ことは昨日、つまり元旦に遡る。
零時に受け取ったメールに気付いたのは、1時間ほどあとのこと。
昨年に続いて西峰寺(さいほうじ)の年末年始行事を手伝っていた俺は、寺務所で峰祥一(みね しょういち)の伯父である峰幸助(みね こうすけ)こと、幸恕(こうじょ)住職とともに、彼の妻である凛子(りんこ)夫人お手製の雑煮をよばれていた。
白味噌仕立ての、ほんのり甘くて美味い雑煮である。
「メールが来てる」
先に気付いたのは峰の方だ。
「またまりあちゃんか?」
この日、朝から風邪で寝込んでいたまりあちゃんこと、彼の妹、峰まりあは、ベッドの中から度々、最愛の兄へメールを送り続けていた。
夜10時に西峰寺へ集合し、俺が知る限り20通ほど着信した筈だが、それが元旦の混雑で一時ストップしていたのだ。
溜まっていたメールが、1時間分纏めてやってきたのだろうと思ったが違ったようだ。
「いや、山崎からだ。多分お前にも来てると思うぞ」
言われて携帯を見てみる。
「あ、ホントだ。・・・っていうか、明日いきなりかよ!」
「前日に知らせておいて、翌日必ず出頭せよとは・・・山崎らしい傲慢さ加減だな。とりあえず参加の返事を出したいが、俺の携帯からはサイトのページを表示できない。お前スマホンだな。代わりに俺のぶんも出してくれるか?」
二つ折りの携帯を畳みながら峰が手元を覗いてくる。
「いや、出してやりたいのは山々なんだが、屋内だと圏外なんだ・・・キャリア乗換えたいけど、何しろ買い換えたばかりだから縛りがなぁ・・・ったく、頭にくるぜ」
「携帯会社の愚痴はそのぐらいにしておけ。興奮しながら雑煮を食うと、餅で喉を詰めるぞ。どっちにしろ携帯からだと年末年始の混雑で、しばらく無理そうだな。じゃあ、返事はお互い帰ってからにしよう」
「そうだな。・・・ところでお前は、いつになったらそのレトロな携帯を変えるんだ? 今どきPC用のサイトも表示できない端末なんて、珍しいぐらいだろ」
「まあな。俺もできれば変えたいんだが、下手に機種変すると色々と事情がな・・・」
「まりあちゃん関係か? たとえばその、どこからみてもカップル的なプリクラシールをお前が持ち歩かなくなることで、まりあちゃんが拗ねてしまうとか」
すると、あのまりあちゃんから、こいつは『お兄ちゃんのバカ!』なんて、頬を膨らませながら言われちまうわけだ。
・・・段々と腹が立ってきた。
「プリクラシールなんて、うちに腐るほどあるぞ。欲しかったら今度纏めて持って来てやるが」
「いるかよ、ボケぇ! てめぇとのツーショットじゃねえか、それは!」
「なんなら、お前とのカップル的なツーショットをこれから撮りに行ってもいいんだが・・・。事はそれほど簡単な問題ではないんだ」
「いや、撮りに行かねえが・・・じゃあ一体何が問題なんだい、祥一くん?」
「俺が機種を変えるということは、まりあも変えることを意味する。あいつは俺が持ってるものなら、何でも欲しがるからな」
「はいはい、まりあちゃんはお兄ちゃんっ娘ですもんねぇ」
この贅沢野郎と罵りたいところだが、まりあちゃんのブラコンぶりは、それはそれは尋常でないということは俺も承知していた。
「そうなんだ。今どきの携帯ってのはどれも多機能だろう? たとえばそのちっぽけなスマホンには、ボイスレコーダーは勿論、動画撮影機能、高画質の静止画撮影機能に、パソコン用の圧縮ファイルを解凍展開できるアプリケーションから、それらの編集機能、現在地表示可能なオンライン地図情報サービス、お天気、株価情報サービス、音楽、動画ダウンロードサービス、スケジュール管理、電卓、アラーム、電話帳機能、メールに電話、その他諸々盛り込んである筈だ」
「最後の方はお前以上のレトロ携帯でも充分利用可能だと思うが・・・まあ、スマホンてのは、そういうもんだな。・・・それの何が不都合なんだ」
「まりあにそんな便利なものを与えてみろ。俺は神経が疲弊して1週間もたないぞ」
「・・・・・・・それも、そうだな」
スマホンを片手に、兄を日がな一日ストーキングするツインテール美少女の姿が、容易に目に浮かんだ。
その後1時間ほど話して、俺達は眠い目を擦りつつ各自帰路へ着いた。
しかし、年末年始にも一時的な混乱のみで通常通りの通信網を維持させている、変態兄妹が顧客契約中の優秀な電話会社は、その間にも峰の携帯端末へ20通ほどのメールを着信させていた。
いずれも送り主は彼の妹だった。
不意に携帯が鳴った。
「あ、繋がったや・・・もしもし、お前何してんだ?」
やっと電波が混雑から抜けたらしい携帯へ架かって来た電話に出てみる。
相手は峰だった。
『お前こそ一体、どこで何をしている』
ムカ。
「こっちはさっきから、深夜の糞寒い城南女子の正門前で放置されっぱなしなんだよ。人っこ一人いねえ。どうなってんだ、畜生があっ!」
