「では、さっそくルールを説明させて頂きます」
ひとしきり新年の挨拶や、直江のお土産配布も終了したところで、この新春羽根突き大会の実質的主催者である山崎が、一同を見まわしながら、改めて口を開いた。
その途端。
「というか、なんで羽根突き大会なのに、こんな深夜にしかも寮なんかでやるのよ」
「ですので、これから説明すると言っているじゃないの。・・・でも、江藤さんにしては珍しく良い質問ですわ」
水を差された山崎が、少しムッとした調子で江藤を評価する。
「勿体ぶってないで、さっさと始めなさいよ。時間ばっかり過ぎているじゃない」
「江藤、お前は少し黙ってろ、な?」
江藤を窘めると、俺は視線で、青筋を額に浮かび上がらせている山崎を促した。
「深夜の聖白百合宮にお越し頂いたことには、もちろん理由がございます。羽根突き大会と申しましても、これはただの羽根突きではございませんの」
「あの〜・・・ちょっと言いにくいんだけどさ、ドレスコードはあったけど、携行品の説明がなかったから、俺、羽子板持って来てないんだよね・・・っていうか、そもそも持ってないし」
直江が挙手をしながら、恐る恐る白状した。
実は俺も持って来ていない。
多分峰も、見る限り手ぶらだった。
「そこはご安心くださって結構よ。殿方で持っていらっしゃる方はあまりいませんでしょうし、羽子板はこちらで、人数分用意しております」
「城南は部活あるもんね」
「羽根突き部なんてあんのかよ!?」
また口を挟んできた、城南出身の江藤を思わず見た。
「今は休部状態だけどね。部室や備品はそのままだから、そこから拝借したってわけ」
佐伯が教えてくれる。
「ふうん。それってやっぱり、人数集まらなくて?」
「まあ、そんなとこかな・・・」
突っ込んで質問してやると、苦笑しながら佐伯がなぜか曖昧に言葉を濁らせた。
そして俺が佐伯と会話をし始めたのが気に入らないのか、小森がジロリと俺を睨んできやがったので、その辺でやめておくことにした。
しかし、どう聞いてもマイナーな響きにしか聞こえない羽根突き部なんて、そうそう入部する生徒がいるとは思えない。
名前は羽根突き部と言っていても、実情はオカ研以下の人もいない同好会といったところが関の山だろう。
わざとらしい咳ばらいが聞こえるとともに、別の鋭い視線を感じた。
「説明を続けてもよろしいかしら」
「すいません、どうぞ・・・」
山崎の突き刺すような厳しい視線に、恐縮しながら話を促した。
「では・・・。まずこちらをご覧くださいませ」
そう言うと山崎が、タブレットPCを取り出し、画像を表示した。
建築物内装の見取り地図・・・おそらく、この百合寮だろう。
「お前、そんなもんどこに隠し持っていた・・・」
俺の突っ込みは、ここへ集う皆の代弁だったと確信できるが、これを軽く無視すると、山崎が説明を再開する。
「二人一組になって、この百合寮を一巡して頂きます。スタート、及びゴール地点はこの玄関ホール。それ以外はどのルートを辿って頂いても結構ですわ。籤かジャンケンで順番を決め、適当に時間をずらして出発します。途中で別のペアと遭遇すると、その場でダブルスの試合を行いますの。試合はワンセットで一点先取の勝ち抜け方式。勝ったペアにはポイントを付与。その他、寮の至るところに仕掛けがしてありますから、そこからも場合によってはポイントが獲得できる仕組みなっていますわ」
