「慧生君、お店の人呼んでるよ」 カフェのあった通り筋から角を曲がり、西陽稲荷神社の参道に出る。
聞きなれた穏やかな声でそう言ったそいつは店の扉の前に立ち、心の籠らない笑顔でまっすぐに見ていた・・・・俺を。
「あぁ〜、ったく・・・・・」
慧生が俺から腕を放し、わざとらしい大きな溜息を吐くと、はっきりと舌打ちを鳴らす。
そして足元に落ちていた俺のダウンを、ちゃっかり羽織って店へ戻ってしまった。
「お前、いつの間に・・・」
「いいから、今のうちに・・・ちょっと急いでくれる?」
この状況で会えば、もっとも気まずいだろうと何故か俺がそう感じていたその男は、大きな手で俺の手をとると、強引にカフェの前から俺を連れ去った。
後ろで店の主と思われる男の怒鳴り声と、慧生の泣きながら謝る声が同時に聞こえ、遠ざかって行った。
「おい一条・・・お前、まさかカフェの人にチクったのか?」
さすがにそれは可哀相だと思い、ちょっと非難がましい目でヤツを見る。
振り返った一条篤の目は、まだ少し怒っているように見え、俺はすぐに目を逸らしてしまった。
どうしてそんな風に感じてしまうのか、その原因を俺は敢えて追究しなかった。
「まさか・・・だってお店には入ってないし」
だが、一条の声は穏やかで、いつも通りだった。
「入ってないって、だって店の人が呼んでるってお前アイツに・・・って嘘だったのか!?」
俺が確かめると、一条はニコニコと笑って肯定した。
おいおい、アイツえらい怒られてたぞ・・・。
「たぶん、勝手に持ち場を離れたから怒られはしただろうね。でも慧生君は仕事をさぼっていたわけだし、まあ怒られるのは自業自得じゃないかな」
「それはそうだが・・・。あれ、そういやお前、家はいいのか?」
「良くはないんだけど、でもひっきりなしに親戚は来るし、明日の方がもっと忙しいから、断って出てきた。原田と初詣したいし」
そう言って一条が肩を抱こうとする。
俺はその手をすかさず払い落した。
「あ〜、なんか腹減ったぞ。お前どうせ親戚のおっちゃん、おばちゃんから。たんまりお年玉貰ってんだろ? なんか奢れや」
そう言ってヤツよりは一歩前を歩く。
「うんいいよ。原田何が食べたい?」
一条が俺の隣を歩こうとする。
「そうだな・・・一条、後ろ歩け、後ろ」
「ん? うん判った」
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