「はぐれんなよ」
参道は緩やかな坂になっており、そのさきに朱色の大鳥居が見える。
距離にすれば50メートルほどしかないこの坂だが、混雑のお陰でなかなか境内へ着かない。
「ねえ、ちょっと待って・・・」
後ろから江藤が腕を引いてきた。
「何だよ」
振り向くと江藤が立ち止った状態で何かに魅入られていた・・・射的である。
「ね、あの猫可愛くない?」
「猫?」
小さな巾着袋を手首に提げた右腕を伸ばして、江藤が屋台の一点を見つめたまま、その奥を指さしている。
その視線の先には、フワフワとした白い猫のマスコット人形。
背丈5センチぐらいの大きさで、首にピンクのリボンを結んでいた。
「まあ可愛いけど、これ射的だぞ? そうそううまく取れるわけないじゃん」
猫に限らず、標的はどれも小さいものばかりで、たぶん素直におもちゃ屋で何かを買った方が早いだろう。
「ねえ、1回だけ。1回だけでいいから」
「やめとけって・・・そろそろ込んで来たし、早いとこ参拝済ませて・・・」
2、3歩行きかけたが、また腕を引っ張られた。
「ねぇ、お願い」
こういう我儘を言う江藤は、正直ちょっと珍しく、俺は戸惑った。
そんなにあの猫が欲しいのだろうか。
少し口を尖らせて、上目づかいに俺を見てくるその目は、結構真剣だ。
「でもなぁ・・・」
弱った。
ここはカッコよくとってやるべきなんだろうということは判るのだが、実は射的なんてやったことがない。
ゲーセンでシューティングゲームぐらいなら何度もやっているが、その戦績も結構散々だった。
たぶん、俺に銃っぽいものを扱うセンスがないのだろう。
金云々の問題はこの程度ならべつにどうでもいいのだが、こんなところで無駄金を使ってまで恥を晒すぐらいなら、臨海公園のキッズランドで何か買ったほうが、多分早いし確実だ。
無意識に頭を掻いていると。
「彼氏、諦めて男らしくバシッとプレゼントしてやんなよ!」
屋台の奥でずっと俺達のやりとりを、咥え煙草で見ていた、金髪に不精髭のお兄さんが、呆れて俺に言って来た。
「ハハハ彼氏・・・すか」
無意味に繰り返す。
まあ、そう見えるんだろう。
「ち、違いますっ!」
突然、江藤が叫んだ。
「違うのかい?」
お兄さんが軽い感じに聞き返し、苦笑しながら俺が隣を見ると・・・。
「あれ?」
いない。
「彼女、先行っちゃったよ」
お兄さんに教えられて、反対方向を見る。
桜の着物が人に埋もれて、10メートルほど向こうを、鳥居に向かって歩いていた。
・・・早っ!
「待ってるから、帰りにまたおいで〜!」
声をかけてくれるお兄さんに軽く会釈をして、江藤を追いかけた。
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