「なあお前、ちょっと待てよ・・・」
後ろから肘を取られる。
「あんま喋ってると、店の人に怒られるだろ・・・」
どうしてカフェのバイトで呼び込みをさせられているのかは謎だが・・・。
「別に構わないさ、なんか暇だしやることないし。それよりお前も一人で暇なんだろ?」
「いや、暇というか・・・寒いしもう帰ろうかと。お前、本当に中入ってなくていいのか?」
ちらりとガラス扉の向こう側を見ると、カフェの中は結構客が入っていて忙しそうだった。
「いいのさ。僕も初日は中でオーダーとってたんだけどさ、ほら、僕って顔がいいだろ? だから、こうして表に立ってる方が、客が呼べて良いんだってマスターが言うんだよ。寒いのがムカつくんだけどな」
初日に一体何をやらかしたのかは知らんが、恐らく使い物になりそうにないけど、クビにもできないもので、店内から厄介払いされたということなのだろう・・・本人が気づいてないのなら、敢えて教えて、傷つけてやる必要はないだろうが。
「そうか、じゃあちゃんと呼び込みしないとな・・・じゃ、邪魔したな」
「オマエッテ、ソウヤッテボクヲクドクンダナ」
「・・・・・・・・」
あまりに想像を絶する返し文句に、聴取した音声を俺の脳が言語として再構成するまでに、少々タイムラグがあった。
お前って、そうやって僕を口説くんだな。
「はいぃ・・・?」
どうして? 何でそうなるの???
慧生はすでにとろんとした目で俺を見つめていた。
「会っていきなり僕にキスしようとしたり、押し倒そうとしてきたり、積極的なヤツなのかと思ったら、今日はこうやって僕に上着を掛けて、甘い言葉を囁いてくるなんてな・・・なんか、結構僕、お前みたいなヤツ嫌いじゃないかも」
「・・・・・・・・・・・・」
何をどう理解すれば、そういう結論になるのか・・・。
確かに前回会ったとき、俺は見ように寄っちゃこいつにキスしようとしたように見えたかもしれないし、押し倒そうとしたかも知れない。
しかし、それは完全に事故で誤解で、俺は自殺をしようとしていた慧生を止めようとして、なんだか知らないが、妙な体勢をとった揚句、見ている人たちを勘違いさせてしまっただけのことであり、それは俺にそうされたこいつが、本来であれば最も理解できる立場にいたはずなのだ。
まあ、あまり頭が良さそうじゃないから、それでも結果的に勘違いさせたのだとしよう。
しかし、こいつには確か、彼氏がいなかったか?
そして俺はこいつが取った変な行動のお陰で、あのあとこいつの恋人である医者にまで恨まれて、誤解を解くのが大変だったんだ。
結果的に、俺とこいつがそういう関係になるような理由もなければ、ロマンティックなシチュエーションがあったわけでもなく、・・・その、一条がこいつらの目の前で俺にキスしたりといったこともあって、彼氏も納得してくれた。
なのに、こいつがまたこういう妙な行動を起こせば、どうなるか・・・。
「なあ、このあと僕、すぐ休憩だからさ・・・よかったら二人でどっか行かないか? 僕、結構お前を満足させる自信あるぜ・・・」
慧生は俺の前に立つと少し背伸びをするような姿勢になり、肩に両腕を伸ばして俺を見上げてきた。
なんというか、こいつ誘い慣れている気がする。
俺を見上げてくる目が色っぽく、薄く開いた唇が、やけに赤くていやらしい。
多分、付いて行けば本当に満足させてくれるのかも知れない。
・・・・いやいやいや、それはダメだ。
「だからさ、お前にはちゃんと・・・」
俺はあの真面目そうな医者が、ちょっと気の毒になってきた。
あのとき俺を一方的に非難してきた口ぶりから想像するに、多分まったくこいつの浮気に気づいちゃいないのだろうが、彼の知らないところで何度こういうことがあったのだろうかと思うと、同情する。
俺の首の後ろで交差されている、女みたいに細い手首をとって、俺は慧生の身体を放そうとするが、逆にそのまま引き寄せられて、慧生が後ろの壁に背中を預ける。
「なんだよ・・・結構やるじゃん」
蠱惑的な微笑みが、俺を見上げて言う。
俺は慧生の両手首を握り締めたまま、彼の背中を煉瓦の壁面へ押し付けるようにして、正面から覆い被さっていた。
「あ・・・いや、これはそうじゃなくて・・・」
慌てて手を放すが、再び慧生が手を伸ばし、俺の首を自分の肩へと引き寄せる。
ほっそりした首筋から、ふんわりと甘い香りが漂った。
慧生の肩からユニプロのダウンがパサリと地面へ落ちる。
再び現れた白いシャツ1枚の肩や、無意識に手を回していた彼の腰が、まるで女のように細かった。
正直、理性が吹っ飛びそうになっていた。
そのとき。
「お前の彼氏にも黙っててやるから・・・お互い野暮なこと言いっこなしでさ・・・」
ちょっと待て。
俺の彼氏って誰だ・・・・そう言いかけた俺は、人の気配を感じて素早く顔をあげ、次の瞬間、心臓が止まりそうになった。
「うそ・・・」
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