タブレットPCの画像を拡大したり、別ウィンドウを見せながら山崎が解説した。
ポイント獲得表を書かれたその画像には、到着ポイント6〜1ポイント、勝利ポイント2ポイント、トレジャー獲得1ポイント以上と記載してある。
1ポイント以上・・・つまり、上限は不明だ。
山崎が言っている仕掛けというのが、このトレジャー獲得のことだろうが、一体どんな仕掛けが工作されているというのだろうか。
「なるほど、つまり誰とも勝負せず1番目にゴールしたペアより、到着が最後でも他のチームから試合で全勝したペアの方が獲得ポイントが高いってわけか」
峰が唸った。
なんだか知らないが、やる気が漲っているらしい・・・相変わらず読めない男だ。
「ええ。それに寮内各エリアへポイントに繋がる宝物が隠してあるから、それを見逃さないようにルートを進むことをお勧めしますわ」
「つまり、各部屋を家捜ししたほうが良いってわけか!」
俺も漲ってきた。
「言っておきますが、寮生の部屋は鍵が掛かってますので、入れませんわよ」
「へ、そなの?」
山崎に冷たく言い放たれ、俺は一瞬で力が抜ける。
「当然です」
「この色情餓鬼がっ!」
山崎の白い視線と江藤のキックが同時に放たれ、俺は腿裏を痺らせながら地に沈んだ。
「ところで組み合わせはどのようにして決めるんだい? またアミダ?」
篤が山崎に質問していた。
そういえば、以前にこれと似たようなゲームを開催したとき、男女ペアでと言ってアミダを引かせつつ、各々が我儘を言って、結局俺は篤と城陽の旧館を回ったものだ。
その旧館も今は取り壊されて、更地になっている。
「男女一組で回って頂きます」
山崎が力強く言い放つ。
「それはちょっとな・・・」
峰が言いにくそうに口籠った。
そんなことが妹のまりあちゃんにバレた日には、また厄介なことになるだろう。
極度のブラコンであるまりあちゃんは、兄に近付くほんの微かな女の影さえもけっして見逃さない、超高速高性能レーダーを、遠隔操作で24時間年中無休のフル稼働をさせている。
ひとたびレーダーの網にひかかってしまえば、その身を削るのは他ならぬ峰本人だから、峰が命乞いを口にするのは無理もない。
ところが。
「ああ、ご安心くださいな・・・峰さんでしたらたしか・・・この通り、原田さんとペアになってますわ」
峰に皆まで言わせず、主催者の山崎がそう言って、タブレットPCを見せた。
「なぬ・・・!?」
俺も思わず、地面から起き上がった。
「そうなのか? だが、どうして・・・」
峰も不思議そうに聞き返している。
PCを見ると、参加者の名前が一覧になっており、その名前の横にそれぞれ強調フォントのアルファベットが一文字ずつ入っている。
このアルファベットがどうやら、組み合わせを示す記号らしい。
ペアは以下の通り。

原田秋彦:A、峰祥一:A
香坂慧生:B、本城薫:B
進藤伊織:C、山崎雪子:C
一条達也:D、江藤里子:D
一条篤:E、佐伯初音:E
直江勇人:F、小森みく:F

つまり、概ね左側が男、右が女になっているらしいことが、この表を見る限りにおいて把握できた。
俺の隣にいやがる、誰かさん以外は。
納得できない。
「な・・・あ、山崎さんや・・・どうしてボクちんの隣にだけ、男がいるんだい?」
「それは、あたくしの不徳の致すところとしか申しようがございませんの。心苦しい限りですわ」
納得いくかい!
