<オープニング>
ここは城南(じょうなん)女子学園。
我が泰陽(たいよう)市学園都市線沿線にある、小中高一貫教育機関であるところの、ミッション系私立女子校だ。
臨海公園駅からは程近くにあるものの、広大なその敷地には静寂な森と小川のせせらぎが流れ、『聖水』が安置されているという洞窟がある。
その洞窟ではかつて聖女アンリスの目の前に貴婦人が降臨し、お告げを授けたという伝説があるらしい・・・真偽のほどは知らないが。
「うへぇ、さみぃ〜・・・」
ジッパーを下ろしたままだったユニプロ製ダウンジャケットの前を掻き合わせると、俺は腕組みしたまま背を縮こまらせる。
仄明るい街灯が照らし出す夜気に、吐く息が白く広がった。
伯父の原田英一(はらだ えいいち)から拝借した袴の足が、スースーとする。
着付けをしてくれた伯母の冴子(さえこ)さんが、再三に亘り、「股引を履いて行け」と言っていたアドバイスを、年寄り臭い語感に対する抵抗を理由に突っぱねたことを、今更ながらに後悔する。
このような隙間だらけの装いに、防寒機能が皆無であることなど考えるまでもない筈だ。
わからないのは真冬に外へ出ることがないニートか、現実的に物が考えられない城陽(じょうよう)学院のバカ・・・つまり、俺、原田秋彦(はらだ あきひこ)のことだ。
辺りを見回し、人気がほとんどないことを再度確認すると、ポケットからスマホンを取り出した。
待ち受け画面にしているカレンダーの日時は、正月2日の午後11時32分。
「ったく、どうなってんですか」
毒づきながらアプリを起動し、昨日、日付の変更とともに舞い込んできた、開封済みの元旦メールを今一度開いた。
『タイトル:謹賀新年
旧年中は大変お世話になりました。
早速ですが、事前に告知しておりました『新春羽根突き大会』についての詳細をお知らせ致します。
開催日時は1月2日。集合は午後11時零分、我が城南女子学園正門前にてお願い致します。
急な決定ではございますが、皆さま万障お繰り合わせのうえご出席をお待ち申し上げております。
尚、ご参加の方はお手数ではございますが、下記URLへ御アクセス頂き、各自その旨ご申告下さいませ
URL:jounanjoshi_okaken.com/0201/entry
追伸 正月行事ですので、当日は皆さま和装、もしくは制服にてのご参加で宜しくお願い致します。
山崎雪子(やまざき ゆきこ)』
内容から推測して、一斉送信されたらしい山崎からのそのメール記載のURLへアクセスすると、羽根突き大会の参加申請フォームへ直接飛ぶことができた。
そこで氏名と性別、メアドを入力すると、参加受付の返信メールがリアルタイムで返ってきた・・・アドレスを見る限り、オカ研のホームページらしいが、独自ドメインを取得したり、たかが内輪の集まりでしかない羽根突き大会に、こんなメールフォームを設けたりと大層なことだった。
それでも未だに部員が3名しかいないのだ。
山崎達が卒業したらどうするのだろうか・・・2年の小森(こもり)みく、ひとりで続けるとも思えないのだが。
とりあえず、時間も場所も間違いない・・・それなのに、未だに主催者すら現れない。
けしからん、まったくけしからん。
通話履歴から直近の番号へ架電する。
山崎の携帯番号だが、未着信がこの30分ほどで5件続いている。
低い発信音が数度響き、間もなくコール音の代わりに携帯会社のアナウンスが流れだす。
『こちらはソコモモバイルです。お架かけになった地域は、ただ今電話が大変込み合っていて、架かりにくくなっております。こちらはソコモモバイルです。お架けになった地域は・・・』
「2日間もだらだら、同じアナウンス流してんじゃねえよ、クソ電話会社が! だいたいてめえのところは顧客に無断で反日国家の怪しい会社へ情報管理業務を移管しやがって、調べてみたら情報漏洩の常習不良法人じゃねえか! 個人情報を大量売却して、敵国のスパイ活動に協力してんじゃねえよ! そんなことだから巨大掲示板で売国企業の烙印押されんだろうが! っていうかいい加減にアンテナ増やさんかい、スマホン屋内圏外だろ! 基本料金返しやがれ!」
突発的な義憤に駆られつつ、諦めて大人しく通話を切る。
それにしてもこれだけ電波の込み合っている状態で、山崎のメールはよくも元旦早々1分1秒の誤差もなく、年の切り替わりとともに着信したものである。
これこそオカルトではないか・・・!
「いや、こういう奴がいるから電波が混み合うんだろうなあ・・・混雑時に一斉送信なんかしやがって」
まあ、宛先ほんの数名ではあるが。
ぐすん。
鼻まで出てきた。
もう10分待っても来なければ、帰るしかないだろうか。
正月早々友達全員に見捨てられるなんて、不幸なボクちん・・・。
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