新学期が始まった。
恋しい寝床に別れを告げて支度をすると、外に出る。
「ううっ、寒い!」
ついでに眠い、辛い、ヤバイ。
短い冬休み中は、大晦日から元旦にかけて出かけた以外は、ほぼゲーム三昧で、昼夜逆転ぎみの寝正月が延々続いていた。
例年のごとく、最後の日になって慌てて宿題に手をつけたが間に合うはずはなく。
「おはよう、原田」
鈍り切った身体を引き摺り続けた遊歩道で、忠犬登場。
「おう、一条・・・あとで宿題見せろや」
「わかったよ、はら・・・」
「だめよ、一条君」
見事なタイミングで江藤里子もやって来てしまった。
そしてそのまま一条を連れて行ってしまう。
参った。
こうなったら峰に頼もうかと考えつつ遊歩道を歩いていると、茂みの奥がガサガサと鳴った。
何かと思い、斜面を見上げると。
「ん?」
誰かが首を吊ろうとしていた。
足元には靴が揃えて置いてあり、遺書のような物も用意してある。
まだ若そうな少年は第二次性徴が来ているかどうかも微妙な、幼い風貌をした中性的な美少年だったが、城西の制服を着ていることから高校生だと判る・・・というか確か、同い年だった。
やれやれ。
俺は時計を確認すると、少し焦り、先を急ぐことにする。
このままでは宿題を写す時間がなくなってしまう。
「おいてめぇ、無視すんな!」
自殺志願の少年は物凄いスピードで斜面を駆け降りて来ると、後ろから俺にタックルをぶちかましてきた。
「痛ぇな・・・・何すんだよ、もう」
俺は尻もちを付いて顔を顰めながら立ち上がり、汚れたズボンの土を払い落しながら慧生を叱った。
「お前は人を見殺しにするのか、金持ちってのは自分さえよければ、それでいいのか!」
慧生は仁王立ちで拳を握り締めながら、なぜか格差社会の怒りをぶつけて来る。
今に始まったことではないが、いつもながら一方的だ。
「今度は何の言いがかりだ」
「僕は自殺しようとしているんだ。もうこんな世の中には絶望した。夢も希望もないんだぞ!」
「はいはい。で、今回は何があったんだ?」
仕方ないから少しだけ聞いてやることにした。
といっても、5分も時間がないのだが。
「てめぇらのせいで、バイトをクビになった! 伊織にも怒られた!」
ああ、あの一件か。
「ありゃ、自業自得だろ。マスターに謝ってまた雇ってもらえよ。お前のルックスなら、客寄せ出来るんだろ? 俺とも別に何もなかったんだから、進藤先生だってちゃんと話せば許してくれるさ・・・っと、やべぇ」
時計を確認して、慧生に背を向ける。
「待てよ!」
なぜか慧生が付いてきた。
「お前は学校行かなくていいのか?」
「学校? んなの行ってどうすんだよ」
おまけに不登校か・・・まあ、ここらへんは想像がついていたが。
こいつの性格で友達なんかいるわけない。
「だからといって、俺に付いてきても、うちには入れてやれないぞ? さっさと自分の学校に行くなり、帰るなり、先生んとこ行くなりしろよ。あ、それ、ちゃんと片付けとけよ。森を汚したままにするな」
「だから待てってば」
慧生が俺の前に仁王立ちする。
「何なんだ、お前は〜って・・・・つっ!」
不覚だった。
慧生は俺に抱きついたかと思うと、いきなりキスをして、ついでに唇の端を噛み切っていきやがった。
「じゃあ、また今度な〜! デカい彼氏にもよろしく!」
「二度と現れんなっ・・・痛たたっ・・・」
まったく何を考えているのか。
ふと見ると斜面には慧生の自殺グッズがそっくりそのまま残されたままだ。
靴まで残っている。
「24って、小せぇ〜・・・っていうか、アイツ裸足で行ったのかよ」
仕方がないので、俺が後片付けをすることにした。
end
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