『もう一度スタートから歩き出そう』

 

「秋鹿ユナイテッドに神之井ガナーズ、綾菊ホットスパー・・・そうそうたる顔ぶれだな」
1年ぶりに携帯電話の向こうから聞こえる懐かしい声は、呆れるとも感心するともつかないものだ。
「顔ぶれだけはね」
時計を見上げながら俺は答える。
時刻は午前1時を少し回ったぐらい。
エスパニアは夕方の5時か6時・・・厳島景政(いつくしま かげまさ) は夕方練習前か小休憩中といったところだろうか。
それとも今日はオフなのかもしれない。
「条件的にはどうなんだ?」
「さあ」
「さあってお前、相手と話してないのか? 今月中には会社を辞めるんだろう? 何やってんだよ・・・これからどうやって生きていくつもりだ?」
厳島が心配そうに矢継ぎ早の質問を続けてきた。
どうやってって・・・そんなことまではさすがに余計なお世話である。
その気になればコンビニバイトでも再就職でも、何なりとして生きていけるだろう。
まだ二十歳になったばかりだ。
というか、親元暮らしなのだから、1年や2年仕事をしなくても生きていける。
それはさすがに、気が引けるのだが。
・・・ともかく。
「だって、どこも右サイドバックに空きはないですよ? 相手がそれほど本気とは思えなくて」
「そこはお前努力次第で・・・・いや。そんなことは判ってるんだよな」
「はあ」
言いかけて厳島がやめた。
そして軽く吐かれた彼の溜息が耳をくすぐる。
こうして話していると、厳島がすぐそばにいるような、変な錯覚を覚えた。

太陽電光FCの解散を正式に聞かされたのは、先週末の練習終了直後だ。
親会社である富士エレクトロニクス・ネットワーク・ソリューションの幹部3名が業務上横領罪で送検されたのが先月半ばのこと。
太陽電光は経営縮小を余儀なくされ、社会人リーグ(JPNFL)からJPL(日本プロフットボールリーグ)への参加を目指していた俺たちは、もはやサッカーどころではなくなっていた会社の決定に従わざるをえなかった。
俺、石見由信(いわみ よしのぶ)には3つのプロチームからオファーが来た。
それが秋鹿ユナイテッドに神之井ガナーズ、綾菊ホットスパー。
いずれもJPL上位で、毎年、リーグやカップ戦で優勝を争っているクラブばかりだ。
だがいずれも俺が得意としている右サイドバックに、いい選手を一人二人は抱えていた。
その誰かが移籍するという話も聞いたことがない。
つまり、はっきり言えばベンチに座りに行くのかどうかという話だ。
もちろん、そこで修行を積んで自力でポジションを勝ち取るのは悪い選択じゃない。
社会人サッカークラブチームの太陽電光とは、まったく違う豪華な設備や充実したトレーニングメニュー、レベルが高い同僚選手たちからの刺激は、俺自身をいくらでも成長させることだろう。
けれど、それだけが自分の進むべき唯一の道だと決めつけてしまうことが、はたして正しいと言えるかどうかとなると、俺にはそうとは思えなかった。
もっと選択肢はあるはずだ。
「お前、そろそろチューファに来る気ないか?」
不意に厳島が言った。
「厳島さん・・・?」
脳裏に蘇ってくる、激しい雨音。
柔らかで熱っぽい唇の感触。
「石見」
携帯ごしに聞こえる静かな呼び声が、俺の意識を土砂降りに濡れたあの夜の記憶まで巻き戻していった。



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