9月29日土曜日。
夕方、セント・ジェイムズ・プレイスを歩いていた俺は、マーケットで思わず足を止めた。
「ダニー、ジョーは元気なのかい?」
振り返ると、オレンジ売りの前に、バーネットと良く似た男が立っていた。
「失礼ですが、ダニエル・バーネットさんですか?」
「ええ、そうですが・・・あの、あなたは?」
声をかけると、案の定ジョウゼフ・バーネットの兄だ。
俺は彼に時間を貰い、マイター・スクエアのベンチに腰かけて、話を聞く。
ジョウゼフは今、彼の家族とともにケント州にいるという。
「ひょっとしてホップ摘みですか? でも、仕事がなくて帰って来たのでは・・・」
「ええ、確かに一度行って帰ってきましたが、デニスも大分良くなったようなので、ジョーには行って貰うことにしたんです。私の家族も現地へ残したままですし・・・」
俺は話がよく掴めなかった。
話しているダニーの方でも、どこか戸惑っている様子である。
「すみません・・・デニスというのは?」
「弟です。ホワイトチャペルに住んでまして、私が家族とともにケントへ出掛けた直後、あとからやって来た、近所に住む別の参加者から、ホワイトチャペルでデモ隊と警察の衝突があり、そこに巻き込まれたデニスが、足の骨を折ったと連絡を受けたのです。だから、私は翌日の列車に乗ってロンドンへ引き返しました。幸い病院へはジョーがすぐに行ってくれていたので、そう慌てることもなかったのですが・・・」
聞いていた話と、色々と違っていた。
「ジョーは・・・ジョウゼフ・バーネットは、現地で仕事にありつけず、ケントから引き返していたのではないのですか?」
「ジョーがケントへ行ったのは1週間前です。それまではずっとロンドンにいて、私と交替でデニスの見舞いへ行っていました・・・あの、ジョーが刑事さんにそう話したのですか? きっと、何かの誤解だと思うのですが・・・」
俺は手帳に挟んでおいた紙片を取り出し、彼に見せる。
「それではこの切符は?」
ジョウゼフ・バーネットから預かっていた、ロンドン−ケント間の往復分の切符。
この列車に乗ってジョウゼフ・バーネットは、7日にケントへ向かい、8日にロンドンへ帰って来たと、俺に言っていた。
切符を手にしたダニエルが笑う。
「これは私が使ったものですよ。・・・しかし、なぜあなたが、これを・・・?」
これではっきりとした。
俺はまた、ジョウゼフ・バーネットに嘘を吐かれていたのだ。


 『9月29日』_02

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