なかなか戻って来ない女子4名の様子を見に、俺は御神籤コーナーへ行ってみることにした。
「おや、あれは・・・」
ふと見ると、拝殿の裏手にある木の前で、見覚えのある黒い振袖が何かしていた。
山崎である。
木の枝にはあちこちに白い紙が結んであり、山崎もほっそりとした腕を伸ばして、右手で枝を押さえつつ左手で折りたたんだ紙を摘まみ、真剣な顔でもそもそと動いていた。
非常にやりにくそうである。
「何やってんだ?」
後ろから声をかけると、山崎はあからさまに驚いた顔を見せてこちらを振り返った。
「べつに・・・、きゃっ」
油断した隙に手元から枝と紙が離れ、抑え込んでいた細い枝が反動で彼女の頬を弾いた。
俺の足元に折りたたまれた御神籤が、ピラピラと落ちて来る。
拾い上げてそれを返してやりながら、紙の裏からうっすらと「凶」の文字が透かして見えていることに気がつく。
「すみません」
「血出てるよ」
「あ・・・」
指先で引っ掻いた場所に触れると、手に付いた小さな出血を自分で確認し、柳眉の根元を寄せて顔を顰めた。
「絆創膏どこかで貰って来ようか?」
「結構ですわ、ハンカチで拭っておきますから」
そう言って山崎がハンドバッグを開けると、ゴソゴソと中を探り始めた。
しかし忘れてきたのか、なかなかハンカチが見つからない様子である。
「また、滲んできたぞ」
声をかけつつ、ムクムクと悪戯心が頭を擡げる。
「可笑しいですわ、確かに・・・」
そう言って鞄の中を探し続ける山崎。
「髪もちょっと解れてるぞ」
「えっ・・・」
山崎はさらに顔を歪め、開いたバッグの蓋もそのままに、今度は髪を撫でつけだした。
俺はその手首を掴む。
「無造作にやると、着物に血が付いちゃうって」
「でも・・・」
山崎はうろたえた顔になり、俺を見上げてくる目は潤んで縋るようだ。
プライドの高い女は、完璧に整えた身嗜みが少し崩れただけで、こうも隙だらけになってしまうものなのだろうか。
俺の前だから、そんなに気になるのだろうかという思い上がりが芽生えそうになって困る。
「やってやるから目瞑ってみ」
「えっ・・・は、はい・・・」
1秒絶たずに、何の疑いもなく目を閉じてくれた。
髪の解れを直すのに、目を瞑る必要などないということに、まったく気がついていないようだ。
俺は大して乱れてはいない髪を指先で撫でつける振りをしながらそっと顔を近づけると、1センチ程の赤い傷をペロリと舐めあげる。
ヒッという高い悲鳴とともに強く息を呑む声が聞こえ、俺の舌先にピリッとした塩味を残した。
「はい終了」
美味しゅうございました。
「ちょっとっ・・・、今、何をなさいましたの!?」
「あ、また落ちてるよ、御神籤」
白い草履のつま先あたりに落ちていた籤を拾って渡してやる。
綺麗に化粧をされ、美人に磨きがかかっていた山崎の色白の面は、見たこともないほど真っ赤になっていた。
お陰でひっかき傷は完全に見えなくなった。
・・・但し活発化した血流で、直にまた滲んでくるかもしれないが。
「あの・・・あの・・・原田さん・・・」
可哀相なぐらいに、おろおろとしている。
乙女万歳。
俺は木を振り返ると、自分の背丈ぐらいの枝を一本捕まえて下ろしてみた。
幸い結構撓ってくれる。
凶の籤は利き手と逆の手で括ると運が好転するというが、山崎の場合、肘の怪我で左手があまり利かないから、彼女にとってそれは普通以上に困難な筈だ。
さらにざっと見たところ、そんな彼女が比較的手が届きやすそうな低い枝には、御神籤のリボンが鈴なり状態で結んである。
少し高い位置の枝を頑張って引っ張り、結ぼうとしていたようだが、枝を引きつつ、自由の利かない左手で結ぶのは簡単ではなかったのだろう。
もっとも、苦行を全うすることで運を好転させるという意味では、それもまた意味があることなのだろうが。
「この辺でいいか? 鞄持っててやるから、括りなよ」
「えっ・・・?」
キョトンとしている山崎のバッグを細い腕から抜き取って、促してやる。
開きっぱなしのバッグには透明素材の化粧ポーチが入っており、その中から手鏡が見えていた。
髪が本当に乱れているかどうか、俺の言いなりになる前に鏡でまず確認することも出来ただろうに、それも思いつかないほど動揺していたのかと思うと可笑しくて仕方がない。
日ごろ気位が高い山崎との落差に激しく萌えた。
彼女はこういうところが可愛い。
右手で袖を押さえつつ、先ほどよりは低い位置まで枝が下りてきたので、その先に山崎が、それでもぎこちない手つきで紙を結び始めた。
細い指先がわずかに震えている。
30秒ほど時間をかけて、どうにか結び終えたのを見届けると、今度は彼女を弾かないように気を付けて、ゆっくりと枝を戻した。
元の位置へ戻った木の枝が微かに揺れて、枯葉がハラハラと落ちて来る。
「あの・・・ありがとうございます」
目を見ずに言われる。
ほんのりと頬に、まだ赤みが残っていた。
「お安いご用で」
こちらこそ、ごちそうさまでした。

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