新学期が始まった。
恋しい寝床に別れを告げて支度をすると、外に出る。
「ううっ、寒い!」
ついでに眠い、辛い、ヤバイ。
短い冬休み中は、大晦日から元旦にかけて出かけた以外は、ほぼゲーム三昧で、昼夜逆転ぎみの寝正月が延々続いていた。
例年のごとく、最後の日になって慌てて宿題に手をつけたが間に合うはずはなく。
「おはよう、原田」
鈍り切った身体を引き摺り続けた遊歩道で、忠犬登場。
「おう、一条・・・あとで宿題見せろや」
「わかったよ、はら・・・」
「だめよ、一条君」
見事なタイミングで江藤里子もやって来てしまった。
そしてそのまま一条を連れて行ってしまう。
参った。
こうなったら峰に頼もうかと考えつつ遊歩道を歩いていると、茂みの奥がガサガサと鳴った。
何かと思い、斜面を見上げると。
「ん?」
誰かが首を吊ろうとしていた。
慧生だった。
足元には靴が揃えて置いてあり、遺書のような物も用意してある。
「やれやれ」
無視して通り過ぎようと思ったが、案の定そういうわけにはいかなかった。
「てめぇらのせいで、バイトをクビになった! 伊織にも怒られた!」
また意味不明な言いがかりをつけられる。
「ありゃ、自業自得だろ。マスターに謝ってまた雇ってもらえよ。お前のルックスなら、客寄せ出来るんだろ? 俺とも別に何もなかったんだから、進藤先生だってちゃんと話せば許してくれるさ・・・っと、やべぇ」
時計を見ると、8時15分を回っていた。
学校だけなら余裕だが、宿題を写さないといけない。
「待てよ!」
しかし、なぜか慧生が俺の前に立ちはだかり・・・。
「痛っ・・・・」
唇の端を噛み切られた。
「じゃあ、また今度な〜! デカい彼氏にもよろしく!」
そう言って慧生は無邪気に手を振って立ち去ってゆく。
「二度と現れんなっ・・・痛たたっ・・・」
まったく何を考えているのか。
ふと見ると斜面には慧生の自殺グッズがそっくりそのまま残されていた。
靴まで残っている。
「24って、小せぇ〜・・・っていうか、アイツ裸足で行ったのかよ」
不意に斜面を駆けあがって行く気配がして、慧生が戻って来たのかと思い、振り向く。
文句を言ってやろうとすると。
「お前・・・むっ」
白いハンカチを口元に押し付けられた。
手でハンカチを押さえながらそいつを見ると、次に男は黙って木の枝からロープを解き始める。
「サンキュ」
手早くロープを回収したそいつは、俺から慧生の靴や遺書も取り上げると、次に俺を見てニッコリ笑う。
「じゃあ、行こうか原田」
いつも穏やかな筈のその声が、非常に強張っていた。
「ああ・・・」
差し出された手を軽く取ると、大きな掌がしっかりと握り返してきて、俺はその力の強さに一瞬顔を顰める。
「宿題写すんでしょ? ・・・ちょっと急ぐよ」
そう言ってヤツにしては、かなり早いスピードで歩きだした。
俺を導く反対側の手には、慧生の自殺グッズが纏めて持たれている。
それをどうするつもりなのか聞こうと声をかけてみたが、返事がない。
先を急ぐ、黒いコートの広い背中と、こちらを一切振り向かない短髪の頭は、双方ともまっすぐに前を向いていて、どんな表情をして歩いているのかも確かめようがない。
もう一度呼んでみる。
「なあ一条・・・」
再び手が強く握り返してくる・・・今度は本当に痛かった。
それきり、俺達は無言で歩いた。
やつの沈黙は俺を不安にさせて、でもそれだけじゃない自分がそこにいた。
俺は、こいつが・・・。
そのとき学校から予鈴が聞こえてきた。
やばい。
「・・・えっ!?」
「一条、走るぞ!」
俺は手を振り切って一条を追い越すと、そのままダッシュしかけた。
「待ってよ原田・・・!」
すると珍しく尖った声が聞こえて後ろを振り向く。
これも珍しい、むきになったような怒った目をした一条と視線がぶつかった。
しばらくそのまま彼の視線を受け止める。
「原田」
・・・誰にも渡さない。
「行くぞ」
今度は俺から手を差し出した。
「・・・・」
一条が黙って握り返して来る。
力強い大きな手。
意志を込められた暖かい手。
「よっしゃ、ちゃんと捕まえてろよ」
そう声をかけると、一気に学校まで二人で走った。

end

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