひょっとしたら、メアリー・ジェーンが、あたしや、他の娼婦仲間を部屋へ呼ぶもんだから、帰って来ないのかも知れないね」
そう言って、ジュリアが何かを考え込んでいるような顔をした。
「メアリー・ジェーンの部屋を訪れる娼婦仲間というのは、君だけじゃないのか?」
「正確にはよくわからないけど、他にはマリア・ハーヴェイって女や、リジー・アルブルックっていう20歳ぐらいの女の子も、ときどき部屋にあがりこんでるよ」
「そうなのか・・・彼女達も君みたいに・・・つまりその、メアリー・ジェーンと・・・」
俺が口籠るとジュリアは察したようで、意味ありげに笑った。
「つまり、メアリー・ジェーンとセックスしてるのかって? さあね、そこまで知らないよ。ただ、あたしが最初に仕掛けたとき、メアリー・ジェーンは驚いてる様子がなかったから、最初から女は知っているような気がしたけどね」
ジュリアの方から誘ったようだった。
「メアリー・ジェーンは今、ひょっとして君の家にいるのか?」
13番地は留守のようだった。
「今日は来てない。たぶんフレミングと一緒なんじゃないかねえ」
「ジョウゼフ・フレミングか」
俺が言うと、ジュリアは少しだけ目を丸くした。
「なんだい、もう会ったのかい? ひょっとしてメアリー・ジェーンの部屋で鉢合わせたんじゃないだろうね」
「まあ、そんなところだな」
「そりゃ大変だったろう。あいつ本当に嫉妬深いからね・・・刑事さんみたいな良い男が、メアリー・ジェーンといたんじゃ、喧嘩にでもなっちまったんじゃないかね・・・メアリー・ジェーンが心配だよ」
「そりゃ大丈夫じゃないか? 彼女そのあとで歌ってたぞ」
「だと良いけどさ・・・フレミングの奴、すぐメアリー・ジェーンのこと殴るから・・・。ねえ、ところでダニーん家はもう行ってくれたのかい?」
そういえば、前にもジュリアはその名前を出していた。
「ああ・・・それなんだが、そのダニーっていうのは、一体誰のことなんだ?」
俺が聞き返すと、ジュリアは目を丸くした。
「なんだよ、ダニーが誰だかもわかってなかったのかい? ジョーのお兄さんだよ」
俺は慌てて手帳を確認した。
いつだったか、ビリングズゲート・マーケットで魚屋からバーネットの話を聞いた時に、そういえばその名前が出ていたことを思い出す。
「そうか・・・ダニエル・バーネット」
バーネット家は早くに父親が他界し、母親が子供を捨てて別の男と家出をしたため、当時14歳だったダニーが、残された幼い弟や妹を育てていたのだ。
そして今から10年前、法改正をしたシティで労働許可証を取得し、ダニーとジョーの二人はビリングズゲート・マーケットで正規従業員となったのだが、今年に入り、ジョーが商品の魚に手を出して解雇。
ダニーも居づらくなったのか、ジョーと一緒に仕事を辞めたらしい。
ジュリアが話を続けた。
「ジョーはさ、メアリー・ジェーンが路上に立ったり、酒を飲んだりすることを凄く嫌がるんだよ。異常なぐらいに売春婦を毛嫌いしている。たぶんだけど、メアリー・ジェーンがあたしや他の娼婦を部屋に呼ぶから、嫌がって帰って来ないんだと思うよ。だとしたら、一番考えられるのはダニーん家だよ。この近所に住んでるみたいだから」
「そうか・・・わかった。行ってみよう」
その後俺はジュリアから、ラトクリフだというダニエル・バーネットの住所を聞き出した。
正確にはジュリアもわかっていないようだったが、およその位置を聞きだし、ミラーズ・コートを後にした。
ジュリアは、今度こそ必ずジョーと話してくれ・・・そう、必死な顔で訴えて来た。
俺はその足で、ラトクリフへ向かったが、結局ダニーの家を見付けることは出来なかった。


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