恐ろしく良く当たると評判の御神籤を、女子4名が引きに行っている間、俺は一人で休憩させてもらうことにした。
「いや、しかしよくやるよなぁ・・・」
西陽神社は大鳥居の真向かいに拝殿がある。
その並びにお守りやお札、破魔矢などを販売している社務所があり、その続きの特設テントで御神籤コーナーを置いている。
昔は社務所で一緒に御神籤もやっていたのだが、いつしか元旦の御神籤がよく当たると雑誌などで評判になり、それがこの初詣の賑わいの大きな原因にもなっていて、数年前から特設テントが立つようになった。
江藤によると、とくに恋愛運が凄く当たる・・・のだそうだ。
何か気になっていることでもあるのかと冷やかしてやったら、巾着で殴られた。
「ったく痛えんだよ・・・」
頬をさすりながら休憩所のベンチに腰かける。
「いらっしゃい」
割烹着を来た恰幅の良いおばちゃんがやってきた。
「あ、お姉さん熱燗ひとつね」
「あいよ、コーラだね」
全然違う注文を繰り返して奥へ消えようとするおばちゃんを、俺は慌てて引きとめた。
「すいません、せめて温かいのにしてください」
俺の注文がホットチョコレートに修正されたのを見届けると、あらためてベンチへ腰を下ろし、特設テントの賑わいを眺める。
いろとりどりの振袖や訪問着、袴姿が群がるその光景を、呉服屋の社員がほくそ笑みながらどこかで見ているのだろうか。
それにしても。
「着物は萌えねぇ」
「何を言っている、和服最高じゃないか」
背後で男の声が聞こえた。
後ろを見ると、同じベンチに40代ぐらいの男が、俺と背中合わせで腰かけている。
俺に反論してきたのであろうその男が、熱燗片手に俺を振り返った。
どこかで見たことがある顔だった。
「和服、最高じゃないか」
おっさんがもう一度繰り返す。
「だってしゃがんだり風が吹いたりしてもパンツ見えないじゃないっすか」
俺は少し斜めに浅く腰をかけなおし、おっさんと話しやすい角度に向くと、おっさんも同じように座りなおす。
「また楽しみ方が違うんだよ。生地は多いが留めているのはウェストだけ。スルリと帯を解けば、ハラリと着物の合わせが肌蹴る。この手で触れて着物と襦袢を着乱れさせると、恥じらう肌がどんどんと上気してゆく・・・貞淑そうに見えてあれほど男をたのしませる装いはないぞ」
おっさんは、俺が世話になっている画家で伯父の英一さんと同世代ぐらいだろうか。
よく見ると、なかなか渋いイケメンでチョイ悪オヤジ風なのだが、真面目に語っている内容がコレである。
「高度っすね。そういや下にパンツ履かないって言うし、考えたら結構エロイかも・・・」
俺は激しく心打たれた。
「袴もまた捨てがたい」
チョイ悪オヤジがしみじみと付けたした。
「隙間だらけですもんね・・・なんか俺、小父さんと気が合うかも」
「よかったら、いつでも遊びに来なさい。今日は家族がいるから時間がないが、私も君とはじっくり語り合ってみたい気がする」
「行きます、行きます! 若輩者の俺に、いろいろ御教授願いますよ。俺、小父さんに付いて行きたい!」
正に、人生の師をここに見た気がした。
「うむ、いい心がけだ・・・それじゃ娘が来たから、また今度ね」
言いながらおっさんが立ち上がる。
ふと見ると、拝殿の方からピンクの振袖を来た女の子が手を振りながらこちらへ歩いてきていた。
中学生ぐらいだろうか。
「あ、俺、原田秋彦って言います。小父さん家、どこですか?」
俺も立ち上がった。
「私は鴻巣五十六(こうのす いそろく)だ。臨海公園駅前の電気屋に来てくれたら会えるよ。安くしてやるから、いつでもおいで。隠しカメラとか盗聴器とか、面白いモノいっぱいあるぞ」
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