「今日は朝まで開いてるから・・・」
と言って、一条が誘ってきた、海浜公園にあるグランドイースタンホテルの高級フランス料理店ラセールのコースを断ると、俺は屋台を片っ端からヤツに奢らせた。
そして腹ごなしに臨海公園駅までぶらぶら歩くと、一条が海浜公園行きのバスに乗ろうと言い出す。
時刻は既に朝の6時半を回っていた。
早朝のバス停はかなり冷えたが、幸いすぐにバスはやって来た。
10分ほどで海浜公園に到着する。
「ううっ、さぶ〜っ・・・!」
気温の低さに加えて、吹き付ける海風がかなりきつい。
「寒いのに無理言ってごめんね。でも、そろそろだと思うんだよね・・・」
一条がそう言った途端、水平線がキラキラと輝き始めた。
周りにいた人たちから歓声があがる。
「初日の出か・・・っくしょい!」
またくしゃみが出た。
「今年も原田と仲良く出来ますように」
そんな恥ずかしい願い事が聞こえた次の瞬間、どんな顔をして言っているのか確かめてやろうと思った俺の企みは失敗した。
ふわりと背中が温かくなり、後ろから両腕が回って俺を抱きしめてきた。
「だから二人羽織はやめろっての・・・」
「でもこうしてると温かいでしょ?」
こめかみの辺りに顔を寄せられたせいで、一条の穏やかな声が、鼓膜へ低く響き、少々くすぐったい。
「まあな・・・」
肩も背中も暖かい。
それはけして体温の問題だけじゃない気がして、俺はやつに身体を預けて少しの間、目を閉じた。
表情なんて、確かめるまでもなかった。
腕にはさっきよりも力が込められて、俺の名前を呼ぶその穏やかな声は、とても優しく、でもちょっぴり緊張していて。
なぜだか一条の思いが、背中越しに俺の心へじんわりと沁み込んでくるような気がした。
不意に俺達のすぐ隣近所から、チュッチュッという濡れた音が聞こえ始めて、俺は慌てて周囲を見まわした。
この時になってようやく、初日の出スポットらしいこの場所が、同時にデートスポットだったことに気が付いた。
「原田・・・」
一条がもう一度、名前を呼んでくる。
「そろそろ帰ろう・・・なんか俺、風邪ひきそう・・・う〜、さぶっ」
俺は慌てて一条の腕からモゾモゾと逃れると、まだ誰も並んでいないバス停へ向かおうとした。
「あ、ちょっと待って」
「何だよ、一条早く・・・」
忘れ物かと思い足を止めて振り返ると、すぐに一条の顔が下りてきた。
「・・・・・・・・・・・・」
えっ?
突然強い潮風が海から吹きつけてくる。
「うわ、凄いね・・・あ、バスが来た。原田、早く、早く!」
「あ・・・、おいこら、待てよ・・・!」
俺達はダッシュでバス停まで走り、間もなくバスは出発した。
少し暖房の利きすぎた巡回バスは、運転手と俺達だけを乗せて、臨海公園駅へ向かって走りだす。
一条はシートへ座った直後に、どういうわけか眠り始めた。
「10分後には駅だってのに・・・」
よほど疲れていたのだろうか、呼んでも突いても、まったく起きる様子がない。
綺麗に筋が通った鼻を摘まんでみる。
少し厚めの唇が薄く開き、今度はそっちで呼吸をし始めた。
しかし、やはり起きなかった。
俺の肩に少し体重をかけながら眠り続ける、平和そうなその寝顔を、恨めしい思いでしばらくの間、睨み続けていたが、結局諦めて窓の外へ視線を移す。
日が昇れば夜が明けるのは早く、真っ青な空と白く眩しい朝の光をキラキラと反射させたビルの間を、バスは低い唸りを上げながら走り続けた。
乗車前から握られたままの右手は、互いの指を絡めたまま、不思議なことにまったく離れる様子がない。
「こいつ、何て言ったんだっけ・・・」
もうそうとう明るくなっていた、元旦の眩しい空をぼんやりと眺めて、二度目のキスをされたような気がするその直前、強い海風の合間に確かに聞いた筈の言葉を、必死に思い出そうとする。
原田・・・。
なんだっけ。
何か、とてもせつない言葉だった気がする。
大きな欠伸がひとつ出た。
「やばい・・・俺も落ちそうだ」
君を・・・
やっと思い出したと思った次の瞬間、意識が白い靄に包まれて、思考がとうとう停止していた。
・・・誰にも渡さない。
「だったら、ちゃんと捕まえてろよ・・・」


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