吠えてみる。
『なぜ百合寮に合流しない。山崎達が連絡も寄越さず遅れているお前の事を、やきもきしながら待っているぞ』
「百合寮?」
『ああ。集合場所変更のメールを読んでいないのか?』
「そんなメールいつ来たんだよ!」
そう言いながらスマホンのアプリを起動してみる。
『今朝がた未明だが、来てない筈はないぞ。例によって一斉送信されていた』
「来てねぇ〜っ!」
『送受信しなおしてみろ』
言われたとおりに操作する。
「来ました・・・・」
ついでに違約金を支払ってMNPも決心した。
『糞寒い深夜の正門前から寮へ変更ってちゃんと書いてるだろ? 昨日の天気予報で、二日の夜から寒波って言ってたからな』
「それはもう、腹が立つほど明確に書いてありました。んじゃあ、ただ今移動します・・・」
風邪を引いたらソコモに治療費請求してやる。
『ああ、ちょっと待て・・・もうすぐ俺もそっちに合流するから、もう少しだけそのまま待ってろ』
「へ? お前、どこいんの?」
百合寮にいるわけではないらしい。
『母の遣いでさっきまで西峰寺にいたもんでな・・・今しがた駅に着いたところだ。あと数分だけそのまま待っていてくれるか?』
「いやだよう。早く暖かいところに行きたいよう。もう脚の感覚がなくなって来たよう〜」
全力で峰に泣きついた。
『その場で足踏みしてろ。心頭滅却すれば氷(ひ)もまた温しって言うだろ』
「鬼! 悪魔! ご都合主義の変態諺改変野郎!」
『最後の罵倒に、なぜ変態を付けたのか意味がわからんが・・・じゃあ取り敢えず、水行でも思い浮かべてろ』
「なんで? 思い浮かべようにも、したことないし」
するわけないし。
『六根清浄の一種として、滝に打たれたり川に入ったりする修行法のことだ。テレビで見たことぐらいあるだろ。毎年厳冬のこの時期、夜も明けぬ早朝から深夜までこれを100日間繰り返す宗派もある』
「やめろ、想像させんな!!!」
歯の根まで合わなくなってきた。
『なぜだ、水の霊力によって心身の穢れを洗う素晴らしい修行だぞ。お前なんか、進んでやるべきじゃないのか? だいたいお前は日頃から雑念が多すぎる。来年からは年越しとともに煩悩を捨てさるようにしろよ』
「俺から煩悩取り除いたら何も残らないじゃないですか!」
『堂々と言いきる潔さだけは誉めてやる。まあ、そんなお前もいつかは真人間になってくれる日が来ると信じて気長に待っておこう。だいたいそんなモコモコのダウンを着こんで寒い寒いと大騒ぎするなんて、根性がなさすぎだぞ。冬休みだからといって家に閉じこもってエロゲーばかりやってないで、少しは外に出て身体を鍛えるべきだな』
「上はダウン着てても下は股引とか履いてないから・・・って、峰今どの辺にいんの?」
俺がダウンを着ていると、なぜわかるのだ。
「そろそろ城南女子の正門前だ。まあ、股引を履いてないってのは、正解だな。せっかくの脚チラが萎えに変わる」
真後ろで変態の呟きが聞こえて来た。
「お前なあ・・・。っていうか、ここまで来たんなら、直接声をかけろよ」
そう言う峰も、灰色の着物と黒い羽織袴を着ているだけだった。
同色の羽織紐も結んでいて背中に紋が入っているから、準礼装だろう。
地味さ加減が彼らしい、中々渋い装いだった。
俺の着物は英一さんからの借り物だが、峰はひょっとして自分のものだろうか。
「お前がぎゃんぎゃんと捲し立てるから、機会を逸したまでだ。ところでスマホンを貸してくれないか」
そう言って手を出された。
「べつにいいけど・・・何で?」
承諾しながら通話ボタンを切って渡すと、勝手にメールアプリを起動されてどこかへ接続されてしまった。
「ちょっと参加申請をする暇がなくてな・・・っと、エラーだ」
どうやらオカ研のサイトにアクセスしているらしかった。
ここまで来ているくせに、羽根突き大会の参加申請を、まだ出していなかったようだ。
「ああ、このところしょっちゅうネット切断されちまうんだよ。何度かリトライしてみてくれるか? ・・・ていうか、今から山崎たちに合流するんだから、べつに申請いらんだろ。だいたい、さっきの話だと既に電話で山崎と話したんだろ? 口で言えば良かったじゃないか」
「完了した。悪かったな、貸してもらって。俺もそう思ったんだが、申請は必須らしい。羽根突き大会のゲーム進行上、あれを済まさないと先へ進まんのだそうだ。取り敢えず遅れているから、早いところ百合寮へ侵入するぞ」
「まるで意味がわからんが・・・まあいいか。どうでもいいが、そういう言われ方をすると、なんだか俄然燃えてきた」
峰に続き、俺も心を躍らせながら、女子寮潜入へ着手した。
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