だが、俺が言う前に。
「そうだよ! 秋彦がいいなら、僕だって伊織と組んでいい筈だ! どうせ本当はお前が伊織とペアになるために、適当に組み合わせを決めただけだろ。いつもいつも、僕に隠れてコソコソ伊織を呼び出して、言い寄ってるくせに。新年会なんて勿体ぶった理由つけたところで、本当はそれが目的なんだろ。偉そうに言ってるんじゃねえよ! これだから、女は嫌いなんだ!」
慧生が先に一人で暴走して、女性そのものを否定していた。
「あたくしが不正に手を染めたと、言いがかりをつけるつもりですのっ!?」
「馬鹿野郎! 慧生、雪子ちゃんに謝れ!」
「また伊織は、女の味方すんのかよ!」
おまけに何だかしらないが、再び修羅場になっている。
「まあ、この組み合わせじゃなあ・・・疑われてもしょうがねえな・・・」
慧生一人に。
今にも山崎に噛みつきそうな勢いで、顔を真っ赤にしながら興奮している慧生を、進藤先生が拳骨付きで叱りつける。
「あ、ええっと香坂君・・・これは不正じゃないよ。だって、参加申請フォーム作ったのは私だから、保障する」
そして、その目の前で目を三角にしながら、名誉棄損だの、侮辱だの、弁護士がどうのと言いだした山崎を押し退けるようにして、冷や汗たらたらの佐伯が勇気を振り絞りながら間に割って入った。
「参加申請フォームがどうかしたのか?」
「あ」
俺が尋ねると同時に峰が隣で、何かにピンと来ていた。
「そういえばあのフォーム、どうして性別にチェックを入れるようになっているのかと思ったけど・・・なるほどね」
篤も了解したらしい。
俺はさっぱりわからない。
「ああっ、・・・このチーム名って、リアルタイムで返って来たメールに書いてあったアルファベットと同じだわ」
江藤が自分の携帯を取り出し、タブレットPCの表と見比べながら言う。
俺もスマホンを取り出してみる。
そしてやって来た2通分のメール・・・つまり、俺の物と、俺のスマホンから峰が申請したときの返信メールを再開封して見た。
確かにどちらにも、名前の隣にAと書いてある。
念のために江藤のものも見せてもらったが、そちらにはDと書かれていた。
つまり、申請フォームを送信すると同時に、A〜Fのいずれかのチームへ収まるように自動プログラミングされていて、それがリアルタイムで返信されていたのだ。
だから参加申請フォームを送る際に、性別を選択するようになっていたというわけだ。
かならず男女ペアになるように。
これでは山崎を疑う理由がない。
しかし、それはそれで別の疑問が沸いてきた。
「なんで、お前が俺の相手になっているんだ?」
直接峰に聞いてみる。
山崎から必ず申請をしてくれと強く言われ、俺のスマホンから峰が申請をしたのは、ほんの数十分前のこと。
その際に峰は確か、一度エラーを起こしており・・・。
「だから言っただろう、最初に男で出したら性別エラーが出たと」
俺はてっきり例の回線混雑によるエラーで、ページが表示できなかったのだろうと思い込み、リトライしろと峰に言って・・・。
というか、性別エラーって何だ、性別エラーって!
要するにだ、そのとき峰は。
「女で申請し直したっていうのか、てめえは・・・?」
「ああ。そしたらちゃんと受けつけて貰えた」
自信満々に峰が胸を張った。
頭が痛え。
「ですから、それはあたくしの不徳の致すところですの。最初は男女とも6名ずつの参加を予定しておりましたが、数を揃えられず、結果としてどうにか偶数にはできたのですが、殿方が2名多くなってしまって・・・」
一応申し訳なさそうに山崎が詫びてくれた。
「それじゃあ、最初っから男女ペアになんてしなきゃいいじゃないの。あんたはどうしてそこに拘るんだか」
山崎に掴みかかる立ち位置がデフォルトの江藤が抗議した。
まあ、言わんとするところはもっともだと思う。
「こういう行事は、殿方にエスコートして頂くものでしょう? あなたこそ、原田さんと組めなかったからといって、難癖つけるなんて、見苦しいですわよ」
そういえば、例の旧校舎肝試しの際にも、彼女は男女ペアに拘っていた筈だ。
だが、江藤が仕掛けた喧嘩を受けて立つのが山崎の基本姿勢なので、またゴングが鳴っていた。
「なっ、ば、馬鹿言ってるんじゃないわよ、誰が・・・」
「まあまあ、押さえて、押さえて・・・」
なぜか一番貧乏くじを引いた筈の俺が、結局江藤を宥めていた。
「そうだ! 女、お前が伊織と組みたいばかりに適当に組み合わせを作ったに決まっている!」
しかも、これだけ説明をされたのに、まだ理解していない馬鹿も一人いた。
まあ、こいつは俺以上に頭が悪いから仕方ないだろう。
「で、スタートはどうやって決めるんだ?」
峰が佐伯に聞いていた。
話がグダグダになってくると、さっさと進めたがるのが、大抵彼だ。
「アルファベット順でいいんじゃないの?」
あっさりと佐伯が応えていた。
興奮したままの山崎に確認しなかったのは正解だが、回答が適当すぎる。
まあ、どうでもいいのだろうが。
「そうか。じゃあ行くぞ」
峰が俺の手を引いてスタートした。

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